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11.王女アレクサンドラ④


アレクサンドラは大きく眉根を寄せて目をつぶり、まるで犬の仔にでもするように片手を突き出していった。


「ちょっと落ち着こうね、ルキウス」


「私は至極冷静です!」


「うん。きみ、わたしが誰とも結婚する気がないということを忘れているだろう?」


「覚えていますとも。殿下は生涯結婚されないおつもりなのでしょう? 私は殿下の婚約者ですので、貴女が語らない理由まで理解しております。殿下が結婚しないのは、騎士という職務に人生を捧げるつもりだからでしょう?」


アレクサンドラは深緑色の瞳を少し困ったように下げた。


第一騎士団に所属していた頃のアレクサンドラは、魔物の襲撃の知らせを受けては戦場へおもむく日々を過ごしていた。第三騎士団の団長となってからは、魔物出現の予測調査のために国内のあちらこちらへ足を運んでいる。

いずれにしろ、仕事上やむを得ず王都を離れることが多い。


独り身のまま、王都に戻ったときだけ王宮の私室で寝泊まりしている生活なら、せいぜい両親と長兄から小言と心配をもらうだけで済む。しかし、結婚するとなったらそうはいかない。名家の奥方になったら長期的に家を空けることは難しい。


騎士を辞める気はない。だから結婚はしない。


アレクサンドラが昔からそう考えていることをルキウスは知っていた。知っていたし、その点については何の障害にもならないと思っていた。


「私は貴女に騎士であることを捨ててくれなんて申し上げる気は一切ありませんよ。貴女の性格上、そんなことは不可能だと重々承知しております。私は殿下のことをよく理解している婚約者ですので」


「なら結婚が難しいこともわかるだろう?」


「いいえ? 殿下と私は結婚し、殿下は今まで通り第三騎士団の団長であり続け、私は名門公爵家当主かつ天才魔道具開発者としてあり続ける。それで万事解決です」


アレクサンドラは頭を抱えた。


「ルキウス……、そんな簡単にはいかないことはわかっているだろう」


「殿下が難しく考えすぎなのでしょう。いつも大雑把なのですから、この件も楽天的に考えればよろしい。奥方が不在でも我が公爵家はつつがなく回ります。今までだってそうしてきたのですからね。我が家には金に飽かせて集めた有能な人材がそろっていますから、何も心配せず調査へ行ってきてください。あぁ、後継者問題なら、分家筋から優秀な子供を選びますからご心配なく」


そこまで冷静に話してから、ルキウスはコホンと咳ばらいを一つしていった。


「……ま、まあ? もし、もしも殿下が……、殿下はその、王太子殿下の御子を可愛がっておられますし? 貴女は昔から子供好きでしたし? もしも貴女が人生で一度くらい我が子をこの手に抱いてみたいとお考えでしたら私はいつでもどんなときでも万難排して協力しますから遠慮せずに気兼ねせずに率直にいってくださって構いませんけどね!?」


「いやでも、その条件なら、もっといい相手がほかにいるんじゃないか?」


アレクサンドラはとても真剣な顔でいった。


ルキウスはさすがに許せない気持ちになった。いくら最愛のアレクサンドラでもいっていいことと悪いことがあるのだ。ルキウスは脳内の『殿下の許せない発言語録』に今回の失言を書き加えた。


ルキウスは天才であり粘り強い性格であるので、腹が立ったことはいつまでもねちこく覚えているのだ。これは決して粘着質なわけではない。粘り強いのである。


アレクサンドラは真摯に考えこんでいる様子で、口元にこぶしを当てていった。


「きみの話を纏めると、公爵夫人となっても家を空けて良いし、子供も無理には望まないということだろう?」


「ま、まあ、無理にはという話であって貴女が望むであれば私としてもまったくやぶさかではありませんが!?」


「きみがそこまで譲歩するつもりでいるなら、わたしよりずっと条件の良い姫君を望めると思うよ。わたしには相続できる領地も事業もないんだ。本当に血筋だけだ。王家の持参金だって、きみからすれば大した金額じゃないだろう」


「持参金だけで十分です。……べつになくても構いませんけどね。ええ、私は魔道具開発の天才ですから、財産ならすでに唸るほどあるのですよ。いつでもその身一つで嫁いできてくださって構いません」


「エズモンド家の発展のためなら、領地か事業、せめてそのどちらかを相続できる女性がいいんじゃないか?」


「私の話を聞いていらっしゃいますか、殿下?」


アレクサンドラは大真面目な顔で「聞いている」と頷いた。


ルキウスはそのお堅い表情をめちゃくちゃにしてやりたいと腹の底だけで思った。



だいたい、アレクサンドラはわかっていないのだ。ルキウスは譲歩しているわけではない。


ルキウスだって愛する妻(予定)と朝から晩までイチャイチャしたいという願望はある。街中を視察したときに見かける恋人たちのように指を絡ませて歩きたいし、美しい深緑色の瞳を間近で見つめていたい。その柔らかそうな唇に触れたい。二人で食事を取って、たわいないことで笑って、夜には二人で一つの寝台に入りたい。彼女に求めてほしいし、その肌に触れることを許してほしい。そして朝にはアレクサンドラの隣で目覚めて、彼女の寝顔を愛おしく見つめていたい。


……そういった愛ある新婚夫婦暮らし妄想なら、吐いて捨てるほどしたことがある。何なら腹心の部下を相手に語ったこともある。腹心の部下は死にそうな顔色をしていた。



しかし、だからといってアレクサンドラに騎士を辞めてほしいとは思わなかった。



ルキウスが知るアレクサンドラという人は、決して己の意志を曲げない頑固者だ。その頑固さのために自分自身がボロボロになろうとも、誰かの盾であろうとすることをやめないひとだ。


ルキウスはそんなアレクサンドラを守りたいと思い、そのための力を必死で手に入れたのだ。アレクサンドラから何かを奪うためではない。盾であろうとする彼女を、隣で支えるための力だ。ともに戦うための力だ。



……もしも、いつかアレクサンドラが戦うことに疲れ果てて、もう休みたいといったなら、ルキウスは彼女を世界のすべてから隠すだろう。


アレクサンドラを苛むすべてから遠ざけて、彼女が心穏やかに過ごせる家を用意するだろう。そこが彼女の楽園となるように手を尽くして、世界と彼女を分かつ扉を創るだろう。いつかそんな日が来たなら。



……一生そんな日は来ない気がするが、いつか来てしまう気もする。



いずれにせよ、ルキウスはどこまでいってもアレクサンドラを愛していて、どこまでいっても彼女の味方だ。毎朝アレクサンドラの寝顔を見守りたい気持ちは溢れんばかりにあるが、そのために彼女が大切にしているものを奪おうとは思わない。


ただし、それらはすべてアレクサンドラとの将来を考えての話であって、条件の良い女性と結婚したいだとかそんな話ではないのだ。どうしてアレクサンドラは騎士のときの察しの良さを発揮して気づいてくれないのだろうか。騎士じゃないときの彼女ときたら海亀以下である。


まあ「政略結婚がしたい」などとほざいたのは自分だが。それはそれとして雰囲気を読んで『ルキウス、きみ、もしかして、わたしのことを愛しているの……?』とキュンとした顔になってくれてもいいのではなかろうか。


ルキウスはそう神に祈ったが、日頃から信心を持たない男であったので、神の奇跡が舞い降りてアレクサンドラがキュンとしてくれることはなかった。









次話で完結です。

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