つみとが 編 第三話
著者: ハリトユツキ様
企画:mirai(mirama)
「——このあたりはもう、探索できたかな」
《ココニハモウナイ》
「そうだね、次にいくかぁ……よっこいしょっと」
僕はアルトを抱えると、ゆっくりと立ち上がった。アルトが眉をへの字に描きながら心配そうな顔をしてくるので大丈夫だと微笑んで見せる。
《アルト、オモクナイカ?》
「大丈夫、これくらいどうってことないよ……それより、次の街へはどれくらいかかりそう……? 今から出て、夜になる前につけそうかな」
《計算シテミル》
空は真っ赤な夕焼けがビルの隙間から差し込んでいた。ビルの窓ガラスが真っ赤に染まっていて、綺麗。まるで、朱世蝶みたいだ——と僕は思う。と、視線をアルトの方に向けようとして、視界のはしでそのビルの窓から朱いものがはらはらと零れ落ちていくことに気付く。風になびいて落ちていく朱は僕たちの立っている方向に向かって流れ込んできていた。真っ赤な鱗粉だった。蝶がびっしりとビルの窓に張り付いて、赤く染めていたのだ。
「……アルト、あれ……全部朱世蝶……」
《ソウダネ》
「まじかよ……アルト! 逃げるぞ!」
僕はアルトを抱えたまま走り出した。気がつけば蝶は僕たちの走っていく方向に向かってきらきらと飛び上がっていた。背後を見れば、蝶がびっしりとついていたあのビルは特に消えることなくそこに存在している。
「アルト……! この辺りで逃げれるような場所ある……!?」
《近クニ民家ガアルヨ。コノマママッスグイッテ》
「わかった……! ありがとう!」
朱い鱗粉がぶわりと背後から舞っている。頰にそれが触れそうになって、僕は慌てて払いのける。振り向かなくても、すぐそこにあの朱世蝶が迫っていることがわかった。振り向く余裕なんて、はじめから残ってはいなかったけれど。
「はぁっ……はぁっ……」
息が苦しい。呼吸すらままならない。もしここで立ち止まったら——そんな考えが頭のはしを過ぎる。もしも止まって自分の身体があの蝶に覆われてしまったら。自分もこの世界で終末を辿った人類の一人として消えることができるのだろうか。いっそ、消えてしまった方がずっと楽なんじゃないか。
《アカツキ、次ノ家ダ。ドアガ開イテル》
僕はアルトの声に手を引かれるように、最後の力を振り絞って走った。そして勢いよくドアを開けると、そのままばたんと閉めた。朱い鱗粉だけがこの家の玄関で舞っている。手の甲についたそれを丁寧に払う。
「……また、助かっちゃった」
ずるずるとドアを背もたれにしてしゃがみこむ。ふうふうと肩を上下させる。息がまだ整わない。胸が激しく高鳴っていて、苦しい。助かりたくなんてないと思うのに、苦しくてたまらないのに。それでも気がつけば走っている。