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つみとが 編 最終話

著者: ハリトユツキ様

企画:mirai(mirama)

「——こら、暁月、休みだからっていつまで寝てるの」

僕は母の声に引っ張られるように、意識を浮上させる。目が覚めていく過程で、だんだんと目覚まし時計の音が大きくなっていくのがわかる。アルトが僕の名前を呼ぶ声もはっきりと聞こえる。

僕が目を覚ますと、僕の顔を覗き込む母とアルトがいる。母は片手にフライパン返しを持っており、キッチンからは何やらいい匂いが香ってくる。

久しぶりにみた母の顔は、長い間頭の中で想像していた母よりもずっとむすっとしていた。

「やっと起きた」

《オハヨウ、アカツキ》

僕は母の怒っている顔をみながら、涙腺が緩むのを感じた。そして、のばした指で思いきり母を抱きしめる。母はきゃっと小さく悲鳴をあげた。

「お母さん、ねえ、あの蝶は……?」

「蝶って、なんの蝶のはなし?」

「朱世蝶だよ、いたでしょう」

「朱世蝶って、あの都市伝説の蝶? いるわけないでしょう、あれは伝説であって……」

母は朱世蝶について特に覚えがないといった様子で首をかしげている。あれがすべて夢だと思った瞬間に、さらに目頭が熱くなるのを感じた。

「もうちょっと、何よ……ええ? なんで泣いてるの?」

騒ぎを聞きつけた父がどすどすと階段を登り、僕の部屋からひょっこり顔を出す。父は不思議そうな顔で泣いている僕をみつめていた。

「どうしたどうした? 何かあったのか?」

「この子がね、朱世蝶がいたっていうの」

「朱世蝶が? そりゃあ、父さんもみてみたいもんだなぁ」

父はガハハと豪快に笑いながら僕の方に駆け寄ると、心配そうに背中を撫でてくれる。ぬくもりのある柔らかな指の感触。背中にもうひとつ華奢な手が伸びてきたかと思うと、ぽんぽんと規則正しく背中をさする。

「ふふ、何? 赤ちゃんに戻っちゃったのかしら、この子」

「まあ、たまにはいいんじゃないか? それより、どこか痛いところがあるわけじゃないんだな?」

父は僕にそうたずねる。僕は二人を抱き締めると、うつむいたまま首を振った。

「大丈夫、ただ——」

僕がそう言いかけたとき、窓の向こうからそよりと風が吹いた。

誰かが誰かの名前を呼ぶ声がはるか遠くに聞こえた。小鳥がチチチとハミングしながら、空を飛び回る。車のエンジン音。隣の家に住んでいる子どもたちが駆けていく。電子端末はメッセージがきていることを知らせてくれる。アルトが両親を抱きしめている僕の指にそっと触れた。部屋があたたかいせいか、アルトの指はもう冷たくはなかった。

「ただ、こわい夢をみていただけ」

僕は涙を拭うと、二人の顔を交互にみつめてにっこりと笑う。

「アルト、メッセージを開いて」

《——アカツキ》

アルトがメッセージを読み上げる。それは友人からの遊びの誘いだった。

僕は電子端末をつかむと、キッチンに降りていこうとする。両親が安心したように笑い、僕の髪をわしわしと撫でる。その瞬間、朱い何かが視線の端にはいった気がして、僕ははっとそちらを見つめた。そこにはあの金色の籠があった。籠の中にあの蝶はいない。この世界のどこにも、たしかにそれは存在しない。

僕はふっと息を吐くと、肩の力が抜けるのを感じる。

《アカツキ》

僕のことを呼んでいるアルトを抱き上げると、前を歩く父に僕はぼそりと質問をした。

「ねえ、父さん。これって夢じゃないよね?」

「そうだなぁ。その昔、偉大な哲学者がいっていた。自分が夢を見ているのではないかということは証明のしようがないとね。私たちは覚める瞬間にこれが夢だったということに気付くことができるのさ」

父はそういって僕のことを笑った。優しい笑顔だった。

その笑顔がぐにゃりと歪む。僕の身体は不意に背後に引き寄せられる。深い暗闇の中へ、静かに落ちていこうとしている。父の顔が遠くなり、朱い鱗粉が頰をかすめた。僕は「ああ」と小さく呻き声を上げた。夢が覚めようとしていた。

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