つみとが 編 第十話
著者: ハリトユツキ様
企画:mirai(mirama)
「——なあ、暁月。もしいつか朱い蝶を見かけても、絶対に捕まえてはいけないよ」
父のあの言葉の意味を今の僕ならきっと理解することができる。
でもあの時は違った。僕はずいぶんと幼くて、都市伝説の類いの一つだとそう信じていた。だから、目の前にあの蝶が現れて、困惑したと同時に僕は舞い上がってしまった。
《アカツキ、ドコイクカ?》
「ん? そろそろ、終わりにしようと思って……」
僕はアルトにそう答えながら、金色の籠を片手で抱えた。長い時間が経ったせいか、格子はところどころ錆びているけれど、それでも立派な籠だった。もともとは父が寵愛していたカナリアを入れていた籠で、特注品だと父がよく自慢していた。カナリアは、僕が帰ってきたある日忽然と姿を消してしまった。父は隙をみて逃げられてしまったと笑ったけれど、息絶えて、自宅の地面の中にそっと埋められているということを僕はのちに知ることになる。あの頃の僕は父の言葉を素直に信じて、カナリアは空高く飛び立って自由になったのだと思っていた。そうであれば、消えるということもあまり悲しくないような気がした。
朱世蝶によって消された人々もあのカナリアと同じように、自由に飛び立っただけだったらいいのに。いや、逆に言えば、死体はどこにもないのだから、消された人々が死んだと考えるのは尚早だろうか。たとえば、この世界には別の次元があって、蝶に触れることでその向こうに飛び込むことができる、とか。そんな子供騙しの妄想を頭の中で巡らせた。
わかっている、彼らは死体などないけれど、すでに死んでいて、この世界で残されているのは僕と数名。その数名とも巡り会う前に、蝶に消されてしまうだろう。僕か、彼らが先かそれはわからない。けれど、いずれすべて失うことになる。とても悲しいことだけれど。
僕はアルトと籠の中の朱世蝶を抱えながら、自宅のベランダに出た。そして、ベランダから続いている屋根に降りると、瓦の上を歩いた。かんかんと小気味の良い音がした。夜風に冷やされた瓦に足先が触れるだけで、じんじんと針で刺されるような痛みだった。
「よっと……、アルト、落ちないで」
《アカツキ、キヲツケテ……》
アルトがぷるぷると震えているのを、僕はけらけらと笑いながらよじ登った。こわいという感情はなくても、こわがっているようにアルトはみせてくれる。それが時折感情のようにもみえることはある。
屋根のてっぺんにたどり着くまでにはそれほどかからなかった。透き通った冷たい風はひんやりとしているけれど、身体の熱をちょうどいい具合に奪っていってくれる。心地が良い。僕は小さく深呼吸をすると、籠のケージを開けるのだった。




