第2話 ギルドマスターと『炎の夜』
翌日__
いつも通りに家を出たエマナだったが、いつもより落ち込んだ様子だった。
(ギルドマスターから呼び出されるなんて、また私何かやらかしたのかしら?クリムになんの影響もないといいんだけれど……)
理由はこれである。
ギルドマスターから直接呼び出される大半は、依頼中に何かやらかしたことに対する後処理と処罰。もちろん、それが故意だろうが事故だろうが関係なく。
不安に思うエマナは実は、最初に受けた依頼で民家5軒を半壊、3軒を全壊するという大問題を起こしたのだ。幸い地域住民の擁護もあって処罰は比較的軽い『2週間の依頼受注禁止』になった。
ギルドの最高責任者の部屋の前でエマナは深呼吸をし、心を落ち着け、ドアをノックした。
「《新人冒険者》エマナ=ファルジアです」
「入りたまえ」
「失礼します」
エマナはカチャリと静かにドアを開けた。
そこには、《ギルドマスター》アロムが座っていた。
「急に呼び出して済まない。私から君に依頼したいことがあってね」
「依頼、ですか?」
何かをやらかしていないことに安堵したエマナだが、ギルドマスター自身から依頼されるという事に驚いた。
ギルドマスター直々という形ではごく稀に依頼される。その内容は緊急か人知れずに遂行して欲しい依頼がほとんど。そのため、呼ばれるのは確かな腕を持つ《熟練》以上の者。しかし今回ギルドマスターが指名したのは《新人》であるエマナだ。誰が聞いても驚くだろう。
「とりあえず、そこに座ってくれたまえ」
「失礼します」
近くにあるソファに座るエマナ。アロムは事務用の椅子からエマナの目の前にあるソファに座った。
「それで、依頼というのは?」
「その前に少し確認しよう。君は『ワンディラート家』と、その貴族が起こした事件は覚えているか?」
「……はい。『炎の夜』で行方不明となった貴族ですね」
『炎の夜』
十年前、ある貴族が国の王になろうとクーデターを起こし、その内乱によって国のほとんどが火の海と化した事件。多くの貴族や平民が亡くなる中、一家全員の遺体が見つかっていない貴族がいた。それが『ワンディラート家』だった。
本来ならば国はその事を問題視せず、ギルドに依頼し、捜索を任せるのだが、今回ばかりはそうはいかなかった。
実はクーデターを起こした貴族こそがそのワンディラート家だった。そんな彼らを国は問題視し、王宮の者や《熟練》の称号を持つものに捜索させるも結局見つからず、2年後には捜索を断念した。
「もう10年も前のことだというのに、今更捜索の依頼を出された。そのことについて元貴族である君に聞いてみようと思ってね」
エマナはようやく呼び出された理由に合点がいった。
「……貴族の方々は『炎の夜』を語ることすら恐れている。そのため、なんの縛りもなく貴族界に関わった私が呼ばれたのですね」
「そのとおりだ」
アロムは機嫌よく頷いた。
実はエマナは貴族の生まれで『炎の夜』を境に貴族界から追い出されていた。
しかしエマナは嬉々として貴族界を飛び出した。何故なら元々貴族の暮らしに不満を持っていたからだ。
貴族界を抜けてからは、名と幼い頃に買った剣のみを携え、ギルドに入り、憧れていた冒険に身を投じていった。
それが今のエマナである。
「国から依頼された内容はこうだ」
『ワンディラート家全員を生かしたまま捕らえろ』
「…………」
「それを踏まえて君に問おう。君はこのことをどう考える?」
アロムに問われたエマナは少しの沈黙の後に答えた。
「一つ、確認させてください」
__このことは国王様に知られていますか?
その言葉にアロムは目を見開く。しかしその数秒後には真剣な目で聞き返す。
「何故、そんなことを聞くのかな?」
「これは私の推測なのですが、おそらくワンディラート家が生きているという情報があったのでしょう。しかし国はそれだけでは動きませんので、確たる証拠を掴んだのでしょう。ですがもし、このことが国王様に知られていないのだとすれば違和感があります」
「違和感?」
「あのクーデターを起こしたワンディラート家が生きているという確たる証拠がありながら、国の者を動かす前にギルドに依頼した。更には『生かしたまま捕らえろ』と要求してきた……なにか裏があるとしか思えません」
エマナはアロムを真っ直ぐ見て、嘘偽り無く答えた。アロムはそんなエマナを見て、満足そうに頷いた。
「……先程の答えだが、国王にはどうやら知られていないらしい。それに、この依頼は国王様ではなく王家直属の王宮魔法使い・アグド=シャーマンだそうだ」
「え」
王家直属の王宮魔法使い・アグド=シャーマン
所属とその名を確かに聞いたエマナは鈍器で殴られたようなショックで意識を失いそうだった。
(アグドが……王宮魔法使い……?それも、王家直属ですって……?)
震えだす体を必死に止めようと腕を抑えるが一向に収まらず、誰から見ても分かるぐらい顔が青くなっていった。
エマナの異常な様子にアロムはただ事ではないと感じた。
エマナの隣に座り、肩を抱き引き寄せるとぎゅっと抱きしめた。それは愛する我が子を安心させる母親だった。
「……震えが止まったね。大丈夫かな?」
「はい……すみません、取り乱してしまって」
「構わないさ。こういう時ほど自分が女で良かったと思えるよ」
先程の震えは何処へやら。はたから見れば普通の母と娘が話しているようにしか見えなかった。
「……収まってすぐで悪いが話を続けさせてもらうよ」
「はい」
「君に依頼したいのは『アグド=シャーマンについての調査』だ」
「ですが、個人の調査は《影》の者がいいのでは?」
《影》というのは暗部組織の総称である。《影》は主に情報収集や暗殺といった隠密行動を任されている。
余談だが、国は貴族や王族が暗殺されるのを恐れ《影》を雇い、指示することができるのは国王とギルドマスターのみと法律で決められている。
「それなのだが、どうやらアグド=シャーマンは国王になにか言ったらしく、《影》に護衛されている。裏だけでコソコソすれば同じ《影》にバレる可能性がある。調査するためには表であからさまにする必要があるんだ」
「……つまり私に囮になれ、と?」
「簡単に言えばそうなるね。《影》はどの職場でも優秀だ。調査している者の称号がなんなのか、大抵直ぐにバレる。だが、君はもうすぐで《熟練》になるだろう?」
そこまで言われたエマナはアロムの意図が分かった。
「称号が《新人》の内に調べることで、実力を誤魔化しやすい、という事ですか」
「物分りが早くて助かる」
その後、アロムは資料を渡し、エマナは部屋から退出した。
「……取り敢えずこれでいいかな?」
エマナが退出して数秒後、アロムは隠れていた者に聞いた。
隠れていた者は男だった。
「ああ……我が儘を言ってすまない」
「構わないさ。その代わり、しっかり守るんだよ?彼女は数少ない私の友人なんだ」
「言われるまでもない」
そう言うと男は音もなく消えた。
アロムはそれを見届けると腕を上に大きく伸ばし、ため息をつく。
「さて、これから忙しくなりそうだ」