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眠りの山 

掲載日:2023/05/29

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふーむ、最近の抱き枕というのは単なる円柱ぽいタイプばかりではないのだね。

 S字にL字に動物タイプ……抱き心地や使い道によっていろいろなものを選ぶことができるわけか。

 抱き枕の歴史は1000年以上昔の中国が始まりと聞く。もともとは竹でできているもので、風通しに優れたものだったらしい。それを抱いて眠ると、風が抱き枕を通じて身体にあたり、涼をとることができるという寸法だとか。

 昔から眠ることに関して、人は様々な研究をしてきたわけだな。

 しかし、眠りに関しては他の生き物たちもまた、慣れ親しんできている所作のひとつ。特に人より長く生きているものの眠りは、まだ私たちの思い及ばぬ技術、思惑がそこに秘められているかもしれない。

 私の聞いた昔話なんだけど、聞いてみないかい?


 むかしむかし。

 とある森に猟をしにいった猟師が、少し奇妙な光景に出くわした。

 自分の行く道で、動物たちがことごとく寝入っているんだ。すでに陽は上っているというのに、大小の鳥からオオカミやイノシシという面子まで。

 労せずしてそれらを捕らえて荒稼ぎも荒稼ぎだったが、こうも全員がねぼすけであることなどあり得るだろうか。

 念のため、猟師は仲間たちにもこのことを話し、時間を置いて順番に山の中をめぐってもらったんだ。


 結果、他の猟師たちも同じような光景に出会った。

 自分たちだけが活動時間を違えているかのような状態。試しに道具でつついてみても目を覚ます様子を見せなかった。

 はじめの猟師はそれを幸いとして、そのままさばいてしまったのだけど、他の猟師たちが気づいたことが何点かある。

 ひとつめは山にいる間のみ、彼らは熟睡状態になること。

 山を下ってからの刺激に関しては、覚醒の気配を見せ、あの場所でない限り意識を失った状態は長く続かない。


 ふたつめは寝入っている彼らの身体に挟まれると、強い力で押さえつけられること。

 猟師の何名かが、寝入っている動物に対し、あえて木の枝などを倒れ込んだままの姿勢で抱えられるよう木の枝を差し出してみたのさ。

 すると、彼らは身体を丸め込みながらその枝をぎゅっと、抱え込んでしまった。一度そうなってしまうと、容易に引き抜くことはかなわず。大きめの獣はともかく、ウサギなどの小さ目な動物に関しても同じで、何かしら別の力が働いているとしか思えなかったそうだ。


 みっつ目が山のうなりだ。

 枝を握らせ、それを抜こうと悪戦苦闘していると、ときおりかなたから獣の吠え声に似た、それでいて自分の足元を揺らすかのような振動が起こるんだ。

 体験した者には、山全体がうなっているようにしか思えなかったらしい。


 そしてよっつ目が、連れていた動物たちの道づれ。

 このうなりの前後で、猟犬を連れていた者たちは彼らが全員、寝入ってしまったというんだ。

 彼らもまた山を下りるまで、ゆすっても起きることがなく。差し出された枝を、これでもかと強い力で抱き込んで。

 山の生き物たちと同じような状態に陥ってしまったのだとか。



 それら気味の悪さが広まっていった結果、かの山には入山の制限がかけられるようになった。

 この不可解な事態の究明がなされるまでは、素人の立ち入りを禁止。山に慣れた者のみによって調査がなされることになったとか。

 調査には家々で飼われていた猟に使われる動物たちが総動員される。

 体調を整えられた彼らは山に入りたてのときこそ活発に動くが、あの寝たきりの動物たちを見かける段になると、やはり動きを止めてしまう。


 その寝入り方を見るは、何度見ても尋常なものじゃない。

 人がそうであるように、眠気に襲われるときには動物たちも動きが鈍ったり、それらしい仕草を見せたりするもの。

 それが突然、糸が切れてしまったかのように寝入ってしまう。いや、意識を失ってしまうのか。山にいる間、やはり彼らは目を覚ます様子がなかったという。


 及び腰になる者が増える中、とある年配の猟師はこの奇怪な山に泊まってみる旨を皆に告げたらしい。

 いわく、老いさらばえた身でもはやこの世に飽き始めていたから、その現象の検証を己が身で行ってみるというんだ。

 周囲は制止をするも、老人は強引に押し通し、自分が泊まる予定である地点を皆に告げた。もし翌日になって自分に何かあれば、どのような形であろうと回収をしてほしいと。

 老人は朝早くに、犬三匹を連れて山に入り、泊まる地点へ着くと目印となる狼煙をあげて、ふもとからも到着したことを伝達。

 用意した野営のための道具を広げ、寝泊まりできる天幕の用意をし終えると、危険な獣や落石などに気を凝らしながら時間を過ごしていった。

 もっとも前者に関しては、変わらず眠りが山中を支配し、日が暮れるころになっても獣の気配がどこからも感じられなかったそうな。

 犬たちもすでにこれまでと同じ、意識を失った状態で天幕の床に転がってしまっている。

 徹夜には慣れている老人は、その晩、ずっと起きている腹積もりでいたらしい。いかなる眠気が来ようと耐える自信があったのだとか。


 そうして、夜も更けかけてきたところ。

 絶やさずにいたたき火の火が、ふと揺らぐのを老人は見た。

 わずかに遅れて、大きな大きな腹の音らしきものが周囲に響き渡る。

 老人のものではない。天幕全体がかすかに揺れ始めるほどのものなんだ。何事かと、老人は天幕の中からそっと顔だけを外に出してみる。

 

 山は湯気を吹いていた。

 厳密には、老人のいる位置からいくつも見えるほど、山の肌には小さい穴が開いて、いくつも白い蒸気を吐き出していたんだ。

 噴火の予兆かと、老人の頭を不安がよぎる。しかしこの山はこれまで火山活動を確認されたことはない、普通の山であったはずだ。

 逃げた方がよいのか、とどまった方がよいのか、老人にはとっさに判断がつかなかった。

 しかし異常は、抜け目なく老人のそばにも迫ってくる。

 

 三匹の飼い犬たちだ。

 これまで眠ったきり沈黙を保っていた三匹が、にわかに声を漏らしたかと思うと、舌が垂れるほどの大口を開ける。

 その口、鼻、耳、ほか体中の穴という穴から、三匹は外の景色と同じ、白い湯気を吐き出し始めたんだ。

 老人が外を見るため、天幕の一部を開いていなければ、内部はたちまち湯気まみれになっていたに違いない。それほどの勢いがあった。

 

 得体の知れないものに触れる気はない。

 老人は天幕の一角を開けたまま、自分はその隅。されど外の様子をうかがえる角度に退避する。

 湯気もまた、老人には用はないといわんばかりに、開けられたすき間から我先にと、一直線な軌道で脱出。山肌の噴き出す湯気たちに、合流していく様子を見せた。

 

 山全体を実とするなら、そこから立つ湯気は無数のトゲのごとき格好。

 老人がかたずを飲みながら、しばしその光景を見やっていると、湯気はやがて木々を抜き、空へ抜けていくかのような向きを見せた。

 すると、煌々とした輝きをたたえる星を無数に浮かばせる晴天が、にわかにかげる。

 しかし、湧き出した雲らしきものは空一面を覆う形を取らない。一対の長い橋のようにして左右から山に接続。老人の目には山全体を大きく抱え込むような、形状に思えたとか。

 そして一対の雲の間。先刻まで星を瞬かせていた空には、代わりに月のごとき光が現れ、山肌へ光を注がせた。

 老人が広げた手のひらに収まらないほど空を席巻するその月は、表面の大半にやや茶色じみた球体を浮かばせていたらしい。

 これはまるで、人の眼球を思わせるつくりだと老人は感じたんだ。

 

 

 どれほどの時間が経ったか。

 それらが不意に消えると、山はもう夜明けを迎えようとしていた。

 老人たちの飼い犬はおのずから目覚め始める。湯気こそ出していないが、あのときに広がった毛穴たちの中には、はためにも分かるくらい大きく口を開いてしまったものも混じっていたとか。

 山の動物たちも、これまでの寝入りぶりが嘘のように、その声、そのはしゃぎをおおいに見せる。

 よくよく観察すると、彼らの中にも身体に不自然な穴を開けているものがいたのだそうな。おそらくはあのときの飼い犬たちと同じような状態になっていたのだろう。

 

 あれは動物たちどころか、山全体を寝具にする何者かの「かいな」だったのだろうと、老人は迎えに来た面々に話したのだそうだ。

 自分がああならなかったのは、寝具のともとするには人間はいまひとつ足りない、もしくは汚さに過ぎるのかもしれないと語っていたとか。


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