006「王女レスフィーヌの命令」
氷の槍で心臓を貫かれたような気分だった。
心当たりがないわけではない。しかしデスティンには知り得ないことのはずだった。何故ならその計画は、わたしの心の中にしか存在しないものなのだから……。だから彼が言っているのは別のことに違いない。仮に彼がわたしの計画を見抜いているのだとしても、何を根拠にそのような判断を下したのか、聞き出すことの方が先だ。そう自分に言い聞かせても、早鐘を打つ心臓を静めることはできなかった。
デスティンに抱き寄せられていて、顔が見えないのが慰めだった。
「いったい何をおっしゃいますの? わたくしはそのようなことはいたしませんわ。それともデスティンはわたくしに殺されても仕方のないようなことをなさるおつもりでしたの?」
「まさか。私はいかなるときもあなたに従う所存です」
「でしたら何故、そのようなことを……」
デスティンは答えなかった。わたしを抱き寄せる腕に力を込めただけだった。もっと撒き餌が必要か。わたしはデスティンの胸に頭を預け、再び口を開いた。
「……もし仮に、随伴者を殺さなければならない事態になったとしても、あなただけは最後まで生かして差し上げますわ」
「何故です? あれほどまでに私を拒絶なさっていた王女殿下らしからぬお言葉ですね」
「デスティンはいかなるときもわたくしに従ってくださるのでしょう? 随伴者を殺さねばならないような非常時に、わたくし個人の好き嫌いで判断を下すことはありませんわ」
「あくまでも一国の王女としてのご判断なのですね」
デスティンの声に皮肉めいたものを感じ取ったのは、わたし自身の罪悪感の現れなのだろうか。
「わたくしはいかなるときもそのようにいたしますわ」
そう答えたわたしの声には、自分でも驚くほど感情がこもっていなかった。
わたしはデスティンの胸に預けた頭を離した。デスティンはわたしの腰に回した腕の力を緩めた。わたしはデスティンの顔を見上げ、はっきりとした口調で告げた。
「……寝室に参りますわ。デスティン、あなたもおいでなさい」
「それも一国の王女としてのご判断なのでしょうか?」
デスティンは冷笑した。わたしも冷たく笑って言った。
「当然ですわ。わたくしの命令に従いなさい」
「御意のままに致します」
……何故、このようなことをしたのか、自分でもよくわからない。もしかするとこの時点でわたしの無意識は真相を嗅ぎ取っていたのかも知れない。人間には表層意識の下に無意識の領域が存在する。無意識は表層的な感情に惑わされることがなく、社会的なしがらみに囚われることもなく、動物的な嗅覚と超越的な知能をもって的確な判断を下す。その計算速度に表層意識の思考は決して追いつけない。ゆえに、表層意識は時として正確無比なその回答を過ちと誤認して、倫理や道徳を理由になかったことにしようとする。ある程度の歳月を生きれば、嫌でも思い知ることだ。だからわたしは自分自身の気紛れなひらめきを可能な限り尊重している。
寝室に入るとわたしは純白のドレスを脱いだ。魔法の糸で織り上げられた『結魂の法衣』はツガイヒメの意思ひとつで一瞬にして着脱することができるようになっている。下着や靴もすべて『結魂の法衣』に含まれているので、わたしはデスティンの前で全裸になっていた。ただし首に巻き付いた白いチョーカーだけは決して消すことができなかった。
「……首輪というわけか。相変わらず悪趣味な連中だな」
わたしの全身を眺めながらデスティンは嘲笑した。彼がこのような態度を見せるのは初めてのことだった。だけどわたしが引っかかりを覚えたのは、彼の豹変ぶりではなく、発した言葉に対してだった。レスフィーヌとして生まれたわたしが物心ついたときには、デスティンは既に王国海軍にいた。彼は優秀な職業軍人で、神竜教会との間に因縁があるなんて、そんな話、一度も聞いたことがない──
わたしはデスティンに近づいて、軍服の上着のボタンを一つずつ外してゆく。
「デスティン。わたくしには、生涯にわたって神竜のみを愛する……という呪いがかかっておりますの。その呪いがどれほどのものなのか、この場で確認なさい」
「承知致しました。……少々手荒になりますが、どうかお許しください」
デスティンは身を屈めると、わたしを乱暴に抱き寄せて貪るようにキスをした。