<10> 永遠の【乙女ゲーム】
「どうだった?」
全身白尽くめの同僚に問われて、水色の手を両方、身体の前方で広げた。
良くも悪くもない。
意味するところを正確に読み取った同僚は、保護眼鏡とマスク越しにも分かる苦笑を浮かべる。
「相変わらず厳しい。内容なんぞ二の次だと上も評価してるのに。自然言語処理、特に日本語で物語を組み立てるのがどれほど難しいか。それに、」
手袋の第二関節で度入保護眼鏡のブリッジを押し上げて、歪んだ目元を余計に歪ませた。
「部位ごとに挙動が異なる。機能局在に合わせても面白い。もっとも……」
その先は何度も議題に上がっている。
今更の小言に耳を貸す必要もなく、立てた人差し指を唇の前に置けば、同僚はお喋りを止めてクリップボードを手渡してきた。
ざっと目を通す。
「AT202201シリーズが三つほど枯れてる。補充はSH202111でいいね」
「ご随意に。この実験の責任者は君だ」
「共犯だろ?」
「残念なことにね」
休憩に入るよ、と言い残して同僚は部屋を去った。
シャーレの整列するチャンバーを覗き込む。
このシャーレでは脳細胞を培養して生体半導体を作成している。フラーレンを足場材に使用して三次元構造を取らせた生体半導体を電子機器へ接続し、いくつかの条件を与えてやれば、お題に沿った物語を紡ぎ出す。
まだ自由自在にはほど遠く、変異種といった趣だが、AIによる自然言語処理の分野では突出した成果といえる。
人間の情緒を理解した言葉遣いと展開の創作は、金属製の集積回路ではまだ不可能であり、特に日本語でとなると前例はない。
ただ、この卓越した研究成果を世に出すことはできない。
幹細胞由来の脳細胞ではなく、死んだ男の脳細胞を使用しているため、論文を書いたとしても倫理的観点から排除され、研究所自体も閉鎖に追い込まれるだろう。
——その男はゲーム作家だった。
乙女ゲーム【クラリスと不思議な絵】は、男の初めてのヒット作品で、ツイート漏れの後は熱狂的なファンまで生まれた。
しかし流行はいずれ去る。
追加シナリオは三章立て三つで終わり、二次創作も下火となった。
男はゲーム雑誌のインタビュー記事で答えた。
『新作の構想を練っています』
次?
主人公と悪役令嬢の物語はまだ幾らでも創れるだろう?
妄想していた通りのオトナの展開でも、友情エンドでも百合エンドでも。
私は永遠に見ていたい。
我に返る。
装置に映る充血した目。
瞼を閉じた指先に未だ残るぶよぶよとした感触に、微かに震えた。
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