シガイの森
あれは、30年ほど前の夏くらいの出来事だった。
おれは、当時、7歳くらいだったと思う。
夏休みにS県の某所にある親戚の家に行ったのだが…親戚同士でかくれんぼをすることになった。
その家は、古くからある農家で近くにぽっつりと周囲から取り残されたような森林がある。
今、見るとそこから異様な雰囲気が漂っているように思うのだが…当時はそんなことに気づきもしなかった。
地元の人間はその森を「シガイの森」と呼んで決して立ち入ろうとしないのだが…禁足地というやつである。当時の俺はそんなことも知らなかった。
シガイの森、新開の森が訛った?嘘をつけ。
新しく開いた?開けてないぞ??思いっきり不自然にぽつんと森が取り残されてるじゃないか。
そこ、開けなかったわけがあるだろ!
♠️
「もういーかい」
セミがうるさく鳴くなか、子供の声があたり一面に響き渡る。
「「「「まーだだよー」」」」
かくれんぼに参加しているメンバーは幼稚園から中学生くらいまでの5人の子供達である。
鬼をのけたら4人か。
みんな思い思いの方向に走っていく。
普段から、行動が遅い上に土地勘がなかった俺は、なんとなくみんなが行かなかった方向へ隠れることにした。
その方が見つかりにくいと思ったのだ。
それに、こっちには隠れるのにうってつけの森があった筈。
あんないい隠れ場所になんで誰も行かないんだろう?
そんなことを考えながら周囲からポツンと取り残されたような森を目指す。
田んぼの真ん中にその森はある。
畦道を歩いていくと…森の入り口には不気味な祠がある。
(うわっ、なにこれ?)
よく見ると祠には首のないお地蔵様(?)が二体たっていた。
風も吹いていないのに森の奥からビューっていうような(?)不気味な音がしているような気もする。
森の中に入るのを躊躇っていると…
「もういいかいー」
後ろから鬼役の子の声が聞こえた。
(早く隠れなきゃ)
俺はそう思った。それと同時に田んぼのど真ん中では、この森以外に隠れる場所がないことにも気づいた。
俺は、仕方なくその森に入ることにした。入り口のぶきみな祠には気が付かなかったふりをして。
♠️
暗くてジメジメした森へ入った刹那。
バキッ
枝かなんかを踏んだみたい。
些細な音でも怖いからやめてほしい。
ほっと息をついた瞬間…
「ぎゃーーーーーーっ」
…なにかが絶叫した。
(カラス…だよな)
いや、何かがいて、何かに見られている気がさっきからしてる。それも複数。
カラスにしても、むっちゃいたがっているような、もがき苦しむような、恨みがこもったような鳴き声だ。
誰かがカラスに石でも投げたのか?カラスって復讐しにくる知能があるらしいけど。
(石投げたの俺じゃないからな)
そんなことを考えながら森の奥へと進む。
森の中ほどまで進むと、石碑が立っていた。
昔の字で何かかいてある。
読めない。
(この辺に隠れていたらいいかな?)
俺は読めない字でかかれたなんかの石碑の後ろに隠れることにしたのだった。
♠️
その場所に2時間くらい隠れていただろうか?
あたりが暗くなってきた。
誰も探しにこないし、お腹も空いたし、もういいかな?そろそろ帰ろうかな?って思い始めた時…。
バキッ
背後で音がした。
(やっと探しにきたのか。遅いよ)
そう思いながら音がした方向と逆側の影に隠れる。
「もういいかい?」
甲高い男の人の声。
(あれ?)
どう聞いても子供の声ではない。
かくれんぼをしている時の掛け声でもない。
大人の男の人の声。しかもなんの感情もこもっていない超冷静な「もういいかい?」なのである。
ききようによっては「お前、いい加減にしろよ?」って怒っているような…
(大人の人が探しにきたのかな?そして、ご飯の時間になっても帰ってこないから怒っているのかな?)
俺はそんなことを考えていた。
(いや、もう帰るし)
バキッ
また、枝が折れる音がした。さっきよりだいぶ近い位置だ。そろそろ誰が来たか見えてくる筈。
俺は石碑の影からそっーと音のするあたりを覗いてみる。
あたりは相当くらい。近づいてくる人は俺を探しに来てくれた親戚の人のはずだが…。
この位置からは誰だかわからない。
(両手に何かもってるけど、なんだろう?)
右手に持っているのは細くて長い何か。無造作にだらりと持ってる。
左手に持っているのは丸い何か。
あー、スイカ割りでもするのかな?
…
……
………。
一瞬、そう思ったけど…。
俺を探しにくるのにスイカとスイカ割りに使う棒とか持ってくる?
おかしいとおもい始めたとき、
バキッ
また、枝が折れる音がした。
男の人はもう目の前まで来ている。
もうここまで来れば…男の人の容姿も手に持っているものもはっきり見える。
右手に持っている長いものは赤い。流れおちる鮮やかな真紅に鈍色に光る長物。
左手に持っているものは黒くて長いもの。女の人の髪?青白い球体。人間の頭?
「もういいかい?」
男の人が俺に向かって左手に持っていたものを無造作に投げた。
どさり
その物体は俺の足元に落ちてきた。
(うわっーーーっ)
俺は思わず叫びそうになって尻餅をついた。
逃げだしたいのに体に力が入らない。
俺はただ、現実離れした目の前のものをじっと凝視することしかできない。
生首だ。髪飾りとかが古めかしい感じがするかな?
息耐えているはずの昔風の女の生首。
その目が開き…ギョロリとおれを舐めつける。
恨みが凝り固まったような赤く凝結した眼。血眼ってやつ?
(何見るんだ?あん?ここはお前の来る場所じゃねーよ)
みたいに……
古風な女の生首が目の前にある…。
その生首が恨みのこもった目で下からじっと俺をにらめつける……。
そんなこと……そんなことある?
「うっわー」
おれは絶叫した。
そして意識を失ったのだが…
気がつくと、親戚の家で布団で寝かされていたのだった。
なんでも、大人達が探しに行くと、シガイの森の入り口の祠のあたりで俺が倒れていたのを見つけたそうだ。
俺は大人たちに親戚の家まで連れて帰ってもらったらしいが…。
三日ほど目を覚さなかったらしい。
三日三晩ずっとなにかに追いかけ回されているような感じでうなされていたようだ。
心配した両親は近所の神社の神主にお祓いを頼んだそうな……
神主は「シガイの森に入ったな?」
と頭を抱えたそうで
「まぁ…やれるだけ、やってみよう」
といって一生懸命お祓いしてくれたそうだ。
♠️
三日三晩の神主の祈祷により、俺は目覚めた。
親たちの話によると祈祷の間、俺は引きつけを起こしたように体を硬直させたり、高熱を出したり、いきなり叫び出したりして、大変だったようだ。
それで目覚めなかったらどうなっていたんだろう?
なんか、刀をもち、着物を着た目つきのするどい男にずっと追いかけ回されていたような気がするけど…。
目がさめると、あの森にはもう絶対、近づくなと神主や周りの大人達に説教された。
なんでも、昔、あのあたりの殿様が外出すると、侍女達が遊びに出かけたらしい。
侍女達は今日は殿様は帰って来ないだろうとたかをくくって遊びほうけていたが、殿様は夕暮れに帰って来た。
殿様が帰っても、誰も出迎えに来ないのを怒って、侍女を皆殺しにして、城の近くの森に埋めたのだそうだ。
それが、シガイの森の所以である。今も森のどこかに殺された侍女達の死骸が埋まっているらしい。
城とかがあった場所の近くにポツリと取り残されたような森、入り口に不気味な祠があるような所があったら近づかない方がいい。
そこ、忌地もしくは禁足地。処刑された人たちが晒された所とかだから。
遊び半分で近づいたら呪い殺されるかも
「もういいかい?」
今年もそんな不気味な声がどこからか聞こえてきそうだが…
(もう、いいよっつつ!!)