1.困った話
死霊術師シリーズの新作をお届けします。今回は少し趣向を変えて、ほんのり暗号風味のお話となっております。二話構成と些か短いですが、よろしくお付き合いを願います。
教会とかの連中は、死霊なんてのは生きてる者の邪魔だから、とっとと浄化しちまえばいい――なんて考えてるんだろうが、死霊たちの声を聴く事が商売の死霊術師にとっちゃそうじゃねぇ。謂わば俺たちの仕事ってなぁ、生者と死者の仲立ちを務める事なのよ。術とかスキルとか、そんなものを抜きにしてもな。
だからまぁ……死霊術をまるで使わねぇ死霊術師の仕事ってのもあるわけよ。今から話すケースみてぇにな。
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「いや……ですからね、弔っちまったホトケさん相手に、死霊術を使うなぁ無理なんで」
「そんな……できないのですか?」
元々「浄化」ってなぁ、屍体がアンデッド化するのを阻止するためのもんだ。あとは疫病の発生を防ぐとかな。教会が葬儀や浄化を急がせるのもそのせいだ。
けどな、実際問題として「浄化」ってやつは、死霊術による降霊対策に使われる事も多いんだわ。〝死人に口なし〟なんて言われるけど、死霊術師なら死人に語らせる事もできる。ホトケさんに余計な事を喋られちゃ堪らねぇってんで、直ぐに浄化する家も多いってわけよ。逆に言やぁ、「浄化」が済んだホトケさんに死霊術をかけるなぁ難しいってわけだ。
勿論、教会の連中にゃやつらなりの正当な言い分があるわけだし、それに非を唱えるつもりは無ぇけどよ……せめてその短所についても説明しといてほしいんだが……そういうなぁ死霊術師に説明責任があるって言うんだろうな、やつらは。
「そこを何とか! もうこれしか方法が残ってないんです!」
「……まぁ、俺より腕の良い死霊術師にならできるかもしれませんけどね。とにかく、そちらさんの事情ってやつを説明しちゃくれませんかね」
取り乱す依頼人からどうにか聴き取った内容に、俺ぁ頭を抱えるしか無かったね。
「……つまり何ですかぃ? 今際の際にホトケさんが遺言状の在処を指さしなすったが、肝心の遺言状がそこに無かった?」
……どう考えても盗難事件だろうがよ。死霊術師の出る幕じゃねぇだろうが。
「あ、いえ。状況はともかく、遺言状など盗んでどうするのだという意見が大半を占めまして」
「……ご無礼を承知で伺いますがね、相続人争いって線は……?」
「素封家ならいざしらず、うちのような中流階級では、遺言状を盗んでまで相続を狙う程の財産はありませんよ」
……そうなんかねぇ……俺みてぇな貧乏人にゃ、結構なお宅のように思えるんだが。
「仮に財産狙いであったとして、隠された相続人……親爺の隠し子などがいたとしても、その隠し子が遺言状を盗む理由が見当たりません。親爺が私たちに読ませたがっていた遺言状が、相続人としてのその人物の正当性を保証するものであれば、何も盗む必要は無いわけです。何も書かれていない場合もそれは同じ。可能性があるとしたら、その人物の欠格性に触れてある場合ですが……件の人物がなぜ内容を知っていたのかという点を抜きにしても、そういう事情なら我が家の法律顧問には話が通っている筈でしょう」
「……なのに……そういう話は出て来なかった?」
「はい。問題の人物が遺言状の内容を知らなかった場合を考えても、やはりおかしな点は否めません。内容が不明な以上、その人物の適格性を保証している可能性もあるわけで、そんなものを盗んでしまったら、一気に遺言状そのものの信憑性が問われる事になります」
……なるほどなぁ……ん? 待てよ?
「……だったら、別にその遺言状ってやつを気にする必要は無ぇんじゃ?」
「それがそうもいかないのです」
「……事情をお伺いしてもよござんすかね?」
「勿論です。問題をややこしくしているのは、〝新たな遺言状があるらしい〟という点なのでして……」
依頼人の話を要約すると、異論を唱えてんなぁ法律屋のおっさんらしい。
故人の遺言状というのはあるのだが、それより新しい遺言状がある可能性が否めないのなら、現在預かっている遺言を執行するわけにはいかねぇってんだな。遺族の方々にゃ面倒な話だろうが、端から聞いてると、こりゃ法律屋の旦那に分があるな。
「つまり、新しい遺言状があるのかないのか、それだけでも確かめないと困るわけでして」
「……んで、思案の挙げ句に死霊術師に頼る事を思い付いたが、時既に遅く、ご遺体は清められちまった後ってわけで……?」
こりゃ、確かに困った話だぜ。
次話は明日公開の予定です。