異世界転生したけど神様・魔王様と飲み友達になって新橋の居酒屋でダベっただけ(上)
トラックに轢かれた。軽トラだったと思うんだけど、衝撃は強かった。薄れゆく視界の先に、異世界の光景が見えた。
ああ。交通事故で異世界に飛ばされるって本当にあるんだな。
そんなファンタジーがあるなら、僕はもう、なんのしがらみもない冒険者になりたい。剣と盾とを携えて、魔法を操って生きていくんだ。辛いことがあったっていい。生意気な部下も有無を言わせぬ上司も要らない。中間管理職なんて、もうやりたくない。
『いえ、あなたはそのままです』
!?
『こっちでも中間管理職やってください。この魔想界に不足している人材ですので』
え? 嘘でしょ? やだ!! もう、もう……、やなんですけど……!!
『だめです。私がビッグボスです。神です。私の下に10人の部長がいます。それぞれの部長の下に係長が10人ずついます。あなたも係長の1人になります』
やだやだやだ、もう日報とか書きたくないし、人月計算とかもしたくない。
『あきらめてください。初手で係長って結構いい待遇でしょうが』
……契約書も見ないでお返事はできませんね。
『あら慎重。あなたの経歴なら大丈夫ですよ。ワードもエクセルもアウトルックも魔想界にはありますので』
ほぼ決定事項ってことです……?
『ほぼほぼそうですね』
……つらみが深い。
『あれ、もう受け入れたんですか?』
だって、何言っても仕方なさそうだし……。
『はー、21世紀日本人は素直に過ぎますね。もうちょっと抵抗してください』
日報って、テンプレとかあります?
『まって!?もう仕事の話するの!?』
上長のお名前を教えてもらっていいです?
『流れるようにメール作成しようとしないで!あなた、今から異世界に行くんですよ!想気っていう異能が使える世界ですよ!?なんでもできるよ!?』
エクセルがある世界は異世界ではないです。僕、ググらないでもvlookupを使えますよ。
『vlookupは魔法みたいだけど!!』
神様もエクセル使うんですね。
『わたしだって使わなくていいなら使いたくないよ……』
わかりますよ。でも、そうも行かないんですよね、きっと。
『……うん。……私、全知だから計算とか一瞬でできるのに、部長たちがね……、「我々にも分かる形で成果物をまとめてください」って言うの……』
……大変ですね。
『マサトシくんは分かってくれそうだな……。こんど一緒に飲もうよ……?』
飲みましょう。新橋のいい店知ってます。
『やった!楽しみだな。来週末の……えーと……土曜の20時からなら空いてるや。ごめん、日曜は無理』
神様もお忙しいんですね……。来週土曜の20時ですね? 予約しときますね。
『ありがとぉー』
あれ、異世界でもスマホ使えます?
『あ、そうだね、使えるようにしとくね』
ありがたいです。
『それじゃ、土曜日にね』
はい、いっぱい飲みましょうね。
*
そのあと異世界でいろいろあったけど、あんまり関係ないから割愛する。
*
土曜日20時、JR新橋駅の西口。「よっ」と手を挙げる中3くらいの女の子と落ち合った。
神様は、思っていたより幼い顔立ちだった。
「お疲れさまです。……あなたと飲み屋に入って捕まりませんかね」
「お疲れ。大丈夫じゃない? 堂々としてればいいんです」
「娘って言ってもおかしくない見た目ですよ」
「娘とか言って、マサくん、もう5年くらい彼女すら居ないじゃない」
「……全知って怖いな」
「いえ、力は使ってないですよ? ただ調べただけです」
「それはそれで怖いんですけど……。行きましょうか」
「ええ。今日はどんなお店です?」
「焼き鳥屋。お刺身も美味しいですよ」
「おっ、いいですね。私、ハマチが好きなんです」
「それなら満足いただけると思います。ゴマハマチってメニューがあったかな」
「うわー!すっごい楽しみ!!」
「神様も魚介類とか食べるんですね」
「そりゃ食べるよ。あ、あと、私いちおう、ラヴィニアって名前があるの」
「ラヴィさんって呼んでいいです?」
「ぐいぐいくるなあ! いいけど!」
大通りを一本折れて路地裏に入る。"隠れ家"ってほどじゃないんだけど、知らなければたどり着けない居酒屋がここだ。
「おお……。素敵な面構えだ……」
「いいでしょう。おいしいですよ、ここ」
扉を引いて、予約してた2人です、と伝える。コの字型のカウンターの奥で店主が答える。
「お久しぶりじゃないですか」
そう言いながら、店主は、手元で串打ちを続けている。
「そちらは……彼女さん?」
「やー、説明が難しいな」
「うちの店で怪しいことしちゃダメですよ?」
「怪しかないですよ」
「マッサくーん!彼女いたんだー!!」
「ヨシさん、出来上がりすぎですよ」
「お嬢ちゃん、かわいいなあ!」
「あ、かわいい?ほんと?うれしい」
「その帽子のぽんぽん、なんて言うんだっけな!かわいいなあ!」
「大将、奥の座敷、使っていいです?」
「ええ、ちょうど空いてるんで構いませんよ」
「お嬢ちゃん!ここの店はぼんじりが美味いから食べてけよな!」
「いやいや、ヨシさん!ピーマン肉詰めもいいぞ」
「あー、そいつもあったなあ!」
「ヨシさんもキクさんも、こんどゆっくり飲みましょうね」
「うわはは!ボトルキープしてるからなあ!マサくん!」
「マサくん居ないとヨシさんの相手するの大変だよ」
「わかりますよー。こんどねー」
座敷の戸を開いて、ラヴィさんを奥に通す。
ヨシさんががははと笑っているけど、襖を閉めると少し声が遠のく。
「いいお店ですね」
「いまのそれでそう思います?」
「入った瞬間からいい匂いがしましたし、飲んでる人たちも陽気ですし、
なにより私のことをかわいいって言ってくれましたし」
「そこかー」
「実年齢的には私16くらいなんですよね」
「お酒飲めないじゃないですか」
「精神的には2,600くらいだから大丈夫」
「これ、やっぱ犯罪になるのかな」
「小さいことを気にするなあ」
「失礼しますね。ご注文は?」
「生中!マサくんも?」
「はい、僕も」
「あと、ぼんじり4本!ぜんぶ塩で!ピーマンの肉詰めの串もください!あとゴマハマチ!」
「枝豆とモツ煮もいいですか?」
「はい、少々お待ちくださいね」
「はーい」
「……ぼんじりもピーマン肉詰めも覚えていらっしゃる」
「お店に入り浸ってるお客さんのおすすめこそが最高だからね」
「ラヴィさん、ちょっと日本の居酒屋に詳しすぎません?」
生中とお通しが運ばれてきた。
「おっ、おお……!」
お通しは、サーモンの切り身に大根おろしとシソが乗せられた刺身だ。
「い、いくらも乗ってる……!」
「いいでしょう、このお店」
「素晴らしい……、素晴らしいよ……」
「とりあえず乾杯しましょうか」
「よっし!ここ教えてくれてありがとね!かんぱーい!」
生中のジョッキを掲げる神様と乾杯した。
「おいしーなー……」
しみじみといくらを口に運ぶラヴィさんがかわいい。
「その姿って、なんというか、本物なんです?」
「ん? やー、なんていうかな。本物は本物なんだよねえ。この世界用の肉体だからなあ」
「おっさんと飲んでるのか、女の子と飲んでるのか、はっきりさせたいんです」
「それなら安心して、女子は女子だよ。
あ、あとマサくん以外にはちょっとジャミングしてるから、外見的には未成年には見えないと思うよ」
あー、だからみんなそんなに驚かなかったのか。
「安心しました。なんで僕には未成年に見せるんです?」
「マサくんってロリコンじゃない」
「……全知怖いなー」
「いいのいいの。私、そういうことには理解あるよ?」
「……まあその……ご配慮いただいてうれしいです」
「これくらいの見た目の女の子と居酒屋に来たかったんでしょ?」
「……そういう妄想をしたことはあります」
「今日はその夢を果たしなさい! そしたらまたあっちで働いてよね!」
「やですよー」
「枝豆とモツ煮とゴマハマチです。焼き物はもう少々お待ちくださいね」
「あ!来た来た!ありがとうございます!」
「ここのモツ煮、絶品ですよ」
「おぉ……モツがとろとろだ……」
「大根もしみしみ」
「おい……ひぃ……」
「追ってビールがまた美味い」
「あぅぁ……、このために私は生きている……」
「神様業も大変なんですね」
「そうなんだよぉー……。愚痴ってもいい……?」
「構いませんよ」
「マサくん……、もうやだよ私……」
「あ、重そう」
「重いよぉー……、ごめんね? あ、ゴマハマチも美味しいね!」
「ゴマを炒ってから擦ってるのかな。美味しいですよね」
「私、これ、すっごい好きだな! ミョウガが絶妙!」
「重いの?」
「……うん。私もうこの仕事やめたい」
「そっかー」
「4人と一緒に組んでくれてるでしょ?」
「ええ、あの4人」
異世界に飛ばされてから組んでるパーティの女の子たちのことだ。
「マサくんには、あの4人と一緒に、魔王様を倒してもらおうと思ってるの」
「そんな気はしてました」
「シャーリーちゃん、……あ、魔王様の名前なんだけど」
「かわいい名前」
「私、全知だから、シャーリーちゃんが殺されるところまで知ってるの」
「重かった」
「レイチェルちゃんの水魔法で腕と脚を切り裂かれて、エディスちゃんの毒で呼吸ができなくなって、ミリーちゃんの爆撃で体を焼かれて、エスミーちゃんの風魔法で散り散りになる」
「……重かった」
「マサくんが最後にシャーリーちゃんのすべての細胞を圧し潰して大団円。
あ、マサくん、もう3か月後くらいに重力魔法を使えるようになるイベントあるよ」
「……心がときめくとともに沈んでます」
「でも!これ、変えられる未来なんだ!」
「どういうことです?」
「シャーリーちゃん、ちょっとこじらせてるだけだから。最近はLINEもあんまり返してくれないし」
「仲良しなんですね」
「あっちの世界のトップ同士だからね!」
「トップ同士がLINEするものなんだ……」
「するする。……モツ煮ほんとおいしいな……」
「いいですよね、ここのモツ煮」
「すごくおいしい。このモツは小腸じゃなくて大腸だね。私、モツ煮は大腸の方が好きだな」
「やっぱりラヴィさん、ちょっと日本のつまみに詳しすぎません?」
「今度はモツ焼きが美味しいお店に連れてって?」
「まあ2,3軒ほど知ってるんでいいですけど」
「うへ……、マサくんでよかったな……」
「シャーリーさんの話に戻していいです?」
「あ、ごめんごめん、シャーリーちゃん、いまちょっと鬱になりかけてると思うの」
「畳みかけるように重い」
「魔王業も大変だと思うよ。部下もいっぱいいるし、威厳も保たないといけないし」
「そういうものですか……」
「こないだ心療内科で薬もらってきたってLINE来た」
「あー、マジのやつじゃないですか」
「……助けてあげたいんだけど、そういうときに外からとやかく言うのって……、あまりよくないよね?」
「そうですね。薬もらったなら、少なくともそれが効き始めるまで、1,2か月は様子を見るのがいいかな」
「そろそろ2か月くらい経つんだけどな」
「ちょっとやばいですよ!時間感覚狂ってませんか!?」
「えっ……。あっ……、そうかも……。言われてみて気付いた……」
「とりあえずLINE送って! 返事なかったらないでいいから!」
「……シャーリーちゃん、ごめんよ……」
神様はぽちぽちとスマホをいじってメッセージを送信した。
「あ、既読ついた」
「一安心ですね。ちょっと様子を見ましょうか」
「失礼します。ぼんじりとピーマン肉詰めです」
「あ、僕、生中追加でいいですか?」
「あっ、私も!!」
「承りましたー」
「返信はないです?」
「あっ、来た」
<シャーリーちゃん>
> 『転生者のマサくんと飲み会してるよ』 20:41
20:45『わたしもいっていい?』<
「いいかな?」
「……いいですとも」
魔王様が新橋に降臨することになった。