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眠る星

 

 あの夜の邂逅から一夜が明けたが、未だに夢を見ていたのではないかと思うぐらい現実味がない。


 トリスの森で人に出会うのは初めての経験だったのだ。


 そもそも、トリスの森は二つの巨大な国に挟まれる国境の位置にあり、その面積も広大な広さを誇っており、豊かな自然といえば聞こえはいいが、危険な生物の住処にもなっており未開拓な地という認識だ。両国を行き来するにはもっと簡単な経路があるため、誰も立ち入らない危険な森だ。


 二つの巨大な国、ラスティーニャ王国とガルクムント帝国は、歴史を振り返ってみると常に対立関係にあった。ラスティーニャ王国は魔法士が多く存在する魔法王国で、ガルクムント帝国は武芸に秀でた戦闘士が国を支えている。魔法士と戦闘士はお互いが弱点。つまり、二つの国は成り立ちからして相いれないというわけだ。最大の敵がお隣同士なので、この辺りのいざこざはしょっちゅうあるのであった。


 しかし、それを憂いた主導者たちが和平協定を結んだのがおよそ百年前。


 お互いが天敵なら、協力してしまえば最強の組み合わせ。


 斯くして、両国に協定が結ばれ、閉ざされていた国交も今では盛んに行われる友好国へと変化したわけである。



 そして、トリスの森を侵略しようとする者がいなくなり、この森はさらに自然が猛威を振るう屈強な門番となった。どんなに優秀な魔法士や戦闘士でもトリスの森を抜けるのは難しいとされ、今では誰も挑む者はいない。


 なぜそんな恐ろしい森に私たちは住んでいるのか、という疑問は幼いころに父にぶつけたが、「ここにいる方が都合がいいから」と、答えになっていないような回答だった。こんな辺鄙な場所に住むのは僕たちぐらいだよと、ほほ笑んだ父の言葉を肯定するように、この森で人に出会ったことはなかった。昨日までは。



 では、なぜ昨晩、あの星のような青年はあんな所にいたのだろうか。


 しかも、あんなにぼろぼろになってまで。


 考え始めるときりがないが、暇を持て余すリジーにとってあの青年は、久しぶりに訪れた劇薬のような刺激だった。





▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△






 青年が起きる気配はまだない。


 こんこんと眠り続ける彼は、たまに生きているのか不安になるほど静かなものだった。


 

 そう、リジーはあの夜に出会った青年をわざわざ自分の家に運び入れて看病していた。



 自分を殺そうとした相手を助けるなんて自分でもどうかしていると思ったが、あのまま見殺しにしていたら絶対に後悔する確信めいた予感があった。


 どんどん温もりを失っていく冷たい体を前にして、見捨てるという選択肢は存在しなかった。


 何より、あの星のように輝く瞳をもう一度見たいと思ってしまった。



 

 できるだけの治療行為はしたが、あんなに大怪我を負った人を見るのが初めてなこともあり、リジーの意識は常に青年に向かっていた。


 治療するために見た傷跡は明らかに獣につけられたものではなく、刀傷や火傷のような跡だった。まるで戦場を駆け抜けてきたような生々しい傷跡ばかりが目についた。最近負った傷ばかりではなく、古傷も多くあったので、戦うことを生業にしてきたことがわかる。


 剣を持っていたから戦闘士なのか、それとも森に鳴り響いた轟音が彼の仕業だとしたら魔法士かもしれない。どちらにせよ、彼は戦いの最中、このトリスの森に迷い込んだのだろう。



 強い吹雪に吹かれて家ががたがたと揺れる。昨日までは晴れていたのに、外では猛吹雪が吹き荒れていた。薄暗い外の様子を見ていると寒さが足元から這い上がってくるようで、暖炉の火を強めた。ごうっと風の唸り声が聞こえる。例年通り、この吹雪はあと一週間ぐらいは続くだろう。


 この嵐の中では、例え彼を追ってきた敵であろうと森の中を捜索することはできない。


 それは味方にとっても同じ条件ともいえるのだが、さて、彼は一体何者なんだろうか。



 彼を助けるために昨日は大忙しだった。治癒魔法が苦手な分、魔力を多く消費してしまったし、昨晩からの疲労も溜まっており体がだるく感じる。こんなに魔法をたくさん使ったのは久しぶりで、思った以上の疲れが重くのしかかる。


 自分が倒れこむように寝床についた時には東の空は少し明るくなっていた。そこから昼過ぎぐらいまで寝てしまい、青年の様子を慌てて見に来たが、起きる気配はなかった。

 


 まさか、私の治癒魔法が上手くいってないわけではない、よね?



 不安に駆られてそっと青年の様子を伺うも、呼吸は落ち着いている。星空の下で見た青白い顔も今ではだいぶ色を取り戻している。ゆっくりと上下する胸元をぼんやりと眺める。




 今はおとなしくベッドに横になっている青年が早く目覚めればいいのに。


 


 リジーは眠る青年の瞳を思い出しながら、ぼんやりとそんなことばかり考えていた。





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