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流星が落ちてきた



 さっきの光はいったい何だったのか。



 ざくざくと冬の大地を踏みしめながら、足早に周囲を確認する。夜の闇の中、目を凝らしても怪しい光は見つからず、リジーが生み出した淡い橙の灯りだけが闇の中に浮かんでいた。


 まるで雷が落ちたような衝撃だったが、今日は星空が綺麗に見渡せるぐらいの晴天だった。雨も降っていないのに、雷が落ちるなんて自然ではありえない。いろんな可能性が浮かんでは消えていく。


 しばらくうろうろ辺りを歩き回ったが先ほどの光も、怪しいものも何も見つけられない。危険がないことを確認できればそれでいいので、帰ろうかなと来た道を戻ることにした。焦るあまり、かなり森の奥深くまで入り込んでしまっていた。


 夜の森に長時間いるのもよろしくない。


 トリスの森ではたまに妖精のいたずらといって、人ではない隣人たちが魔法を使って人間を驚かしては楽しむことがあると、昔、父が話してくれたのをふと思い出した。もしかして今回の出来事もその一つかもしれない。彼らは慌てふためくリジーの姿を見て満足したのか、今もどこかでひっそりと様子を伺い、くすくすと笑いあっているかもしれない。


 妖精は、普段は気のよい友人であるが、こちらが逆鱗に触れたときには牙をむく恐ろしい存在でもある。自然が多いところを好むため、この森は彼らの住処になっていることを教えてくれたのも父だった。


 リジーに正しい魔法の使い方を説き、自然を冒涜してはならない、隣人との上手な付き合い方を教えてくれたのも父だった。幼いころ、上手く魔法が使えなくて不貞腐れたリジーのご機嫌をとるために、父は小さな虹を見せてくれた。


 感動するリジーの頭を優しくなでて、いつかリジーもできるようになると慰めてくれたのも父だった。いつかじゃなくて今がいい!と頬を膨らませたリジーをそっと抱き上げ、くるくると回ってくれた自慢のお父さん。


 父との思い出に触れ、昔を懐かしんでいると、じわじわと寂しさがこみ上げてきた。


 眦に浮かんだ涙をそっと指で押さえる。


 いつになっても、今はもう隣にいてくれない人のことを思い出すときは胸がぎゅっと締め付けられる。


 まるで、少女だったリジーが抱えていた痛みが、忘れないでと叫んでいるようだった。

 


 寂しくなったら空を見上げてごらん。 



 幼いころ聞いた父の声が聞こえたような気がして、そっと足を止めて夜空を見上げてみる。そこにはあのころと変わらない美しく輝く星があった。



「あの一番光る星を」



 遥か遠くにある輝きに目を奪われていた時だった。

 

 ガサッと木々がこすれる音が響く。






 何事かと瞬きしたその時には、―――――星が落ちてきた。






 いや、正確に言うと星ではなく人だったが、彼はあまりにも美しかったのだ。


 それこそあの星の輝きのように。


 リジーが見つめていた星を遮るかのように空中に踊りだした彼は、夜を切り取ったかのような黒髪をふわりと浮き上がらせ、夜空に浮かぶ星を拝借して彼の瞳に嵌め込んだと言われても信じてしまいそうな美しい瞳をした、神秘的な青年であった。


 しかし、その星はリジーのことを今にも殺さんばかりの表情で睨み付け、手には非常に物騒なことに、鈍色に光る剣が握られていた。



 一瞬が永遠のように感じる、それを身をもって今、リジーは体感していた。

 

 


 ズシャーッと砂利が擦り付けられて悲鳴をあげた。その音が耳に届いた時にはリジーの背中は地面に叩きつけられていた。背中がひりひりと痛い。痛くて熱い。おまけに土埃が巻き上がって上手く目が開けられない。



「騒いだら殺す。」


 なんとかもう一度目を開いたリジーが見たものは自分に馬乗りになって剣を突き付けてくる青年だった。首に添わされた鋭利な刃物はぴたりとリジーの肌にあてられている。引き攣った声が喉奥でぶつかる。


 青白い彼の美貌がリジーを見下ろしている。


 急に心臓が激しく脈打ち始め、体が硬直したように動かない。なぜ。どうしてこんなことになっているのか。考えようにも酸素が上手く脳にまで回らない。呼吸をしているはずなのに苦しい。


 

 見つめあっていたのは数秒か、それとも数分なのか、わからないままその均衡は破られた。


 青年が突然剣を取り落とし、苦しみだしたのだ。手からこぼれ落ちた剣はからんと、地面に転がり離れていった。


 ぎゅっと胸元を抑えると何かに耐えるように荒い呼吸を繰り返した。涼しげな顔には苦悶の表情が浮かび、珠のような汗が吹きだす。



 「俺は、まだ、死ぬ、わけには、」

 


 青年は苦しそうに息をすると、もう自分の体を支える力もないのか、どしゃりとリジーの上に崩れ落ちた。思わず伸ばした手が彼の胸元をグッと押したが、手のひらに感じたのはぬるりとした不快な感触だった。慌てて彼の下敷きになった手を引き抜くと、そこにはべったりと血が付いていた。


「あ、あなた、怪我をしているの?」


「ちょっと、大丈夫、なの?ねぇ。」



 すっかり気を失ってしまった青年を覗き込むとあまりにも肌が青白い。おっかなびっくり触れた頬は、ぞっとするほどに冷たかった。これは彼が負っているこの怪我のせいなのか、それとも寒さのせいなのか。


 あまりの出来事の連続にリジーはぶるりと身震いした。寒いからなのか、この異常事態に対する怯えなのか、もうリジーにはわからなかった。



 ついさっき見上げていた空から、今にも雪が降りだしそうな、そんな寒さだった。







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