第4話 「水音」
「はっ!?」
知らない天井、嗅いだことのない匂い。
窓から差し込む光と、机の上に散らばる本。
木造りのベッドから起き上がり、辺りを確認した。
「ここ‥‥どこ?」
夢、などではなかった。
目を擦っても、私の居た部屋、謎の空間ではなく、知らない部屋に居た。
1人で使うには広いと思える間取り、床に散らばる本に紙。
「現実‥‥」
口にして気付いた。
自分の声の違和感に。
ベッドから出て立ち上がり、身体を確認した。
「私‥‥ちっさくない‥‥?」
手を見てみる、普段から小さいと思ってはいたが、それ以前よりも小さい。
鏡はないかと辺りを見回すが、どこにもなかった。
自分の姿かたちが何らかの変化をしていることは感覚からしてわかってはいるが、確認せざる終えなかった。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
全速力で、部屋を出た。
「出口は‥‥!?」
扉を蹴破らんばかりの勢いで開け、外へと出る。
少しばかりあの部屋から出たところに、川があったのだ。
「‥‥嘘‥‥でしょ」
身体ごと川に入り、自分を”見た”
そこに居たのは、慣れ親しんだ自分の顔はなかった。
どこにも‥‥小林 唯の姿はなかった。
「誰‥‥?」
モデルような高い鼻、シャープな輪郭、切れ長の目。
川の流れで上手く認識はできないが、日本人だった私の面影などどこにもなかった。
「現実なの‥‥? 夢なんかじゃなくて‥‥?」
顔を触ってみて、肌の感触がある。
身体は川の水に濡れて、冷たい感覚がある。
太ももをつねってみても、痛かった。
「本当‥‥なんだ。私、死んじゃうくらいなら転移するって言って‥‥本当にしちゃったんだ。」
口に出してしまえばもう否定のしようがなかった。
私だった物は何処にもなくて、別人となって今この地上に居る。
受け入れるしかなかった。
そう思うと、涙が出て来た。
「私‥‥死んじゃったんだ‥‥」
厳密に言えば違うかもしれないが、逃れようがないと言われてた。
あの得体の知れない人物の言葉は本当のことで、実際に私の身に形となって表れている。
深く絶望はしなかったが、ショックが大きかった。
これから高校生という晴れやかな始まりが待っていたのに。
「‥‥木がたくさん‥‥ここは‥‥森なのかな。」
涙の止まらない目で、辺りを見回す。
木々は見た事もない色と形をしていた。
ハロウィンのイラストのような可笑しな木をしていたり、一見すれば不気味な形のものもある。
”不気味な森”この表現以外が湧いて出てこなかった。
「切羽詰まっててわからなかったけど‥‥草も岩も、土も変だ。」
何もかもが私の日常だったものとはかけ離れてた。
岩なんて山に行かなければ見なかった、雑草程度なら見かけることはあっても、赤だったり青だったり毒々しい色なんてしてなかったはずだ。
土の色も見た事がなかった、真っ黒なのだから。
「あら‥‥起きたのね。」
「‥‥!?」
途方に暮れていた。
これからどうしようなどと考えられなかった。
川の水の冷たさと、水だけが何も変わらない事を除いて、私を取り囲む環境は激変した。
そんな時だった、女性と思わしき人物に声をかけられたのだ。
「水浴びをしてたの? 服を着たままなんて変わった習慣を持ってるのね」
すぐには振り返られなかった、出来なかった。
私は今、泣いているから。
「そこに居ると風邪を引いてしまうわよ。」
なんとか返事をしようと、声を出そうとしても、出せなかった。
少しでも言葉を出せば、バレてしまう。
四つん這いになって、動ける事だけはアピールしておく。
「‥‥言葉が喋れないの?」
首を振って、違う事を意思表示する。
「‥‥傍に行っていいかしら?」
足音が近づいてくる。
チャプッ、チャプッ、川の中にいる私に近寄ってくる音。
私のすぐ後ろでその音は止まり、水の流れる音だけが耳の中に入ってくるのだ。
「何か、あったの?」
声の人物は、優しく私に問いかけて来る。
何があったか、すぐに説明できるようなものじゃなかった。
その時、事故の瞬間がフラッシュバックし、身体が震える。
自分の身体を抱きしめて、必死に振り払おうとした。
「そう‥‥怖い思いをしたのね。」
チャプッ、水音が聞こえたと思えば、私は抱きしめられていた。
「もう、大丈夫よ。」
背中から伝わる温もりと、優しい言葉は、塞き止められていた涙の蓋を開けてしまった。