三話
「デイヴィッド。」
父様の低い声が廊下に響く。その声音からなにかを感じ取ったのか、姉様は僕から咄嗟に離れ、もうあの妙な声は聞こえなくなった。
「はい。」
「寝ていろ。」
父様は、そう言ってから、すたすたと執務室の方向へ歩いていってしまう。
あまり僕に関わろうとしない父様が、僕に「寝ていろ。」と言った。邪魔になるから歩き回るな、と言う意味だろう。先程も部屋から出たことを訝しがられたし。
僕は逆らう気なんてさらさらないので、部屋に戻ろうとする。姉様は、そんな僕の姿を見ながら、言った。
「デイヴィッド。今日はベッドから出ては駄目よ。」
外出禁止令ならぬ、ベッド出禁止令。
「わかりました、姉様。」
大人しく従う。
ベッドに寝転んで、今日の様々な不思議を思い起こす。
早起きして、ベゴニアの花を見に行って、頭を打って、目覚めたら部屋にいた。喉が渇いていて、水を貰おうと思って呼び止めたアンには無視され、自分で厨房に行った。帰ってきたら、人だかりがあって、姉様に抱きつかれ、変な声が聞こえた。
あの声は、なんだったんだろう?
絶対に姉様のものでは無い。では、誰が喋っていたんだ?
他の人は変な声が聞こえた様子もなかったし。
そう言えば、その声が『一週間も起きないし!』とか言ってたなぁ。まさか、まさか。
僕は、今朝頭を打ったんだ。
ふと、カレンダーを見る。メイドが、一日が終わると×を付けてくれている。
そうそう。今日は……?
一週間、経ってる?
落ち着け、落ち着け。
もう一度。
嗚呼、やっぱり一週間経ってる。
一週間も寝たきりの王子が起き上がって勝手に歩き回ってたら、確かにみんな驚くよね。
人だかりもできる。
死んだと思っていても、しょうがない。
嫌ってた僕が普通に生きてて、みんな残念がったのかもしれない。
自分で考えていて、なんだか悲しくなってくる。
よし、寝よう。