第8話 鐘が鳴った日
今回から新章ですが、こっから見てもスムーズに入れたらいいなぁと思っております。
気軽に読んでみて下さいね
「この世界には慣れてきましたか?」
木陰で休んでいるとアリシアが顔を声を掛けて来ると同時に隣に座り込む。
「あぁ、まだ知識が足りてないけど当面を生きる分には……ね」
「それならよかった。そうだ、新しい本を仕入れておきましたからお貸ししますね?」
そう言うと辞典のような厚さの本をシオンに渡してくる。それを受け取ればずっしりとした重さ感じ受け取った手が重量に負けて下に下がる程だ。
「もう届いたのか!?それは助かる、しっかしここに来てから助けられっぱなしだよ」
「"ちょっとだけ早く届けて欲しい"とお願いすればすぐでした。でも私達教会の関係者も物が早く届けば、結果的に助かっていますのでお互い様ですよ?」
「……運んだ人にお礼を言っておいてくれ」
苦笑しながら肩を竦めて木にもたれ掛かり、身体を休める。今日は昼過ぎにはやるべき仕事が終わったためもうやることがないのだ。本が来るまで暇だしゆっくりしてようと思ったのだが、本が来たのなら読もうかとも思っていたのだが眠たげに目を擦る。慣れない体力仕事が続いていた為に少し肉体的に疲れていたのかもしれない。
「眠たいのならお昼寝するのもいいかもですよ?皆さんよく働いてくれるから助かるって言ってましたし、お休みもらったのならのんびりしてしまいましょう?」
「そうは言ってもなぁ、シスターは起きてるんだろ?俺が寝るの、は……あふ」
欠伸しながら答えてると説得力の欠片もないが、寝るわけにはいかないと眠そうな目で相手に訴えるのだが相手にされない。
「はいはい、教会までご案内しますから。ね?お昼寝とは言いませんから休みましょう?」
アリシアはシオンの手を取って歩き始める、普段なら気恥ずかしくて「一人で歩ける」と返す所だが今は眠気でそんな事を考える余裕もなく連れられるままにヨロヨロとついていく。
そうして教会の中に入れば直射日光を受けないのもあってひんやりと涼しく、ボーッとしながら連れて行かれるままに着いていき、気が付けば礼拝堂の脇にある椅子に横になっていた。何か身体に掛けられた感覚と、眠りに落ちる前に見たのは嬉しそうな顔をしながら微笑んでいたアリシアの顔だった。
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「ん……んん?あれ、外暗い?」
薄く目を開ければ礼拝堂の中は暗く、中に魔力を燃料とする核を入れた壁掛けランプが灯されており荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「すっげぇ綺麗だ……」
月並みな言葉しか出て来ず自分の単語力の無さを恨みつつも、身体に掛けられていたタオルケットのような物を椅子の脇に寄せて身体を起こす。窓から差し込んでいた太陽の光は姿を消し、その向こうは暗く星が見える程透き通った夜の世界へと変わっていた。
「いてて、椅子で寝ると身体がバッキバキだ。しっかし完全に夜だなこれは、一帯何時間寝てたんだ」
身体を起こしつつ凝り固まった筋肉を解すようにストレッチをしていると見覚えのある顔だが
「あ、起きられましたかシオンさん。おはよう御座います……と言っても、もう夜ですけどね」
窓の外を指差しながらクスクスと笑う。それが恥ずかしかったのか話題を変えようとしてシオンは話を振る。
「ほんと良く寝れたよ、ありがとう。それで今何時だい?」
「大体11時ぐらいじゃないでしょうか」
アリシアは指を折りながら数える、それを聞いてシオンは驚いた様子で質問を続けた。
「え!?11時!?そんなに寝てたの!?」
「はい、余程疲れが溜まってたのだと思いますよ?それもありましたし、よく寝ておられたので起こさなかったのですけど……起こした方がよろしくかったでしょうか」
一瞬しょんぼりとした顔をしたのに気が付き慌てて弁解する。
「いやそんな事は無いよ。逆にこっちが長い間教会にいて申し訳なく思っただけだからさ?それにタオルケット、いやこっちの世界だとシーツか。掛けてくれたからよく寝れたって事だしね」
弁解しながら不思議に思う。まるで世界が違うのに時間の概念だけは同じなんだなぁと、これはこの世界に来て一番不思議であったし一番助かることでもあった。時間の概念が同じなのは意思の疎通が取りやすいからである、主に仕事始めの時間と仕事終わりの時間が分かりやすいからだ。
「それならよかったです。あ、ちょっと待ってて下さいね?」
それだけ言い残してパタパタと小走りで礼拝堂から執務室へ繋がる扉の奥に消えていくアリシア。
暫くしてアリシアが戻って来るとその手にはトレーの上にパンとスープの入った器が乗っていて、スープが溢れないようにゆっくりと歩いて近付きてくれば礼拝堂の椅子に置いて
「机が無いので椅子で申し訳ないのですが、夜ご飯です。よかったら食べて下さい」
「わざわざ晩飯まで、悪いなぁ。ありがたく頂くとするよ」
どうぞ、と勧められれば食べない選択肢など無く二つ返事で頷くとパンを手に取って食べ始めれば、一口目を食べた所で余程美味しかったのか目を輝かせながらモグモグと相手に味の感想を伝える事も忘れて無心で食べ続け気が付けばスープまで飲み終わっていた。
「ふぅ~、ご馳走様。美味しかったよ、ありがとうね」
一気に食べ終えて満足そうにそう告げると、どこか嬉しそうな顔をしたアリシアが言葉を掛けようとしては躊躇って言い留まってを繰り返しており、首を傾げていれば恐る恐ると言ったような様子で話しかけてきた。
「その……美味しそうに食べられてたので言いそびれたのですが、あの、それパンとスープは私が作ったのですけれど、お口に合ったかな……と」
俯きながら、恥ずかしそうにボソボソと此方を伺うようにアリシアが聞いてくる。それを聞いて食べきった食器と相手の顔を2回程交互に見て言葉の意味合いを理解して、シオンの方も恥ずかしさで答えにくくなったのか幾分先程よりも声が小さいものの
「美味しかった、です」
とだけ答えて何とも言えない無言の時間が過ぎていた、その時だった。
―――ゴーン、ゴーン
鐘の音がする。それも教会にあるやつとは違う音だ。しかもこんな夜中に、起きてる人の方が少ないこんな夜遅くにだ。一度や二度じゃない、慣らし間違えなんかではなく意図的に何度も慣らしている。
「なぁ、アリシアこの音は何だ?俺がここの村に来てからこんな時間に鐘の音なんてした事……が?」
そこまで言いかけた時に気が付いた。アリシアの顔が強張っている事に、そして少し震えている事に。
「シスターアリシア!」
バァン、と扉を激しく開け放つと共に村にいる全てのシスターが礼拝堂に走って集まって来ていた。皆の表情はどこか固く緊張していて、それはアリシアの表情のそれと同じであった。それでも自分に言い聞かせるようにアリシアは指示を出し始める。
「皆さん怪我人を運び込む準備を。医療器具と薬をあるだけ用意して下さい、それと診療台の準備も。大至急です」
「「「はい!」」」
十人程のシスターが慌ただしく教会内を走って治療用の道具の準備を始める。そして訪問者は立て続けに来る。
「聖職者様!」
今度は教会の正面扉が開かれ、鎧を着た男が走ってくる。
「貴方は駐屯兵の、現状は?」
「北門より魔物の侵攻を確認、住民の避難を進めているところです」
「魔獣の規模はどれぐらいです?」
「ハッ、この闇の中目視出来る範囲ではありますが……20は超えているかと」
「20……も、ですか」
苦虫を噛み潰したような顔をアリシアが見せる。
「分かりました。住民の避難を最優先に、偵察は時計塔の監視を続けさせて随時報告をするようにして下さい。避難が終わり次第、駐屯兵と村人で迎え撃ちます」
「了解しました、隊長に伝えます」
「報告感謝します。行って下さい」
「ハッ!」
駐屯兵の男は一礼して入ってきた扉を走り抜けていった。そこでやっと先程の質問が帰って来た。
「返事が遅くなってすみません。しかし非常事態ですからシオンさん、よく聞いて下さい。あの鐘が鳴ったと言う事は……」
「言うことは?」
「―――魔物が来た、と言う事です」
魔物、魔物は澱んだ魔力を媒介して具現化した生態系に反した物。本で読んだ知識しかないが、奴らはウルフ等の獣種とは比べ物にならないぐらい強いらしい。
「女と子供を避難させろ!」
「男衆は武器を集めて!」
「駐屯兵に連絡は!?」
「もうやってる!指示は彼らが出すはずだ!」
「おかーさーん!!」
子供の鳴き声、悲鳴、怒号、昨日までの平和な日常はもうそこには無かった。