第6話 安息の地に辿り着いた男
面白い。
実に面白い。
まるで話が噛み合わないが、お互いの知識をすり合わせながら認識を共通のものにしていく。
そんな夜。
――――――
「ビル?なんだそれは?」
「はぁ?魔法ってファンタジーな物語だけじゃないのかよ、実際に使えるって?」
「車って言う鉄の箱が馬より速く走るんですか!?」
「馬使ってんの!?」
「道が全部舗装されてるのか!?」
「そんなバカな!」
「いったいどれぐらいの民を動員すればそんな事が出来るのですか?」
「機械ってのが勝手に物を作ってくれるって?なんじゃそりゃ」
「剣と魔法で戦う!?やっぱり本の世界じゃないか!」
「そんなの一般的では?」
「魔法と魔術って同じじゃないのか」
「違います!」
「加護ってなんだ?」
「神様から分け与えられたものです」
「え、そんなに中世ファンタジーみたいな世界の話ししてくるのに下水はしっかりしてるの……」
「衛生に関わるじゃないですか」
「理解は出来るが俺からすれば大昔の世界を舞台にした物語の中にいる、って感じだ」
「私達からすれば魔法より凄い遠い未来の世界みたいで憧れます。まるでおとぎ話のよう」
そんな話が長らく続き、夜が更けきった頃唐突に声をかけられた
「そう言えばな、坊主」
そう切り出してきたのはスキンヘッドの男だ
「もう飯も食って何時間も話し込んじゃいるが、本当に今更なんだがな……名前聞いてなかったな」
「た、確かに。確かにこんなに話しててシスターにはシスター、俺を担ぎ上げて来たアンタはアンタって言ってたな」
今思い返せば変な話だ、お互いの名前を知りもしないのにもう何時間も話し込んでいる。それでも俺の住んでいた世界とここの世界の常識が違いすぎてすっかり名前を聞き忘れてた。
「そうですね……では私から。私はアリシア、皆からはシスターと呼ばれています。王都の教会から、実地試験の一環としてこの村に聖職者として赴任してきました。よろしくお願いしますね?」
薄い桃色の髪の少女はそう言って微笑む。それに続いてスキンヘッドの男が続けて自己紹介する
「俺はバリー、この村で肉屋をやってる。肉屋と言ってもここの村は農産と畜産で成り立ってる人の少ない村だ、だが貴重な食料を無駄なく使うためにいつの間にか食肉加工の専門家になっちまったって感じだな」
儲けは少ないけどな、と肩を竦めながら続けて此方に自己紹介を促すように"どうぞ"とジェスチャーで伝えてくる。
「俺、俺の名前……名前?」
いざ自分の名前を言おうとして、固まる。眉を顰めて固まる少年を見て2人は首を傾げていた。
「都合が悪ければ無理に言わなくてもいいのですよ?」
そうアリシアと名乗った少女は気遣ってくれるが、そうじゃないんだ。そう言うことじゃない。
「いや、俺の名前……思い出せない」
自分でも理解できない、何故自分の名前が分からないのか。どうして今までそれに気が付かなかったのか。そもそも俺は……誰だ。
本当に困っている少年を前にアリシアとバリーは顔を見合わせる
「何か断片的にでもいいので覚えてることとかありませんか?」
「坊主、ほら、あれだ。何かこう単語でもいいからよ」
2人の気遣いに感謝しながらも思い出せない。しかし不意に、それでも自然に単語が出てきた。
「……シオン」
必死に考え、思い出し、今ある記憶を辿った先に出て来た単語だった。
「シオンさん、ですか?」
心配そうに顔を覗き込んでくるアリシア、それに対して小さく頷く。
「でも本当にこれが俺の名前かは分からない……」
不安げに呟くシオンに対し、バリーは元気付けるように肩を叩きながら声をかける
「なぁに、分からないなら今日から坊主はシオンって名乗ればいいじゃねぇか。なぁ?シスターさんよ」
「……はい!そうですよ、分からなくっても今日から貴方はシオンさんです。記憶が戻るように私も王都の方に連絡を取ってお手伝いもしますから、ね?」
2人に励まされるように俺は頷き、答える。
「あぁ、俺はシオン。シオンだ。二人共ありがとう……これからよろしくお願いするよ」
今までの緊張の糸が少しずつ解けて行き、表情を緩ませ笑う。
「よ~し、それじゃ明日は村を案内してやるよ。新しい村の仲間としてな」
「いいですね、私も時間が空いたらお手伝いします」
バリーは親指を此方に立てて笑い、アリシアも微笑む。
「そうだ、な。じゃあ明日よろしく……たの、む」
そんな温かい空間に完全に緊張の糸が切れてしまい、疲労と眠気に耐えきれずそのまま床に倒れ込んだ。倒れた衝撃を薄れゆく意識の中で感じ、慌てて近寄ってくる2人を見ながら意識は暗転した。
――――――
気が付いたら朝だった。
起きたらベッドの縁にうつ伏せになっている桃色の髪の人が寝ていた。
その姿を少し見て……。
寝直した。