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樹界民話  作者: 海月人
再びの芽生え
3/3

「初めての『樹界』」

「...っがはぁ!?」


身体中を鋭い衝撃が貫き、

肺が握りつぶされたかのような感覚に陥る。

この感覚は知っている、

背中から地面に叩きつけられた時の感覚だ。


子どもの頃、ジャングルジムで足を滑らせて

背中から落下したことがあった、

これは丁度その感覚に似ている。


だが、なぜ俺がその感覚を味わっているかだ。

俺は自殺に成功したはず...

確かめる様に首に触れると、

しっかりと火傷のような痛みを返してきた。

さっきまで縄が食い込んでいた証だ、

そうだ縄、縄はどこに行ったんだ?


痛みは依然として引かないが、

何とかして身体を起こす。

頭が覚めるにつれて、

霧が晴れるかのように視界が澄んできた。

さっきまでは気づかなかったが

ここはかなり森深くのようだった。

縄をかけた場所とは違う気もするが...!っ!?


ぼーっとしながら踏み出した足を取られた。

これは...沢だ。

山奥だからだろう、透明度が高く冷たい。

このまま足をつけていると感覚が無くなってしまいそうだ。

しかし、命を断つ緊張といい、さっきの痛みといい

すっかり喉が渇いてしまった。

丁度いい、少し水を拝借するとしようか。


沢の水で顔も洗い、一気に意識が醒めた。

そして俺はあることに気づいた、

俺が首を吊った場所に着くまで

ただ一つとして沢を見ていない事だ。


沢、といってもこれは小川くらいの規模は有る。

その気になれば魚だって泳いでいそうな、

そのくらいの規模だ。

通っていれば当然のように気づくだろう。

てか、気づかないと先に行けないぞ、これ

相当広い範囲を流れてるからな。


やっぱりここは、さっきまでいた場所じゃない...


そんな所まで思考を巡らせると、途端に吹き出しそうになった。

こんなこと、自分で考えていても理解できない、

ありえないだろ、

森で死んだと思っていたら違う森に来てました〜なんて、

俺はおとぎ話のヒロインかなにかか。


とは言え、俺に起こった事実は「それ」とそう大差なかった。

俺はなにか安心を求めようと、

考えもなく川の上流へ歩を進めた。


「ガサッ」


しばらく歩いた所で、少し上流の方から

葉擦れの音が聞こえてきた。


「ガサガサッ」


環境音などではない、

何かが動くのに伴って鳴っている音だ。

人か...?

淡い期待のようなものが胸に押し寄せる。

だがこんな森深くに来るような人間は

大抵俺と同じことを考え、やって来ているだろう。

死なれてはまずい。使命感のようなものを感じて

上流へ向う足を早める。


しかし、音に近づくにつれて気づいてしまった。

この音の主はおそらく人では無い、

もっと巨大な何かだ。

静観できる場所はあるか…?

幸い沢は谷のようになっており、

人一人なら余裕を持って隠れられるような

ちょっとした洞窟のようなくぼみもあった。


しかし、

俺は音の主を一目見てみたいという衝動に駆られた。

もしかしたらここがどこかの

ヒントくらいにはなるかもしれない。

遠目で見て走って隠れれば大丈夫だろう。

なんだろう、自分に妙な自信が湧いてきた。


体をつま先立ちで支える。

枝が折れる音や落ち葉が砕ける音に、

神経をすり減らしながらも、確実に歩を進める。

音の主までもう少しだ、慎重に身を隠しながら進む。



何というか...少し近づきすぎたようだ。

木一本を挟んで背後から音が聞こえる。


と言うのも遠くから様子を伺って見たものの

うまく木に隠れていて何も見えなかったのだ。

人間の好奇心とは恐ろしい。


ともかく、だ、

ここまで来たのだから音の正体はつきとめておきたい。

俺だって、俺だって知的好奇心には負けちゃうんだ!


その場で回転して、幹に顔を向ける。

そしてそれを壁代わりに少しずつ顔を出していく。

少しずつ、少しずつだ。


「ガサガサッ」


近づくにつれて音は迫力を増してきた

というかこの音上の方からも聞こえるな、

もしかして鳥か?

鳥と何かでかい生物が一本の木で仲良くランデブーか?

と、そんなファンタジーチックなことを考えている場合では無い。

見るだけ見たら早急にに逃げないと命の危険が迫っているのだ。


「よしっ!」


空気に溶け込むような小さな声で覚悟を決める。

壁からもう少し体を出せば道が開けるだろう、

お見合いのようなものだ。


少しずつ顔を出していく、

音は、木から少しずつ離れていっているようだった。

今なら行ける!

覚悟を決めてもう一歩踏み出す。


「パキッ!」


静まり切った空気には十分すぎるほどの軽快な音が響いた。


まずい!、枝を踏んじまった


もういい、こうなったらダッシュで逃げ切ってやる。

足はあまり速い方ではないが鬼ごっこには自信があるのだ。




その瞬間、俺は「それ」と目が合ってしまった。

結果から言うと、それは「木」だった。


幹を自由に動かし、

目のように緑色の宝石が彩り、

そして大きく口にしか見えない空洞を開き、

顔のようなものを形成している。


「木」だ。


こいつはやばい...

五感全てが訴えてくる。


胴回りは俺と似たようなものだ、

背は3mくらいだろうか、

大きさは俺とそう大差ない。はず


だが、俺はすでに気圧されてしまっていた。


何とかこの場から逃げ出したいが

翡翠色の眼の奥の闇が、

俺を掴んで離そうとしない


もう気づかれているだろうが、

きっと無駄ではないはずだ

そう考え後ずさりを始める。

野生動物はこの方法をとると、目の前の生物を

敵とみなさなくなり安全に逃げられると聞いたことがあった。

それがこの化け物に効果があるかは分からないが、

1/100の可能性にもかけたくなるような

緊迫感がすでにこの空間を支配していた。


そんなことを考えてるうちに少し距離が空いた。

どうやら上手くいっているようだ...

心の中でガッツポーズをする。

「木」は今は俺に背を向けていた、

興味を失くした証だ。


よしっ!今だ!!


距離も取ることが出来たので、

全力疾走できる姿勢に切り替えることにした

早くこの緊迫感から抜け出したいのだ。

それに背を向け沢に向かって走る、

地面の凹凸になど気をかけている余裕は無かった。



その瞬間、俺の真横を何かが通り過ぎた。

空中に浮いている何かがだ。

それに気づいた数秒後、

俺の斜め前の木に、大穴が空いていた。


思わず後ろを振り向く、振り向いてしまう。


そこには翡翠の双眼を此方に向け、

触手のようにその枝を伸ばした「木」の姿があった。

そしてその枝は俺の真横の木にしっかりと突き刺さっていた。

見るとそいつは深く刺さったであろう枝を抜こうともがいている様子だった。

とにかく、今は逃げることだ。

頭より先に足が出る。

なんでだろう、さっきまで死にたがっていたが

ここでこいつに殺されるのは違うと感じた、

恐怖を感じながら死んでいくなんてまっぴらごめんだ。


そしてさっきの枝先を通過しようという時、

俺は腹に圧迫感を感じた。

急に感じた衝撃に戸惑いながらも俺の反応は早かったと思う。

木と木の間の蔦にでも引っかかったと思いすぐに腹に手をやった、



そこには枝が絡みついていた、

次に浮遊感が襲う。

足掻いてみるも、

機械のような無機質な剛力に抵抗するすべはなかった。

そうしてるうちに、俺はまた「それ」の眼前に帰ってきていた。


「それ」はその翡翠に俺の姿を映すと、別の枝を俺に向けた。

まるで刃物を突きつけるかのような威圧感を孕みながら

ゆっくりと近づいてくる。

抵抗するすべはない。かと言って覚悟を決めろというのも

無理な話だ、わからないことが多すぎる。


だが、これから起こることくらいはなんとなく察しがつく。

俺は貫かれるのだろう、あの枝に。


枝の先がブレる。

せめて、痛くない場所に、

そんな下手れたことを思いながら瞼を閉じる。


「ヴォォアァァァ!!」


唐竹割り。そう表現するのがいいのだろう。

唐突に締めつけが解け尻餅をつく俺の前には

綺麗に縦に割れた「それ」の姿があった。



そして俺は、その奥に人影を見た。


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