マオーワーク 〜勇者に負けたので職を探してます〜
なんてことはない、普通の喫茶店。
それなりの人気を誇り、街の中心に近いという好条件な立地のおかげで、様々な人間がアクセスできるようになっている。
昼下がり。
常に安定した人数の客が入る喫茶店の中に、その穏やかな雰囲気を壊しかねない音が響いた。
「……すまぬ」
発信源はウェイターの男。
持っていたケーキの乗っていた皿を、落として割ってしまっていたのだ。
「あー! お客様方もうしわけありません! すぐに片付けますんで!」
カウンターの奥からあごひげの似合う男が現れ、ウェイターとともに割れた皿を片付ける。
「む……」
その途中で、ウェイターの手が切れて血が滲み始めた。
それを見た男が、深いため息をついてウェイターを下がらせる。
「ここは俺がやっとくから、お前は中で皿洗いをしててくれ。もう割るんじゃないぞ」
「う、うむ……」
ウェイターは目を伏せ、自分の拾った破片だけを持って、カウンターの方に歩いて行った。
♦︎♦︎♦︎
「君さー、もうちょっとテキパキ動けないの?」
「すまぬ……」
営業が終了し、片付けるも終わった後、男とウェイターは向かい合って話をしていた。
内容は、彼が客の前で盛大に皿を割ってしまったことである。
「元魔王かなんかは知らないけど、この店は雰囲気命なんだわ、分かるか? 耳障りな皿の割れる音なんて誰も聞きに来てないんだよ。分かるか?」
「うむ……」
ウェイターは項垂れ、暗い声で返事をする。
「そういうとこもだ。俺、店長。君は一番下っ端のアルバイト。なのになんだ? その「うむ」って。言葉使いがなってないよな?」
「す、すまぬ!」
「それもだ、「すまぬ」ってなんだ? 王様かなんかか?」
「一応我は魔王––––––」
「今はアルバイトだろうがぁ!」
叫び声とともに、コップの水を思いっきりかけられる。
水浸しになったウェイターの男は、唖然とした表情で店長を見ていた。
「ここは魔王城でもなんでもねぇ。王はお前じゃなくて俺だ。だから使えないアルバイトなんていつでも切り捨てられる。もうお前、明日から来んな」
「……了承した」
男は荷物を持ち、ウェイターの服を脱いで渡し、静かに店を出て行った。
「……また無職になってしまった」
その男、サタンは、暗い夜道でため息をついた。
かつて世界を恐怖のドン底に陥れようとしていた男の面影は、もはやその整った容姿にしかない。
彼の父も、また魔王であった。
しかし世界を支配しようとしていたところを、人間の勇者によって止められ、その力を失ってしまう。
その息子であったサタンは、本来勝ち組ルートを歩むはずだったが、世界の支配とともにそれも勇者に止められ、路頭に迷うはめになった。
しかし、頑なに働きたくなかった彼は、自らが魔王になることで、なんとか労働を回避することに成功する。
部下に適当に指示を出すだけで、楽な生活ができることに味をしめていたころ、再び勇者の手によって幸せが壊され、彼は魔王としての力を封印されてしまった。
今となっては、力も使えず、部下も散り散りになり、明日の食事すらままならない。
「明日もまた、仕事を探さねば……」
薄っぺらい財布の中身を見て、彼は項垂れる。
務めること29回、そのうちクビになったのは28回、1回は店の倒産。
原因は、魔王サタンだったころの変えられぬ口調と、天性の不器用さ。
サタンは明日、記念すべき30回目の就職に挑む。