北川亮太
俺の声を聞いて、太った男は少しばかり驚いたような表情を見せたが、すぐに口角を上げ、こちらに笑顔を向けた。
「はい、なんでしょう?」
「私、暁月陽平と申します。用件を担当直入に言いますと、寿命を売っていただけないかと」
「私は北川亮太と言います。なるほど、寿命が欲しいと言うわけですね、いくらでお考えでしょう」
ここまでの交渉は非常にスムーズに進んだ。
「3年を3万円で」
この金額を聞いてすぐに彼は先ほど以上に目を見開いた。
「3年を3万円.......ですか?」
「その通りです。私としてはかなり高めの値段設定にしたつもりです」
1番最初の取り引きでも1年間を8500円だった。それも、最初の提示額は1万円。冷静に数字だけを眺めるタイプなら、悪い話とは思わないだろう。
「値段としてはかなり良心的な設定だと思います。しかし、3年...となると死亡のリスクが多少なりついてくるのもまた事実。年数を少なくしての交渉をお願いしたいのですが。」
「そうですか。私としては、1年を6000円で考えています」
これで3万円への選択の誘導を狙う。1年を6000円はこれまでのやり取りから見ると、かなり損な話に見えるはずだ。
「間をとって、2年を1万8000円でどうでしょうか?」
「お断りします。1年か3年でのみのお話とさせていただきます。」
「それは少し横柄な要求ではないですか?あなたの要求を聞いてあげている立場ですよ、こっちは」
北川は俺の言葉を聞いて少し苛立ったように返答した。
「そうですね、しかし私も交渉にあたって譲れない部分があります。私はより多くの寿命を求めていますが、あなたにとって売る寿命を3年から2年にするのにどんなメリットがあるのでしょう?」
自分でも驚くほど後をついて言葉が出てくる。いざとなれば人間やれるものだな、と、状況に似合わないことを考える。
「メリットというよりは、リスクを考慮してのことです。2年失うよりも3年失う方が即死の確率は高くなるでしょう?」
「そのリスクは2年から3年にするだけでそれほどの差は無いはずです。すでに還暦を迎えたならまだしも、まだそんな年齢ではないでしょう。得られるメリットと考慮して、本当に気にすべきリスクでしょうか?」
2択に絞ることによって、さらに3年の交渉に引き込む狙い。俺がこんなにも畳み掛けられるとは思っていなかった。男は黙って考え始めた。
...............
「ふむ、わかりました。3年で3万円で手を打ちましょう」
「ありがとうございます。」
俺は体の芯から湧き上がってくるような達成感に包まれた。狙い通りに交渉を成立させるというのはこれほど気持ちのいいものか。少しくらい口角が上がっているかもしれない。
本当にベストな交渉ができたのかどうかもまだわからないのに。
二人はT-phoneとT-watchを操作し、交渉は成立した。
寿命プラス4年、所持金1万円。
ひとまず、最初の狙いは達成されつつある。俺は満足気にその場を離れた。