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満月が煌々と大地を照らす、そんな夜。


明るい雰囲気の焚き火周りから少し離れた、静かな場所。光る白い花があちらこちらで咲き誇っている。

倒木のベンチに二つの人影が腰掛けていた。

長めの羽毛を振り、メスの鳥人は飛んでいる虫を眼で追いかけた。

オスの鳥人は少し緊張した様子で彼女を見た。


「…リャピ」

「なぁに、イゾラ」


虫からくりくりとした目を離してリャピはイゾラに目をやった。

何を話すのかは予想がついている。なんたって、今夜は特別な夜なのだから。でも、リャピはわざと素知らぬ顔で話を促す。


「…これ」


差し出されたのは立派な白い尾羽根。もちろん、イゾラの尾羽根の中で一番形も色合いもいいのを選んで抜いたのだ。

差し出す手は緊張で小さく震えている。

鳥人の間で尾羽根を差し出すのは求婚の証。

もしも相手がそれに応えるならば、同じように自分の尾羽根を抜いて交換するのだ。


リャピはわかっていたことだったが、やはり躊躇した。

イゾラのことは好きだ。

一昨年から熱烈にアプローチしてくる一つ年下のオス。

彼だったら浮気もしないだろうし、子育てにも協力的だと思う。番になっても構わない、むしろ番に相応しいと思っている。

だが、それでもこれは一生のことなのだ。

毎年毎年変えるような鳥人もいるが、自分はそんなことはしたくないとリャピは考えている。


もう少し時間が欲しい、とそれとなく来年の今夜を示唆しようとした時、ふと声が聞こえた。


それは歌だった。


かすかに、だがはっきりと聞こえるそれは恋の歌。


鳥人の間では有名な歌。

もちろん、リャピだって歌える。これほどキレイな声ではないが。


不思議と、まるで背を押しているように感じられた。

心の中の不安が小さくなり、明るい未来への希望が膨らむ。


リャピは微笑んだ。


「イゾラ、ちゃんと言ってちょうだい」

「え?」

「はっきり言葉にしてほしいの」


イゾラは期待と喜びを瞳に宿し、相手の目を見つめた。


「リャピ、俺の番になってほしい」

「ええ、イゾラ。私もなりたいわ」


自分の青い尾羽根の中から、一番綺麗な尾羽根を抜いてリャピは白い羽と交換した。

お互いがお互いの羽をクルリと端と端を結んで、首元にお互いの色をかける。


そして、手を取り合って二人の巣に歩き出した。


そんな二人を祝福するように、一層高らかに歌は響いた。







そんな二人を、少し離れた処から見守る一対の目。


二人がいなくなると、その鳥人は歌うのを止めた。

先程からの歌は、この鳥人がイゾラに頼まれて歌っていたものだった。

こうやって頼まれるのは毎年で、今年は七人目だ。ちなみに全員うまくいっている。

なぜか鳥人の恋歌は色々と手助けになるらしかった。


その鳥人には番も恋人もいなかった。

小さい身体に茶色と白と黒が混ざった地味な色。特に特徴もないし、歌がうまい、それだけだ。

彼女は自分自身の結婚は早々に諦めていた。

だって、こんなチビで可愛くない地味な鳥人など誰が好むのだろうか?


もうこれ以上歌の依頼はない。

さっさと帰って寝ようと巣に足を向ける。


今宵は一年に一度の月華祭。

月華とは一年に一度だけ咲く白い六枚の花弁を持つ花で、朝になると枯れてしまう儚い花だ。

月華祭は月華が咲く夜に行われる祭り。いつもは夜は寝ている鳥人だが、この夜だけは月の女神を讃え、飲んで騒いで夜を過ごす。

今宵夫婦になった鳥は幸せになれるという言い伝えが在り、求婚率が異常に高い日でもある。

まぁ、自分には関係のない話だと、彼女はため息をついた。


ぼーっと気を抜いていたため、前方に大柄な影が立ったのに彼女はすぐに気付かなかった。


「おい」


声をかけられ、驚いて足元から目を離す。

低い声。聞いたことのない声。

ちょうど木の影に立っているために彼女の目では相手の姿はよく見えない。

逆に、光の中にいるこちらは相手にはよく見えているだろう。


警戒して一歩下がる。

いつでも逃げれるように構えながら、油断なく相手を見つめた。羽が自然と膨らむ。


「…いっちょまえに威嚇か、チビ」

「誰?」

「お前の名前は?」


答えになってない。というか、質問に質問を返すってどういう了見だ。

だが、なんとなく相手が素直に答えないことを感じ取った彼女は質問を諦めた。相手の質問も無視する。無視されたのだから、問題ないと思ったのだ。


「…チビって言わないで」

「チビだろうが」

「…デカブツが」


鳥人には大まかに分けて大鳥族、中鳥族、小鳥族がいる。

区別の仕方は明確ではないが、彼女は誰が見ても小鳥族だとわかる小ささだった。それは彼女のコンプレックスだった。

だからこそ彼の言葉に怒りを感じ、いつもは大人しい彼女は思わず悪態をついた。

相手はどう見ても大鳥族だ。普段なら喧嘩など売らないが、幸せなカップルばかりを見せられ苛ついてた。

だが、相手は気分を害すどころか楽しげにククッと笑った。


「言うじゃねぇか」

「…ほっといて」

「ますます気に入った」

「はぁ…?」


どう反応していいかわからず曖昧に返事をした。

褒められている、のではないから喜ぶのは違うだろう。でも、けなされているわけでもないから怒るのも間違いな気がするし…。


「…もういい?帰りたい」

「あんなに綺麗な歌を歌うのに、普段の声は違うんだな」


こちらの言葉を無視して紡がれる言葉に思わずため息をついた。

よく言われることだ。普段の声と違う、と。

歌では高らかに響く声だが、普段はぼそぼそと喋るため独り言なんだかよくわからないと言われる。低めの声は成鳥前のオスの雛に間違われる。身体の小ささも影響しているのだが。


だからこそ、続いた言葉は彼女を困惑させた。


「どっちもイイ声してんじゃねぇか。もっと啼かせたくなる」

「…え?」

「あ?なんだよその顔は」

「え、と…からかってる?の?」

「あぁ?褒めてんだろうが。喜べ」

「喜べと言われても…」


喜びよりも疑念や困惑が大きい。

というか、なんでコイツはこんなに偉そうなのだろう。そんな命令口調で素直に喜べるはずがないではないか。


「まぁ、いい。いくぞ」

「…え、どこへ?」

「巣だよ」

「誰の」

「俺らの」

「………はい?」


理解が追いつかない。

俺らの?俺らってつまり私達?なぜ?


「…ああ、忘れてた。その前に付けなきゃな」


ごそごそと何かをしていたかと思うと、相手が近づいてきて光の下に出た。

そこで初めて彼女は相手の姿を見た。

背は彼女より五十センチ以上違いそうだ。見上げていると首が痛くなる。

羽の色は黒に近い紺。濡れたように艶やかに光り、禿げている処も見当たらない。

体躯は引き締まっており、手足の鉤爪も鋭い。メスが放っておかないであろう力に満ちた立派なオスだった。


触れるほど近くまで来られて硬直する。

と、首に何かをかけられた。

理解する前に顔に胸が近づく。

慌てて押しのけようと手を突っ張るが、片腕であっさりと引き寄せられ、尾骨辺りに痛みが走った。


「ピィッ!?」

「…よし、とれた」


満足気な声と共に身体は離れた。その手には…彼女の尾羽根。

止める間もなく輪っかにされて相手の首にかけられる。

自分の首を見て、立派な尾羽根、つまり番の証がかかっていることにやっと気づいた。


「よし、これでいいか」

「何がいいと!?」

「ほら、いくぞ」


ヒョイッと小脇に抱えられ、彼はそのまますたすたと歩き出す。全力で暴れるが、腕の力は緩まない。


「暴れるな。落ちたいのか?」

「離してほしいの!」

「なんだ、本気で落としてほしいのか?」

「落としてほしいんじゃなくて離してほしいんだってば!」

「落とすことと離すことの何が違うんだ」

「…急にやられるのとゆっくりやられるの違い?かな?」


思わず考えこむとククッと笑いが降ってきた。


「まぁ、どちらでもいい。離す気はないからな」

「攫ってどうするの!」


そこではっと彼女は身体を強張らせた。聞いたことがある。同じ鳥人を食べるという狂った鳥人を…。

まさか、この鳥人がそうなのだろうか?

自分を家に持ち帰って頭からむしゃむしゃと食べる気なのだろうか?足からかもしれないが、そこんとこはどうでもいいだろう。


「た、食べる、つもり…?」

「食べる…まぁ、ある意味食べる、な」

「…お、美味しくないよ…」

「…じゃあ、味見するか」


ニヤッと笑って彼が見下ろしてきた。

プルプル震える彼女を見て意地の悪い笑みを浮かべた。

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