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勇者、就活をする

「はい。では、まず自己紹介してもらいましょうか」

石造りの小さな小屋の中に、無機質な男の声が響いた。小屋の中は薄暗く、四本足の木の椅子が二脚あるだけで、あとは何もない。先程の無機質な声の持ち主は、小屋の中にある椅子の一つに腰かけ、手に持った羊皮紙と金属製の下敷き越しに、向かい合う形で同じように椅子に座っている青年を値踏みするように見つめた。

見つめられた青年は、値踏みするような視線を受けながらも臆することなく、大きく息を吸い込むと、威厳すら感じられる口調で自己紹介を始めた。

「初めまして。私の名前はアルオン・クロスライダーです。この度は私のような者のためにわざわざ時間を割いて頂き、ありがとうございます。この仕事に就くのが昔からの私の夢なので、大変光栄」

「あぁ、もういいです。もう結構。私は自己紹介をしてくれと言っただけでおべっかを使えとは一言も言ってないですよ」

「………すみません」

一晩かけて考えてきた渾身の自己紹介を一刀両断されたアルオンは、内心不満たらたらだったが、そんなことはおくびにも出さずに、努めて冷静に言葉を返した。そして目の前に座る男の次の言葉に耳を傾ける。

男は手に持った羊皮紙に視線を落とすと、静かに口を開いた。

「では面接を始めます。何故、貴方は数ある職業、会社の中から我が『跳ね馬運送』を選んだのですか?」

アルオンは答えた。

「はい。先程申し上げかけたように、運送業に就くのが私の昔からの夢だったからです」

アルオンは一呼吸置くと、言葉を続けた。

「何故、数ある中から御社を選んだかというと、御社の『お客様の荷物は親の死体のように大切に運びます』という社訓に感銘を受け、自分もそのような気構えを持った運び屋になりたいと思ったからです」

アルオンは暗記した通りに言えたと、その場でガッツポーズを決めたい衝動に駆られたが、そのようなことをしてはせっかくの完璧な受け答えが無駄になると判断し、顔に微笑を浮かべるだけにした。男は、アルオンの自慢げな笑顔をチラッと見やると、

「ふむ。履歴書に書いてあることと同じ、教科書通りのつまらない理由ですね」

そう言って、再び羊皮紙に視線を落とした。

アルオンは男のその様子を、こわばった笑みを浮かべたまま見つめた。

やばい、いきなり風向きが怪しくなってきたぞ。

動揺したアルオンに畳みかけるように、男は質問を再開した。

 「履歴書の特技の欄に『魔法』と書いてありますが、具体的にはどのような類の魔法が得意なのですか?」

 「はい!私は魔法、特に火炎魔法には絶対の自信があります!恐らく、火炎魔法で私に敵う人間はこの国にはいないでしょう!!」

アルオンは悪い風向きを変えようと、必要以上に力強く言い放った。しかし、目の前の男は羊皮紙に目を落としたまま、感情のこもっていない声でこう言った。

「それは、我が社での活動において役に立つ能力なのですか?」

「それは………」

アルオンは思わず口を閉ざした。言われてみると、運送会社で火炎魔法が役に立つ瞬間など、ある筈がないことに気づいたからだ。

男は、言葉を失ったアルオンに、無機質だが少し苛立ちの混じった言葉を浴びせた。

「あのねぇ、クロスライダーさん。こういう所に書く特技というのは、その会社に入ってから役に立つものを書くのですよ。何ですか火炎魔法って。荷物を燃やすんですか?親の死体のように荷物を大事にするとは言っても、親の死体のように火葬までするわけじゃないんですよ?」

「……すいません」

アルオンは自分が動揺しているのを悟らせまいと、必死に平静を装った。そして、平静を装うことに全力を注ぎながらも、長年の経験からアルオンは直感していた。次の質問で挽回できなければこの面接は終わる、と。

アルオンは男の次の質問に全神経を集中した。そして、

「クロスライダーさんは今までどんなお仕事をなさっていたのですか?履歴書には記入されてませんが、まさか20歳にもなって一度も働いたことがないというわけではないでしょう?」

キタァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!

アルオンは心の中で絶叫した。何故なら、その質問こそ、アルオンが待ちに待った質問だったからだ。アルオンはその質問を相手にさせるために、わざと職歴の欄には何も書かなかったのだ。

アルオンははやる気持ちを抑えながら、ゆっくりと口を開いた。

「いやぁ、いつその質問をしてくれるのだろうと、内心ひやひやしていましたよ」

「はぁ」

突然、先ほどまでとはうって変わって自信に満ちた態度を見せるアルオンに、男は表情の無い顔を向けた。

ふん。その無表情ももうおしまいだぜ。

アルオンは大きく息を吸い込むと、自らの輝かしい職歴を目の前の男に明かした。

「実は私……勇者をやってました」

その瞬間、目の前の男は驚愕に目を見開き、今までの無表情が嘘のように慌てふためき、それをアルオンがどうにか(しず)め、落ち着いたところで男の方から是非我が社に来てほしいと嘆願してくる………と、アルオンは想像していた。

しかし、現実は想像とはあまりにかけ離れていた。

男は無表情を崩すことなく、それどころかアルオンの言葉に反応らしい反応すらしなかった。予想外の沈黙に、アルオンは首を傾げた。

「あのぉ………聞こえてます?」

薄暗い小屋の中で、アルオンの言葉がむなしく反響する。そしてそれが治まると、男は呆れたようにため息をついた。

「クロスライダーさん。私はね、長いこと我が社の面接官をしてきましたが、その間、何人が私に対して自分は勇者だと言い放ったと思いますか?」

「はい?」

アルオンは目の前の男の質問の意図がつかめずに、首を傾げた。男はアルオンが答えられないと見て取ると、答えを発した。

「73人です」

「ななじゅっ!!は?」

その答えに驚愕の表情を浮かべるアルオンに向けて、男は言葉を続けた。

「勇者様が魔王を倒してから今まで、実に73人の方が自分は勇者だと言って面接に来ました。ですがその中に本物は一人としていなかったと断言できます」

貴方も含めてね、と男は相変わらず無表情のままそう付け足す。男の言葉を聞きながら、アルオンは自分のなりすましがそんなにも大量にいることに驚いていた。しかし、驚きながらも、男の最後の言葉に反論する心の余裕はまだ残っていた。

「ちょっと待ってくれ。他の奴は偽物だが俺は違うぞ。俺は紛れもなく勇者、アルオン・クロスライダーだ」

「証拠はあるのですか?」

「証拠、だと?」

アルオンの問いかけに、男は頷いた。

「はい。貴方が本物の勇者だという証拠はあるのですか?」

「証拠も何も、名前見りゃ一発だろうが」

アルオンは苛立ちから、面接に向けて特訓した丁寧な口調がどんどん崩れていくのを感じた。しかし、今更もとの丁寧な口調に戻したところですでに手遅れだと判断し、彼はそのままの口調で言葉を続ける。

「五年前に魔王を討伐した勇者の名前はアルオン・クロスライダー。俺の名前もアルオン・クロスライダー。これ以上の証拠がどこにあるんだよ?」

「言われなくても、五年前に魔王を倒した勇者の名前がアルオン・クロスライダーだなんて、この大陸の人間なら誰でも知っていますよ。ですが」

そこまで言うと、男は左手で履歴書を顔の横に掲げ、右手の人差し指で履歴書の名前の欄を指し示した。

「貴方が履歴書に偽名を書いていないという証拠はあるのですか?」

「そりゃあ……そう言われりゃそうだけどよ。でも」

「とにかく」

そう言ってアルオンの言葉を打ち消すと、男は言葉を続けた。

「この名が偽名でないと証明する手段を貴方が持たない以上、これは所詮、貴方という個人を便宜上区別するための紙面上の記号に過ぎません」

そう言うと男は、まだ何かありますか?というような視線をアルオンに向けた。

こりゃ今回も駄目だな。

アルオンは内心ため息を漏らすと、静かに椅子から立ち上がった。そして、

「今回は縁が無かったということで」

と、本来相手側から言われる言葉を口にすると、精いっぱいの皮肉を込めて目の前の男に一礼した。そして、頭を上げると、そのまま小屋から出ていこうとした。その時、

「あぁ、ちょっと待ってください」

男はアルオンを呼び止めた。そして、アルオンが何事かと振り返ると、相変わらずの無機質な言葉でこう言った。

「これは貴方のためを思って言うことですけど、今後はこういった場で勇者の名を(かた)るのはやめておいた方がいいですよ。どの企業もその手の嘘は簡単に見抜きますし、いたずらに心証を下げることにしかなりません。それに、たとえ貴方が本物の勇者だとしても、別に優遇されるとかそのようなことは有り得ないと思います」

一息、

「今の平和な世の中じゃ、勇者なんて何の役にも立ちませんからね」

「………お気遣いどうも」

男の最後の言葉を聞き、アルオンは目の前の男を得意の火炎魔法で丸焼きにしてやりたい衝動に駆られた。しかし、その衝動を必死に抑え込み、こわばった笑みを浮かべると、再び小屋をあとにしようとした。その時、

「あぁ、ちょっと待ってください」

アルオンはまたもや男に呼び止められた。それを受け、アルオンはうんざりしながらも再び振り返る。

「今度は何ですか?」

「いえ、もう一つ」

男は顔の横で履歴書をパタパタと振ると、

「面接の結果は決まり次第お伝えします」

と、アルオンに告げた。

アルオンはため息をつくと、

「結構です」

そう言って、今度こそ小屋をあとにした。予知魔法の才能などまるでないアルオンにも、さすがに今回の面接の結果はわかっていた。



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