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ログ・ホライズン あるアキバの物語――老人と海

作者: ダイちゃん

ログ・ホライズンの二次創作です。軽い短編集ですのでお気軽に読んでいただけると幸いです。

アキバの街にいる一人の冒険者とおなじみのキャラのちょっとした交わりの物語。


ネタ元としてソムリエとバーテンダーという漫画を参考にしています。

どちらもドラマにもなった作品ですが(ちなみにわたしはドラマは見てませんが)面白い作品でしたので、とっても好きなのです。


短い短編です、よろしくお願いします……



「っ、いらっしゃいませ」

「やぁ」

 

 アキバの夜にひっそりと存在する店


 Ber――parlor――


 そんな店の扉を開いたのは〈RADIOマーケット〉のギルマス、御隠居こと一文字の介である。


 数人の客で静かに賑わう店のカウンターに腰を落ち着けると、手渡されたオシボリを手にすると

「いつものを貰おうか」

「畏まりました」


 御隠居はこの店では常連ではあるが、それはそれに留まる話ではなく

「まさかエルダーテイル(ここ)でお前さんの酒が飲めるとはな」

「僕も、まさか御隠居の前で再びカウンターに立つとは思っていませんでした」

「ふふ」

 静かに笑みを洩らす。

「もう何年になる?」

 懐かしい目をしながらグラスを見詰める。

「もう三年になります。僕がバーコートを脱いでから」

「そうか……懐かしいな」

「えぇ」

 

 アロンと御隠居はリアルでも会ったことがある。

 現実のバーで、そこでは一人のバーテンダーと一人の客としての関係が存在した。

 もっとも、御隠居の中ではアロンはかなり優秀なバーテンダーであり、彼がカウンターを後にしたと知った時には本当に残念に思ったものだ。

 

 ふと思う。

「のぅ、アロン」

「なんでしょう?」

 違う客のグラスを作り終えた頃合を見計らって

「お前さん、怖くはないか……」

「怖い、ですか?」

「…………」

 

 それは恐怖、というよりは不安と言ってもいいだろう。

 

 自分達はこのままここに居るしかないのだろうか?

 元の世界には戻れるのだろうか?

 いつまで続くのか分からない現状に、それを感じずにはいられない。


「わしは、わし等は色々なモノをむこうに置いてきた。置き去りにしてきた。家族、恋人、仕事、友人……色々なものを」

「そうですね……皆、その事を考えない様にしてるだけでしょう」

「お前もか?」

「えぇ」

 少しだけ考えてみると


「仕事もしてました。両親は健在で妹は……はは、そういえば今度逢って欲しい人が居るって言われてましたよ」

「それは大変じゃな、兄としては」

 笑ってグラスに口をつける。

「反対するつもりも無いですけどね。その、建前上は」

「ははは。まぁ妹に先を越されるのは癪じゃろう。ん? そういえばお前は」

 何かを言い出しそうな御隠居を止めると

「あいつの事は言わないでください。どうせ……元気でやってますから」

「ははは。まぁ確かにそうじゃな」

 

 自由奔放で天上天下唯我独尊な彼女の事をしっている彼で有るならば、まぁその反応も納得なものだろう。もっとも本人はおおいに反論することだろうが。


 少しの笑いが、それでも消える。

「じゃがわし等の様になるとな、それでも失いたくないものが確実に失われるものじゃよ」

「? それは?」

「……時間、じゃな」

 グラスを覗き込む様に眺める。

「一体今、現実にはどれ程の時間がたっているのじゃろうか。ほんの一時、もしかしたら何年も」

「……誰にもわかりませんね、それは」

現実(むこう)に戻った時、果たしてわしはまだ息をしているのだろうか……そんな事を考えてしまうとな」

 一気に残りを飲み干すし、コトンとグラスを置く。


「どうしようもなく時間を無駄にしている、そんな気になるのじゃよ」


 疲労感を漂わせ両手をテーブルにつく御隠居に少しだけ視線をはわせ、静かにアロンは彼の前に立つ。

「次は、どうなさいますか?」

「……すまん」

 年長者としての気概が少し戻ってくる。

「任せるよ。お前さんのグラスは美味いからな」

「でしたら」


 少し氷を多めに取り出したアロンは

「そういえば御隠居はご存知ですか?」

「ん? なんじゃクイズか」

 愚痴を吐いた自分の気分を変えてくれようとしている彼に感謝を少し。

「第一次大戦に参加し、アフリカではハンティング。スペインでは闘牛に熱狂した作家で」

「行動する作家」

「っと」

 少しだけ手を止めるが、再び笑みを浮かべて作業を続ける。

「ヘミングウェイ、か。懐かしいな。読んだのはもう随分昔かな」

「そのヘミングウェイが愛したカクテル。それがこちら――」


 シャーベット状の液体が注がれたグラスが差し出される。


「ヘミングウェイ・ダイキリで御座います」

「ほう、これが」


 綺麗な色合いのフローズンカクテルにストローが二本。

「パパダイキリとも呼ばれていますね。もっとも、彼が水筒に入れて持ち歩いていたのは、もう少しアルコールが強めの物だったとも言われていますけれど」

「パパ、か」

 記憶に蘇る知識も有る。

「昼は海で釣りを楽しみ夜はバーで酒を楽しむ。気さくで陽気な彼にキューバの人達が付けた愛称が確か、パパ・ヘミングウェイ、だったかな」

「えぇ」

 

 時間を楽しく有意義に使う元気な老人。今の自分とはまったく逆だと自嘲の笑みが漏れてしまうが

「でも、本当は人生で一番苦しい時期だったそうです」

「……ぇ」

 見上げたアロンは寂しそうな瞳でグラスを磨いていた。


「その間の十年間、ヘミングウェイはまったく書けなくなっていたんです」

「スランプ、か。しかし十年も」

 思わず手元のグラスのカクテルとヘミングウェイが重なって思える。

「ヘミングウェイはもうダメだ。終わった……みんながそう言っていました」

「辛かったじゃろうな」

 冷たいカクテルが喉を通る。おそらく、当時の彼もまた、このカクテルを喉に通し、時を過ごしたのだろうと思うと感慨も深く。

「もっとも苦しかった時期に綺麗な景色と美味い酒が彼と共に時を過ごし、やがて彼は【老人と海】を生み出し【ノーベル文学賞】を取らせる要因になった、か?」

「バーテンダーとしてはそう考えたいところですよね。それに、綺麗な景色と美味い酒でしたらエルダー・テイル(こっちの世界)にも有りますしね」

 アロンの視線は優しいそれになっている。御隠居の視線もまた穏やかに。

「今この時もまた、ただ無駄ではないってことかの」

「それは僕にも分かりません。でも」

 少しおどけた笑みを浮かべるとその表情はすぐに厳しいものに変化する。


「人間は負けるように造られてはいない。人間は殺されるかもしれないけれど…………負けはしない」

「……アロン」

「【老人と海】の一文です。もしかしたらヘミングウェイが十年掛かって見付けたものは、その言葉だったのかもしれませんね」

 再び笑顔に戻るアロンから視線をグラスに変え、目を細める。

「殺されるけど負けない、か」

「…………」


 最後の一口を飲み干すと、彼の目に力が漲っているのが分かる。

 それでいて、とても愛おしそうに、グラスを見詰めた。


「……老人はその影をみとめるや、すぐにそれが鮫である事を知った」

 御隠居の口から静かに言葉が流れる。

 アロンもまた、静かに目を閉じれば

「奴こそは、この海で何一つ恐れるものを持たない」

「今……老人の頭は澄みきっていた。全身に決意が漲っている。が……希望はほとんど持っていなかった」

「良い事ってもんは、長続きしないもんだと彼は思っていた」

「鮫が近付くのを見ながら、太陽の方にちらりと一瞥をくれる」

「……夢だった方がよっぽど……ましだ」

「あいつに、諦めさすなんて出来ない……そうだんだ」

 御隠居の静かに視線を上げ

「けれど……人間は負けるように造られては……いないんだ。と、彼は、声に出して言った」

 アロンの開いた瞼の先で、御隠居の視線と交わる。

「そりゃあ人間は殺されるかも知れない。けれど……負けは、しないんだぞ」


「もう……考えるな、爺さん」

「老人は大声で言った。まっすぐ船を走らせていればいいんだ」


 二人に穏やかな笑みが漏れれば


「「来たら、来た時の……ことさ――」」


 飲み干したグラスを静かに指で送り、御隠居は席を立つと、金貨を置いて背を向ける。

 その指がから離れた時、視線を金貨に向けたまま


「いつか現実(むこう)に戻ったら、もう一度君のグラスを飲ませてくれるか」

「喜んで」

「じゃったら」


 笑顔を見せて背を向ける。


「わしも、まだまだ負けぬさ」    


 ドアを開け、真っ直ぐに歩き出す。


「来たら来た時の――事じゃ」


 

 閉じるドアの隙間に見える小さくて――少しだけ入って来た時よりもピンと伸びた背中に静かに(こうべ)をたれ――アロンは最大の敬意と礼意を込めて、見送るのだった。




「いってらっしゃいませ。お客様」



 

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