コーヒーを、もう一杯
「たぬきの住処」は全国に展開しているコーヒーチェーン店だ。
駅から学校までの道のりにあるため、この高校の生徒は大変よく利用している。
俺もそのうちの一人で、因みに最近のマイブームはここのアイスラテだ。
しかし学生なのでお金がないため行くのは一週間に一度までだ。
その贅沢の日が、今日。夕方は部活で寄れそうにないから、朝方お昼の飲み物を買いに来た。
保冷しなければならないのでタンブラーまで持って来て。
カランと氷が解けて硝子にあたるような軽い音が店内はいると同時にした。
ここのベルの音は非常に涼しげだ。
カウンターまでは一直線。
「アイスラテ、このタンブラー分」
「かしこまりました」
あっという間に商品が渡される。
ここのお店で唯一めんどくさいところがあるとしたら、
会計が客席側にあるためお店を出ようと思ったら客席を通らなければならないという事か。
そこで、会ってしまった。
なんでコイツがここに居る?
文庫本片手に優雅にコーヒーをすすって。
制服を着ているので本人はこれか学校に行くつもりなのだろうが、
明らかに学校に行く人がするようなことではない。
声をかけないという選択肢も視野に入れて検討していたら、向こうから声をかけてきた。
「あ、おはよー」
そう、まるで教室にでもいるかのように。当たり前に。
「なんでお前はここで優雅にコーヒーなんか飲んでんだ? こんな朝に」
「朝にコーヒー飲まないと目が醒めないんだよ、私」
「家で飲んで来い」
えー、ひどいなぁなんて呟いているがその目は再び小説を追っている。
一切そんなことなど思っていないのだろう。
相変わらず、何を考えているか分からない。
もう一口、芳しい黒い液体を飲み込んだのを見たところで我に返る。
自分は学校に行く途中で寄り道して買ったわけで、別にここに長時間いるつもりはないのだ。
少なくともくつろいでいるコイツを観察するというのは、本来の目的から離れている。
「お前も学校に行けよ。」
そう言って出て行こうとしたら制服の裾を持って引っ張られた。
「なんだよ。」
悪態をつこうとすると、くすりと笑われて差し出された一通の封筒。
「これに見覚えは?」
まさに悪魔のように微笑んで、そう尋ねてきた。
「…ないと言ったら?」
「口に出して読む」
お手上げだ。
「どうすればいい?」
「話し合います?」
「……、」
「まあ、その前に。コーヒーを、もう一杯いかがですか?」
***
待ち伏せもしてみるものだ。
まんまと、いやそうすると日本語がおかしい。
見事に釣れた。
どっかで話したいと思ったのは単純明快な理由。
それは好きだから。
落とされたラブレターを見つけてしまったから。
これはぜひとも二人で話さなくては。
なぜか手紙は捨てる風だったし、と言うよりも捨てるところを見てしまってゴミ箱から救い出した。
自分でもどうかと思ったが、
明らかに女の子が持っていそうな若草色の封筒を捨てられたら気になるではないか。
しかも宛名は書かれていなかった。
だからダメかなとは思いつつも、まあ学校に捨てたやつが悪いのだしと割り切って、
と言うよりも好奇心に勝てなくて中身を読んでしまった。
便箋の宛名のところを読んで驚いた。
「で、何で捨てようとしたの?」
コーヒーをやっと買ってきたのでこれで聞ける。
向かいの席に腰を落ち着けるよりも早く口を開いた。
「なんでって…」
口ごもる。それは確かに言いずらいだろうね。
「内容、読んだよな…?」
何故確認、とはちょっとツッコミ代わりに言ってみたい気がするが、私だから仕方がない。
「うん、見ちゃったよ?」
「あー、あんなの渡せるわけないだろ」
「うん、確かにちょっと恥ずかしいね」
中に並べてあったのは甘い甘い虫歯になりそうな言葉たち。
あなたのこんなところが好きで、こんなことがあって好きになって。
よくこれだけ思い出せるよな、なんて感心してしまうほど。
「でもね、」
でもね。もう読んじゃったんだよ、私が。
そんな風に言うと、本当に嫌そうな顔をした。いいじゃない、別に。
「だからさ、いい加減諦めたらいいよ。もう分かってるでしょ」
手紙の宛先。
封筒には書いてなかったけれども便箋には書いてあった。
「告白、してよ?」
私が拾ったのは、甘い甘い“私への”言葉を並べ立てたラブレター。
冷や汗をかいている前で、悠々ともう一口コーヒーを飲む。
「苦っ」
基本的にコーヒーは苦くて、ミルクや砂糖を入れないと飲めない。
うっかり今日は、緊張しすぎて入れるのを忘れていた。
忘れていたどころか、苦味も今まで感じていなかったのだ。
「あ、ああ」
大丈夫か? などと言いながら差し出してくるソレは、甘い甘いミルクたっぷりのラテ。
それにしても、失礼しちゃう。
“訳の分からない所に、惹かれました”なんて言うのは間違っても告白の言葉ではない。
「一緒にコーヒー飲みに行くようになりませんか?」
それは、甘いラテよりも、甘い言葉よりも、訳の分からないラブレターよりもよっぽど甘い。
それは、告白らしい告白だった。
甘い話を書きたいと思って書いたものです。
短いですがちゃんとオチました。
好みに合いましたら幸いです^^