吾輩はタマである
吾輩はネコである。
名前はまだ、な
「タマー、ターマー。」
・・・ゴホン。名前はまだ
「あ、こんなところに居たんだ。タマ。」
・・・ない。
いや、タマなどと呼ばれてはいるが、何ものにも縛られぬ吾輩に名前はない。
タマというのもこの家で呼ばれている仮初の名だ。
「ほら、ほら。ネコじゃらしだよ~。」
もっと、正確にいえば、ネコですらない。
産まれ落ちて早、数百年。すなわち、ネコの妖怪。
ネコ股である。
そんな吾輩にネコじゃらしなど・・・ネコじゃらしなど・・・。
にゃっ。にゃっ。
・・・・にゃ~。
ハッ!ちゃうねん。
普通のネコのフリをするのも世を欺くには必要なことなのだ。
ちなみに、ネコじゃらしで吾輩を惑わそうとしている、このちっこいのは、この家の1人娘だ。
来年から小学生になるが、1人では何をしでかすかわからんので、こうして面倒を見ておる。
それにしても、子供は嫌いだ。
直ぐに触って来る。吾輩は1人になりたいというのに。
今もこうやって、あごの下を触ったり・・・肉球は止めろ!
もう、まったく。
親しき仲にも節度というものがあるのを分かっていない。
だから、尻尾をひっぱるな!
これだから、子供は嫌いなのだ。
「ただいま。」
「あ、ママだ。」
ふぅ。やっと、解放された。それにしても、放り投げて走っていくとは・・・けしからん。
さて、すでに空があかね色に染まっている。
ふむ。この匂い。お向かいの木村家はサバを焼いておるな。
どうせ、スーパーの特売品だろうが、味見してやるかのぉ。
まったく、子供の相手は疲れたわい。
木々から葉は落ち、外で寝るには寒い季節になった。
今日もタマとして、子守りをしてやっている。
テレビからは、"くりすます"の歌が流れていた。
「ねぇ。タマ。今年もサンタさん来るかな。」
ふっ。子供とは馬鹿な生き物だ。サンタの正体なんて親だよ。親。
「わたし、良い子にしてたよね?」
このお子ちゃまは何をおっしゃってやがりますのでしょうか。
良い子だ?
それに答えて欲しくば、吾輩の前足を離しやがれ。
後ろ足で立たすなんて、どんな拷問や。
「良い子にしてたら、パパ、帰って来るよね。」
この家に居たパッとしない男の子とを思い出した。
いつも、夜遅くに帰って来ては、スーパーのしなびた刺身で一杯やっていた。
刺身一切れで、割に合わない長い愚痴を聞いてやったものだ。
まったく、鯛の尾頭付きくらい分けてくれてもよかっただろうに。
まあ、あの男にそんな甲斐性は無いことくらい長年生きた吾輩にはわかりきったことではある。
しかし、そんな甲斐性なしは、浮気をした末、家から逃げるように出て行ってしまった。
ふぅ~。どうしたものか。そろそろ後ろ足が限界だ。
離してくれる気配はない。
本当に、子供は嫌いだ。
すぐに泣く。
子供は嫌いだ。
仕方ない。
あの男の代わりに"くりすますのぷれぜんと"とやらを獲って来てやればよいのだろう。
ふっふっふっ。
久しぶりにネズミを狩るとするか。腕がなるなぜ。
「ほら、"元"パパからプレゼントが来てるわよ。」
「本当!」
女の子は母親から包みを受け取ると、嬉しそうに包装紙を破いた。
中から出てきたのは鉛筆、消しゴム、24色の色鉛筆、ノートなどだ。
あの男が居た時は、高そうなゲーム機だったのに、文房具か。
やはり、吾輩がネズミを・・・
ぬあ~~~~
誰だ?尻尾をひっぱるのは!
「タマ。動いちゃダメ。」
無礼な・・・。まあ、今日は見逃してやろう。
女の子が真剣な表情で紙に何かを書いている間、側に居てやることにした。
もらったばかりの色鉛筆を忙しく動かしている。
「できた。どう?タマ。」
汚い絵が書いてある。女の子が目を輝かせてこちらを見ている。
・・・もしかして、吾輩の絵か。
失敬な。吾輩は、もっと端正な顔立ちをしている。
これだから、子供は・・・。
「ママ。これ、パパに送る。」
「ん?良く描けているわね。」
これだから、子供は・・・。
「あとね。パパありがとう。って、書いて。」
「はいはい。ここに書けばいいの。」
まあ、今日は許してやるとしよう。
あの子が嬉しそうでなによりだ。
吾輩はネコである。
名前はまだ無い。
ただ、この家ではタマと呼ばれている。
吾輩はシロである(http://ncode.syosetu.com/n2619bn/)