エピローグ
エピローグ
敵魔術戦艦は、その船体を二つに割って流れてくる。その巨体を相手に曝すや、帝国軍の魔術戦艦〈ヴラド・サード〉及び〈グロズーヌイ〉の目の前で、爆発四散した。
「……」
そのことを確かめたアレクセイは、一瞬目をつむって相手に敬意を示す。
敵魔術戦艦は結局、核を使わなかった。僅かばかりでも相手を道連れにするのなら、最後の力で重力魔法を放ってもよかったはずだ。
途中で諦めたのか。それとも最初からその気がなかったのか。もはや分からない。
もしかすると敵魔術戦艦の重力魔法は、元より自らに目を向けさせる為のおとりだったのかもしれない。それはいかんなく力を発揮して、軍人として死んで行く為だ。
一際哀しい艦の断末魔を聞きながら、アレクセイはそう思う。
そしてそこまで考えたアレクセイは、
「よくやった駿河曹長!」
努めて明るくなるように、その大きな掌で、コジロウの背中をこれでもかと叩いた。
「はっ……」
コジロウは魔力と意識を使い魔に向けている為、振り向いて返事をすることができない。
加えて傷だらけだ。上官の呼び掛けに応える為、辛うじて声を上げる。
「おっと。まだ術中だったな。使い魔を放て! 敵の残存を掃討しつつ、コジロウ・駿河曹長と、リリア・ミリャ曹長の使い魔を援護せよ!」
〈グロズーヌイ〉の大型砲が唸りを上げた。歓喜の声を上げるかのように、次々と使い魔がその砲身から放たれる。
多くの艦が〈グロズーヌイ〉に続いた。まるで祝砲でも上げているかのように、漆黒の宇宙空間に色とりどりの魔法が放たれる。
敵の残存兵力は、降伏を選ばなかった。
統率もろくにとれぬまま、本星に向かって退却を始める。
空――衛星軌道上――を抑えられた惑星は、もはや自主国家としての機能を果たすことはできない。
それでも最後まで抵抗を試みようとするのだろう。
無駄なことをと、アレクセイはその様子を見て吐き捨てる。
僅かばかりに残った艦隊は、本星を拠点とすることになる。重力に逆らっての補給は部隊を消耗させる。
また人工衛星しかないような低軌道で戦うことを強いられ、ほんの僅かの損傷で本星の重力に落ちて行ってしまう。
そうなると後は燃え尽きるだけだ。
いや、燃え尽きるだけまだましだ。燃えかすとなった艦が地上に落ちては、何の為に戦ったのか分からない損害を、地表にもたらしかねないからだ。
敵残存艦隊は苦もなく駆逐されることだろう。
徹底抗戦を選んだ地上は更に悲惨だ。衛星軌道を押さえられ、大気圏外からの攻撃に日夜曝されながら、反撃を試みることになる。
実際は耐えるだけで、反撃すらままならないだろう。
地表の制圧は、それ専用の部隊が必要になる。
魔術戦艦による艦隊戦は、ひとまずは終わりを告げたのだ。
大規模な補修が必要となったアレクセイとゲオルゲの艦隊は、この戦場から解放されることになるだろう。先ずは一息つくことができるはずだ。
だが、アレクセイにはまだ、気がかりなことが残っている。
「ゲオルゲ」
アレクセイはモニターに呼び掛ける。器用な戦友は、もう手配を済ませているだろう。
実際ゲオルゲはアレクセイの呼び掛けに、その内容も聞かないままに答えを出してくれた。
「ああ、容疑者は捕まえたが、無駄だった」
「無駄? 何でだ? それより虚を持ち込んだのは誰なんだ? それにどうして分かったんだ?」
「虚は全艦規模で現れた」
「おうよ」
「そんなに簡単に全艦を渡り歩ける人間は、この艦隊には三人しかしない」
「誰だ? 俺がとっちめて――」
「私とお前と――」
「ああ、俺らか?」
「後は、情報将校様だな。正確にはその部下を含めてだが」
「あいつか! 偉そうにしていたくせに、内通者だったんだな! クソッ!」
「いや本人も知らなかったみたいだな。意気揚々と部下と幾つかに分かれて、尋問していたようだ。自分が高官に、他の部下が他艦や一般兵にといった感じでな。それが虚を艦隊に拡げてしまったようだ。そして駿河曹長にまで辿り着いたはいいが、いざ尋問をしようとしたら、その部下に裏切られたらしい。リリアと駿河曹長が、艦橋にくる途中、その部下を倒したそうだ」
「そうかよ。しかしよく無事だったな。タナカ中佐殿は」
「彼が一番危なかった気はするが、何故か中佐は狙われなかったようだ」
「あの魔力ではな。仲間にしても、足手まといだろうよ」
アレクセイは苦笑しながら、作戦会議室で読み取った、タナカ中佐の魔力を思い出す。
まるで小さな魔力だった。だがそのお陰で命拾いしたのなら、あの魔力の小ささも役に立ったということだろう。
「それじゃあ、まあ、何だ? あいつも利用されていただけだってのか?」
「そのようだ。警務隊からの連絡では、虚を使ったその他の情報将校の部下達は、やはり虚だった。だが全員まんまと自爆されてしまったよ」
ゲオルゲは、先程上げられた部下の報告を思い出す。そしてやはり情報将校も『内通者』――敵と内々に通じた者ではないだろうとも思う。その立場を利用されたのだ。
それでいて中佐が連れてきてしまったのは、おそらく増援に過ぎないともゲオルゲは思う。
連撃艦〈耶律阿保機〉の人員の内、幾人かは跡形もなくなっていたからだ。元より皮だけの存在なのだから、それもさもありなんだ。最初から手を打たれていたのだ。
ルイス・ヴェガ少尉の艦に虚を仕込んだのも、次の一手を読まれていたからだろう。
最初の作戦に失敗すれば、ゲオルゲが保護の為に何らかの手を打つ。その為には信頼のできる人間のいる部隊に――つまりは娘の所属する部隊に本人を預ける。
その可能性まで見抜かれていたのだろう。
自分や情報将校の先手を打ち、裏をかける人間。やはり首謀者は味方の誰かだ。
そして――
「じゃあ何だ? 虚が虚を使ったてのか?」
「そのようだ」
「大元の犯人は?」
「不明だな。見事なトカゲの尻尾切りだ。首謀者まではとてもじゃないが、辿り着けない」
そしてその首謀者はかなりの権力と魔力の持ち主のはずだ。現れた虚の数がそれを物語っている。
そう、首謀者はかなりの権力と魔力の持ち主――つまり高位な人間のはずだ。
更に新米下士官に過ぎないはずのコジロウの存在に気付いた、その情報収集能力。何よりコジロウの存在が邪魔になる人物。
証拠がない為に辿り着けないが、思い浮かぶ顔がない訳でない。
やはり厄介だなと、ゲオルゲは思う。
「けっ!」
「何…… またすぐ狙われるさ……」
「楽しそうじゃねえか」
「そうか?」
ゲオルゲはそう応えると、こちらに戻ってくる金色の獅子と、それに寄り添う白鳥を見た。
美しい――
何度見ても――魅入ってしまう。
敵対する相手が美しい使い魔に見入ってしまうのは、それはある意味慈悲なのだと言われている。
己を圧倒する力を見せつけられ、それ故に今まさに死んで行く恐怖――
それを忘れさせる為だと、まことしやかに囁かれている。
そして自分を倒した相手が、どれほど強大であるのかを分からせる為だとも言われている。
そうそれは、自分はこれ程の相手と戦ったのだという、誇りを胸に死んで行く為だ――
そうとも信じられている。
では味方が――いや自分が、今、この金色の獅子に見入ってしまうのは何故だろうか?
魂を魅入られたかのように、見入ってしまうのは何故だろうか?
ゲオルゲはそう自問する。
「それも慈悲か……」
「何だ?」
「何でもない。これからが大変だぞ」
「おう、そうだな。ややこしい戦いだったからな。戦闘記録はお前が書いてくれよ」
「違う…… そんな話ではない」
「がはは! 分かってるさ! だが戦闘記録は頼むぜ!」
「まったく……」
ゲオルゲは覚悟する。これから時代は大きく動くのかもしれない。
時代が大きく動く。それも多大な犠牲を伴って動く。
ゲオルゲはそんな予感を覚える。
魂すら魅入られてしまう程の美しい金色の獅子の使い魔を見ていると、これは対価なのではないかとさえ思わされてしまう。
そうそれは、時代の犠牲になる者への対価――せめてもの救いだ。
死に行く者への褒美。
消え行く魂への代償。
そして思いへの報い――
そうこれは、時代に殉じる者への、せめてもの慰めなのだ。
ゲオルゲはそう思ってしまう。
白鳥が帰還用の魔法円に舞い戻った。
娘はほぼ無傷だ。守られながら戦っていたのかもしれない。
無事帰還を果たした娘は、真っ先に振り向いて父に微笑みを送ってくれる。
似ている。若い頃の妻にそっくりだ。ゲオルゲはそう思う。
特にその誇りと興奮が入り交じった顔は、ともに戦場で戦った時の妻とよく似ていた。
若き日の妻は何故あんなにも、誇らしげな顔をしていたのだろうかと、ゲオルゲは考える。
自惚れでなければ、それはゲオルゲがともにいたからだ。
娘はそんな妻と全く同じ笑顔を浮かべている。己とともにいる者が誇らしいのだろう。
そう、今娘とともにいるのは――
ゲオルゲがモニターに目を転ずると、戦艦〈グロズーヌイ〉にも獅子が舞い戻っていた。
金色の獅子を呼び出し艦隊を救った男は、モニターの向こうで、あっという間にもみくちゃにされていた。
傷の手当が先だろうと、〈グロズーヌイ〉らしい手荒い歓迎に、ゲオルゲは内心苦笑した。
娘はその様子を見てもう一度微笑んでいる。
その優しくも誇らしげな顔を見て、ゲオルゲ・ミリャは、
「命を預けたのは、私の方だったのかもしれないな」
そう呟いて、せめて今はと微笑んだ。
参考文献
『宇宙がわかる17の方程式現代物理学入門』サンダー・バイス著寺嶋英志訳| (青土社)
『知っておきたい法則の事典』遠藤謙一編| (東京堂出版)