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魔術戦艦  作者: 境康隆
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五、金色の獅子

五、金色の獅子


「艦内の全員に告げる。予定通りなら現時刻をもって、敵資源衛星に我が帝国軍第十七艦隊が攻撃を開始しているはずだ」

 レイリー・ンボマ大尉は艦長代理として、ある作戦を覚悟し皆に伝えることにした。

 艦橋に立ち、モニターを通じて皆に語り掛ける。

「だが通信手段の閉ざされた本艦は、艦隊の状況を知ることも、こちらの情報を伝えることもままならない」

 通信手段は回復しなかった。艦に収容している小型艇は通信可能だったが、互いに妨害電波を出し合っている戦闘宙域では、出力不足でこの距離ではまるで役に立たない。

「そして皆も知るように、我が艦は卑怯にも虚の襲撃を受けた。この虚は――」

 レイリーは一度息を呑む。最悪の状況を伝える為に、先ずは己を落ち着かせる。

「敵との決戦中に突然裏切りを働く可能性がある。まさに獅子身中の虫だ。虚は帝国の金色の獅子の艦隊に、入り込んだ卑劣な虫なのだ」

 コジロウとリリアは艦橋で、直接レイリーの演説を聴いていた。

「現在この状況を伝える為、我らが軽連撃艦〈シャクシャイン〉は、一刻を争って戦闘宙域に向かっている。皆も知っての通り、敵の艦隊が我々の進路を阻んでいる。だが迂回している時間は、通常航行及び三角跳躍ともにない」

 艦内がざわめいた。

 一刻も早く虚の情報を艦隊に伝えなくてはならない。その為には、通信手段をなくしたこの艦では直接乗り込むしかない。だが行く手には敵の艦隊があるという。

 そして迂回する時間もないという。それでは――

「そうだ。我が〈シャクシャイン〉は敵艦隊を――単機で突破する!」

 艦内のざわめきは、どよめきに変わった。


「駿河曹長。艦長の水晶を使え。せめてもの弔いだ」

「はっ!」

 レイリーにうながされ、コジロウは艦長用の水晶に歩み寄る。

 軽連撃艦〈シャクシャイン〉が速度を保ったまま、その主砲を展開した。

「駿河曹長…… 本当にいいの?」

 艦長の水晶の前に立ったコジロウに、リリアが遠慮がちに尋ねた。

「ああ、ブランクーシ曹長。少しでも皆の役に立つなら、むしろ嬉しいぐらいだよ」

「そりゃ、士気は高まるだろうけど…… 怪我の上に、連戦よ…… 本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。田舎育ちだからね、体は丈夫なんだ」

「そう…… でも……」

 リリアは言い淀む。それは訊きたかったことではない。リリア自身も遠回しに聞いたが、コジロウも分かっていて、はぐらかしているようだ。

「……」

 リリアはもう一度、今度は無言で尋ねる。

「なぁに。もしかしたらまだ、只の偶然でした――ていう線も残っているしな。気楽に行くさ」

 コジロウはそう言ってリリアの暗黙の質問に答えると、水晶に魔力を送り出した。

「何度立っても艦長の席は、ちょっとばかり、ばつが悪いけどね」

「もう……」

「ま、言ってはいられないか」

 〈シャクシャイン〉の主砲の五芒星が淡く光る。疑似生命魔法の光だ。

 コジロウが金色の獅子を主砲から呼び出すと、片翼を翻させてその身を艦橋の上に踊らせた。

 その雄々しい姿を見た艦内は、またもやざわめきに覆われる。

 多くの者がその美しさに見入っている。そしてその各々の見入る姿に、皆がその獅子の魔力の大きさを知る。更なる興奮の渦が、乗員を奮い立たせた。

「我が艦には金色の獅子がいる! 皆この獅子に続け! 全員戦闘配置!」

 皆の興奮が最高潮に達するや、レイリーが一際大きく号令を発する。

 多少の演出は必要だ。帝国軍の象徴とも言うべき金色の獅子。その獅子が〈シャクシャイン〉とともにある。そう思わせられれば、士気を高めることもできるだろう。

 レイリーはそう判断し、金色の獅子を、先ずは皆の目に触れさせることにした。

 狙いは当たったようだ。乗員は興奮を隠し切れない様子で、モニター前からそれぞれの持ち場に戻った。

 コジロウも覚悟を決める。もう後戻りはできない。この戦いが終われば、金色の獅子を使い魔とする曹長がいることは、瞬く間に帝国軍内に知れ渡るだろう。

 狙われるだけでなく、これからは権力闘争に巻き込まれるかもしれない。権謀術策に慣れないコジロウは、正面から潰されるかもしれない。

「それにしても、でかいな……」

 レイリーは思わず呟く。

 軽連撃艦に四肢を着く金色の獅子は、艦橋の上を大きく塞いでいた。

 主砲で呼び出す使い魔など、滅多に見れるものではない。せいぜいが演習か、もしくは余程の魔力に優れた高官の下に就いた時だけだ。

 やはり金色の獅子を使い魔にする血――

 そこまで考えてレイリーは首を振った。今は余計なことは考えている場合ではない。 

「駿河曹長、ご苦労だった。出番に備えて待機せよ」

「はっ!」

 金色の獅子が艦上部の帰還用魔法円から、艦内に悠然と戻って行った。外壁に直接描かれた帰還用の魔法円に触れると、獅子は淡い光を発して消えた。

「急ごう」

 コジロウがそう言って、リリアに水晶を譲る。

 敵陣を突っ切る為には、なるべく正面の敵を直接攻撃魔法で蹴散らす必要がある。艦長が倒れ、魔砲士長もいない今、その役目をリリアが買って出た。

 本来なら副官であるレイリーが担当すべきであるが、大尉は艦全体の指揮を優先した。

 主砲がそのアームの仰角を絞り出した。元より主砲だけには頼れない。他の砲に魔力を回す為、主砲は最低限の大きさに開き直す。

 ついに敵の艦隊が視認された。やはりこちらの進路を塞いでいる。

 既に幾つのか主砲が、迫りくる〈シャクシャイン〉に向けられるのが分かった。

 〈シャクシャイン〉は最大火力に押し出され、敵陣に突き進む。

「ドレークの方程式?」

 〈シャクシャイン〉の主砲で展開したリリアの魔法円。そのスペルをあらためて見たコジロウが、素っ頓狂な声を上げた。思わずそんな声が出た程、それは見慣れない式だったからだ。

「そうよ。何か変?」

 リリアはコジロウの困惑を楽しんでいるかのようだ。自慢げに笑い、魔力を高めて行く。

「いや、変じゃないが……」

 コジロウは言い淀む。リリアの魔法円のスペルは、地球時代に考えられた、地球外生命体がどのくらい存在するかを、推測する為の方程式だったからだ。

 もちろんこの宇宙開拓時代には、とうの昔に忘れ去られた方程式だ。加えて数値は任意で、憶測の域を出ない項目も含んでいる。とても真理を突いているとは思えない。

「撃ちます!」

 それでもリリアが宣言すると、この方程式の魔法円が一際輝いた。〈シャクシャイン〉の絞り気味に開いた主砲から、冷気が放たれる。むしろそれは並の魔力ではなかった。

 軽連撃艦はリリアの魔法と同時に、敵艦隊の射程距離内に突入した。

「連射しろ!」

「任せて!」

 リリアはコジロウの声に応えると、間断なく魔力を水晶に送り込む。

 敵の陣形の手薄なところに、リリアの魔力が襲い掛かった。

「こちらも、すごいな」

 隣で見ていた士官の一人が呟いた。いくら大きさを絞っているとはいえ、主砲から休みなく直接攻撃魔法を放つその様は、一介の新兵には見えなかった。

 その魔力の質も、一般の兵士とは違うと感じさせられた。そして見たことがあるとも思ってしまう。

「すごい冷気の魔力だな。まるで――」

「まるで――冷血中将みたいですか?」

 士官の言わんとする先を読み、リリアは自分から切り出す。

「そうだ」

「よく言われます」

 士官の苦笑いに、リリアは笑ってそう応じた。


 敵艦隊が応戦を開始し、〈シャクシャイン〉は敵主砲の閃光煌めく中に飛び込んで行った。

 〈シャクシャイン〉は冷気の魔法で蹴散らした敵の砲撃の中を、最大速度で突き抜けて行く。

 敵艦隊は最初こそ主砲で迎え撃ったが、直ぐに大型砲にその攻撃を切り替えてきた。一旦攻撃の手を緩めてまで主砲のアームを閉じながら、大型砲が慌てたようにその砲身を向け始める。

「ふん。この〈シャクシャイン〉の相対速度に、主砲の照準など追いつくものか」

 その相手の慌てたような様子に、レイリーが満足げに呟く。

 だがもちろん敵の反撃は、再開されれば容赦がない。敵の魔法が大型砲からのものに切り替わり、向かいくるコジロウ達の軽連撃艦に襲い掛かる。

「遠目の敵は、大型砲で迎撃する。撃ち漏らしたものは、対空砲火で応戦せよ。いいか迷うな! 各人死力を尽くせ!」

 副官は艦長代理として号令を発する。

「はっ!」

「急げ! 虚はここぞというところで、かく乱に出るはずだ!」

「……」

 リリアはその惨状を思わず想像してしまう。内に入り込んだ敵。

 虚――

 かく乱の為に誰かを狙うなら、それは一番上に立つ人間だろう。

 この艦隊で一番上の人間はもちろん、戦艦〈ヴラド・サード〉と〈グロズーヌイ〉の艦長だ。そして階級は同じでも、実際の司令官は冷血中将ゲオルゲ・ミリャその人だ。

「ブランクーシ曹長。心配するな。皆無事だ」

 コジロウは揺れる艦で足を踏ん張りながら、一瞬暗い顔をしたリリアに声を掛ける。

「……そう思う?」

「ああ、思うよ。大丈夫だ」

「ありがとう。でも人を励ましたいのなら、もう少し肩の力を抜いた台詞をお願いしたいわ」

 リリアはそう言って、冷気の魔法を放つ。

「ん?」

「そうね…… 例えば――名前で呼んでくれる? リリアって」

「なっ?」

「あはっ!」

 リリアが一際大きな魔力を放った。

 正面から迎え撃とうとした敵重撃艦の脇腹を、その魔法がかすめて消えた。


 恒星を背にした帝国軍第十七艦隊は第一撃に、セオリー通りの戦術を選んだ。主砲による直接攻撃魔法を、一斉射撃で遠距離から浴びせ掛けたのだ。

 撃っては出られない敵の、その守備陣形を崩し、守る側の士気をも削る。その為には容赦ない、そして間断ない攻撃が有効とされている。

 開ききった主砲で、最大魔力で敵陣に攻撃を畳み掛けた。

 敵は防御の為に敷かれた五芒星のトーチカで、そしてやはり最大円に開いた艦の主砲で、その攻撃を受け止める。

 守る側はなるべく早急に、主砲の応酬を終わらせることが重要とされている。遠距離からの攻撃を受けてばかりでは、損耗する一方だからだ。

 主砲による反撃も、射程外に逃げ出すことが可能な攻め手側には、それ程怖いものではない。

 撃っては退き、戻ってきては撃つ。

 これを繰り返されることを、防衛側は極力避けなければならない。

 その為には相手の主砲を早めに黙らせなくてはならない。

 敵の主砲の陰から、幾つもの光が瞬いた。大型砲で使い魔を放ったのだ。使い魔の幾つかは放たれた瞬間から、帝国軍の直接攻撃魔法に曝され消えて行く。

 だが主砲の攻撃を果敢にもくぐり抜け、敵の使い魔が主砲を展開する第十七艦隊に迫りくる。

 主砲は強力でも、その先端に付いている水晶は脆い。

 その水晶を守る為、主砲の応酬は使い魔の襲来で終わりを告げる。

 ここから先は使い魔を操る互いの術者と、迎撃用の直接攻撃魔法による激しい格闘戦となる。

 それは使い魔に身を託した術者の、文字通り命懸けの戦いだ。

 漆黒の宇宙空間に、魔術的な気を波打たせ、大小さまざまな断末魔の悲鳴が響き渡り始めた。


「やはり無謀だったかな?」

 レイリー・ンボマ大尉は揺れる軽連撃艦〈シャクシャイン〉の艦橋で、足を踏ん張りながら苦笑した。

「大尉殿。ですが予想以上の戦果です」

 コジロウ・駿河曹長は意識して明るく応えた。

「戦果というか、単に耐えているだけだがな」

 レイリーも笑って応える。やはり苦笑いに近い。努めて明るく振る舞わないと、この恐怖に耐えられない。

「前が空いてきました」

 リリア・ブランクーシ曹長の間断のない主砲が功を奏したのか、敵の艦隊は完全に〈シャクシャイン〉の進路を空けていた。

「同士討ちを警戒しているのだろう」

 レイリーは周辺モニターに目を凝らす。前を空けた分、その周辺に敵艦が集まり出し、あまつさえ艦首をその空けた空間に回頭し始めていた。

「よし、ブランクーシ曹長! 駿河曹長と主砲を代われ!」

「はっ!」

 リリアが場所を空けると、コジロウは再び水晶の前に立った。コジロウは主砲を任されるや否や、その水晶に魔力を送り出す。

 〈シャクシャイン〉の主砲より再び現れた獅子が、その身を勢いよく翻した。金色の使い魔は加速する軽連撃艦の上部に移動するや、爪を突き立てるようにして四肢を着いた。

 炎が金色の獅子の鼻先めがけて飛んでくる。コジロウが魔力を展開すると、その眼前に不可視の壁が現れた。障壁魔法だ。

 炎はその壁に阻まれ四散する。

 打ち破った炎の魔法の煙を後ろにたなびかせながら、〈シャクシャイン〉は全く速度を緩めずに突き進む。

 電撃が獅子の左の脇に撃ち込まれた。獅子は翼をはためかせると、その雷を障壁の魔法で迎え撃つ。閃光を発して魔力が弾けとんだ。

 獅子を避けて、直接艦に撃ち込まれる攻撃もあった。獅子の後方の艦橋の脇に、氷の魔法が襲い掛かる。艦の対空砲火が一斉にそちらを向き、炎の魔法で対抗した。

 その拮抗した魔力の衝撃で、艦が微かに揺れる。その揺れる艦に容赦なく敵の攻撃は襲い続けた。

 攻撃の幾つかが艦に当たり出した。コジロウの獅子の翼がない為か、右舷は特に敵の攻撃を抑え切れない。

 そしてその様子が、更に右舷に攻撃を集中させる結果になる。

 もちろん艦底への攻撃も、コジロウの力はなかなか及ばない。

 軽連撃艦〈シャクシャイン〉は、敵陣の三分の一辺りで、早くも右舷と艦底から煙が上がっていた。

「もうすぐ、半分抜けるぞ! 全員――」

 レイリーの言葉が終わる前に、艦に大きな横揺れが襲った。

「右舷後部被弾! メインエンジン出力低下!」

「おのれ! 全員気を抜くな! 立ち止まるな! 駆け抜けろ!」

 士官の報告を受けて、レイリーの叱咤は怒号と化す。

「全砲門を後方に向けろ!」

 レイリーの指示に、小型砲が機敏な動きで後方に砲を向けた。

 大型砲はゆっくりとその巨大な砲台を旋回し始める。

 エンジンを損傷させた敵軽重撃艦の炎の魔法が、再度右舷後部に襲い掛かってきた。

 そしてそれを援護するかのように、左舷後部にも、敵軽連撃艦の雷の魔法が雨霰と襲いくる。

 後ろに向いた小型砲が、負けじとばかりに、こちらも直接攻撃魔法を浴びせ掛けた。

 コジロウは更なる念を凝らす。障壁魔法による巨大な結界が一瞬現れ、その左右の魔法を蹴散らした。

 だがいかんせん数が違う。コジロウの結界が途切れた瞬間にも、次の魔法が〈シャクシャイン〉に襲い掛かる。

「ぐ……」

「くそ……」

 艦が大きく揺れ、艦橋の人間は誰もがふらついた。

 艦の右舷と艦底はおろか、左舷にも被弾し始める。その度に中の人間は左右に揺さぶられる。

 いや一人だけ、大きな手で抱き寄せられ、その場に踏みとどまった者がいた。

「……」

 リリアは己を抱きすくめ、倒れさせまいとしているコジロウに顔を向ける。

「大丈夫だ――」

 己の術に集中していたコジロウは、前を見据えたまま力強くそう言うと、

「えっと…… リリア……」

 打って変わって恥ずかしそうにそう続けた。


 主砲が入り乱れる中、その危険をかいくぐり、敵使い魔が帝国軍第十七艦隊に襲いくる。

「使い魔を放て!」

 ゲオルゲの号令の下、大型砲から使い魔が一斉に放たれた。こちらの主砲を無力化しようと敵がしている以上、こちらも相手の主砲を抑えなければならない。

 味方の使い魔が敵陣に向かって、次々と大型砲から放たれた。

 同時に主砲がその先端を閉じ始めた。主砲による応酬が終わりを告げ、使い魔と直接攻撃魔法による、格闘戦と迎撃が始まったのだ。

「敵艦に極端に活動の小さいものがあります」

「そうか……」

 砲火が入り乱れる中、ゲオルゲは前もって注意を向けさせていた報告を、士官から聞いた。

 資源小惑星だけでも大規模魔法円を組んで、収束魔法を利用した迎撃態勢を整えていた。

 この資源衛星でも何か企んでいても、おかしくはないだろう。

「数は?」

「三隻です。疑いも含めれば、五隻になります」

「規則性は? 五芒星を描いているか?」

「そうではないようです。ですが、後ろの方に控えている――守られているようにも見受けられます」

 報告をする士官がモニターに敵の配置図を映し出す。

「前回と同じではないのか……」

 怪しい挙動を見せる敵艦の、その不規則な配置にゲオルゲは眉をひそめる。怪しいがこれでは何ができるとも思えない。

「単純に動かせない艦でしょうか? 燃料か何かの問題で」

「後ろの資源衛星はそれこそ、ウランすら含有している。科学エネルギー不足で立ち往生するとは考えにくいな。それにどうせ動かせないのなら、トーチカの隣りに並べて盾がわりにするだろう」

「今現在偵察部隊を斥候として送り込んでいます。しばらくお待ちいただければ、近接して敵の魔力を探ることが可能です。どんなことを考えていようとも――」

「いや。おそらく考えていることは単純だ」

 ゲオルゲは今までの情報から、相手の狙いが分かったような気がした。

「先だって敵が使った収束魔法は、魔力を一点に集中する為の、言わば重力魔法だった」

「はっ」

「敵がこれを得意とするのなら、そして前回の攻撃がある意味実験だったのなら――」

 ゲオルゲは推論として説明しながら、もうそれが結論のような気がしてきた。

「資源衛星。重力魔法。敵艦の特攻。これらを考えれば――」

「斥候部隊より入電! 繋ぎますか?」

 ゲオルゲの説明は通信担当の下士官の声に遮られた。

「繋げ」

 ゲオルゲの目配せに、士官が代わって命令する。

 ゲオルゲは思考を中断したまま、その内容に耳を傾けた。

「報告します。敵不審艦に動きなし。ただし魔力の蓄積が行われているようです。重力系の魔力が感じられます」

 斥候部隊の声が、迎撃の魔法の音に混じって再生される。敵の攻撃をかいくぐって、情報をもたらしているのだろう。そしてその砲撃は激しいようだ。やはり重要な艦なのだろう。

「分かった。もういい、一旦離れろ」

 士官はやはりゲオルゲに代わって命令する。

 斥候部隊の通信が完全に途切れると、ゲオルゲは口を開いた。

「濃縮ウラン――ウラン235を、強力な重力魔法で圧縮し核分裂に必要な爆縮の状態を作り出す。使い魔溢れる戦闘宙域にミサイルを撃ち込んでも、あっさりと撃ち落とされるのが関の山だろう…… だが――」

 ゲオルゲはそこまで一気に結論づけて、一度言葉を区切る。

 濃縮されたウラン235は原子力発電用でもあり、単純な原子爆弾用でもある。ウラン235を一点に集中するように、一度に圧力を与えれば原子爆弾の完成だ。

 爆発による圧縮――爆縮――があれば、後は自分自身のエネルギーで連鎖反応を起こしてくれる。

 そして重力の魔法を上手く使えば、機械に頼らなくても爆縮させることができる。それは簡単な理屈であり、数百年も前に実証済みだった。

 そしてむしろそれは、機械による爆縮よりも、効率がいいことも知られている。

 問題は相手に撃ち込む手段だ。

 ゲオルゲは言葉を区切ったまま考えてしまう。そう、だがその方法ならあり得ると考えてしまう。

「だが、艦に積んだまま飛び込んでくれば話は別だ。迎撃が間に合わなければ、艦隊のど真ん中で収束魔法を使った核爆発を起こされてしまうだろうな」

 ゲオルゲは先に特攻を仕掛けてきた敵艦を思い出し、厳しい表情で呟いた。

 

 〈シャクシャイン〉の後部を狙い、艦首を回頭させながら敵の主砲があらためて展開された。宇宙空間に次々と大小の五芒星が咲き始める。

「くるぞ!」

 レイリーが、身構える乗員に向かって叫ぶ。

 艦はもう敵艦隊の五分の四辺りを、抜けているところだった。

 敵の主砲が一際明るく輝く。こちらが艦隊を抜け出る瞬間を狙っているのだろう。

「コジロウ……」

「分かってる」

 コジロウはそう応えると、水晶に向けて魔力を高め出す。金色の獅子が更に輝き出した。

「主砲を防ぐ」

 コジロウが力強く宣言すると、獅子が〈シャクシャイン〉の上で身を翻し後ろを向いた。平たく僅かに艦から突き出た形の艦橋を守るように、その上に配した四肢に更なる力を込める。

 敵艦隊の主砲が一斉に煌めいた。〈シャクシャイン〉は敵の隊列を抜けた。右舷と艦底から火を噴きながら、敵陣を辛うじて突破した。

「やった!」

「まだだ!」

 思わず叫んだ士官の一人を、レイリーが戒める。

 そうそれはまだ歓喜の瞬間でない。むしろ敵の主砲の一斉射撃に曝される瞬間だ。いや、瞬間ではなく間断なく攻撃に曝されることになるだろう。

 先ずはと言わんばかりに、敵の主砲による直接攻撃魔法が〈シャクシャイン〉の後部に迫りくる。炎、電撃、氷塊、圧縮空気。さまざま魔法が、逃げる軽連撃艦を追ってくる。

 敵艦隊がメインエンジンに火を入れながら、主砲に魔力を込めていく。追撃態勢に入ったようだ。

 金色の獅子が吠え、その正面に己の魔力を放った。

 炎と化した魔力が、敵の直接攻撃魔法に撃ち付けられる。敵の攻撃は主砲から直接放たれたというのに、獅子の放った言わば間接的な魔力で次々と撃墜された。

 コジロウの獅子は、その輝きに恥じない魔力を見せつける。

 炎と炎がぶつかり合い、元の炎を倍する勢いで火焔を上げて燃え尽きる。

 炎と氷がせめぎ合い、爆発的な蒸発を伴って消えた。

 炎の壁が圧縮空気を膨張させ、その勢いを霧散させる。

 だが、雷による敵の魔法は炎ではなかなか迎撃できない。それは相性の問題だった。

 炎の魔法をものともせず、雷の魔法が〈シャクシャイン〉の後部に襲い掛かる。

 味方の砲が一斉に放たれた。小型砲も大型砲も、艦に迫る雷に闇雲に直接攻撃魔法を浴びせ掛ける。

 しかしエンジンの後ろは構造上狙いにくい。魔力で強引にねじ曲げて迎撃するが、気休めのような攻撃にしかならなかった。

 コジロウは炎の魔法が突破されたと見るや、障壁の魔法に魔力を回す。

 敵の雷の魔法は正確にメインエンジンを狙ってくる。エンジンの火焔に隠れて迫りくるそれは、コジロウからはうまく把握し切れない。

 それでも闇雲でも障壁を展開しようとするコジロウの右肩に――

「手伝うわ」

 リリアがそう言って左手を掛けた。

 コジロウの視界が一気に鮮明になる。リリアの魔力の力を借り、偵察部隊で鍛えた彼女の魔力的視覚がコジロウの目を補う。

 雷の魔法はもはや手に取るように、その存在と進路が知れた。コジロウは最小限の魔力で効率よく障壁を展開する。

 獅子が吠える度に、炎の魔法が敵の直接攻撃魔法を叩いた。

 獅子が猛る度に、撃ち漏らした魔法に障壁が展開された。

「たいしたものだ……」

 その様を見たレイリーが思わず呟く。

 コジロウはその賞賛の声が聞こえなかったのか、

「――ッ!」

 脇見も振らず、金色の獅子にその全ての魔力を集中した。


「対象の三隻及び、疑いのある二隻を優先的に叩かせます」

 戦艦〈ヴラド・サード〉の艦橋で、士官が慌てたように提案した。

 核は今の時代でも有力だが、割に合わない兵器でもある。自在に飛び回る使い魔の前では、それを運ぶ手段の方が必ずしも有効ではないからだ。

 だがそれを自衛能力のある艦が運べば話は別だ。この士官でなくても慌ててしまうのは仕方がないだろう。

「いや。距離を取ればどうということはない。それに収束魔法による核分裂は、大規模な魔法円を必要としないだろう。五隻以外には、敵の用意がないとは言い切れない。ここは一旦退こう。アレクセイ――」

 ゲオルゲはそう言うと、戦艦〈グロズーヌイ〉に通信を送る。

「聞こえていたな」

「ああ。後ろの資源衛星は、ウランが採れたな。腹一杯濃縮済みって訳かよ!」

 アレクセイが吐き捨てるように言う。吐き捨てたいのは敵の考え方だ。

「味方の使い魔もいるんだぞ? そんなところで核を使う気か? 正気か、奴らは!」

「死なばもろとも…… そういうことだろう……」

 ゲオルゲは小さく答えると、全軍に命令を下す。

「全艦隊に告ぐ! 主砲魔法円を展開せよ! 前方に向け、放射線及び熱線防御用の障壁魔法を緊急展開!」

 士官が命令を反復し、艦隊は次々とアームを拡げ出した。

「使い魔を戻せ! 敵の使い魔は捨て駒だ! 付き合う必要はない! 直接攻撃魔法による対空砲火だけで迎撃せよ!」

「どうするよ?」

 アレクセイがモニターの向こうのゲオルゲに訊く。結論は分かっている。それでも確認せずにはいられない。

「一時撤退だ。セオリー通り、最大射程からの遠距離攻撃に変更だ。大外から攻略するさ。時間は掛かるが仕方がない。所詮特攻攻撃など割に合わない。味方の犠牲も厭わないようでは、そんなことも分からないのだろう」

「ちまちまやるのは性に合わねえが、仕方がないな。おう! 使い魔が戻るまで、耐え抜け!」

 敵の使い魔が主砲を展開し始めた艦に、ここぞとばかりに襲い始めた。

「主砲用水晶をやらせるな!」

 アレクセイが近場の士官に、必要以上の声量で命じる。

 艦全体を熱線から防御する為には、主砲用の五芒星に頼るしかない。

 だがやはり主砲の――その先端に付いている水晶は、艦の大きさにかかわらず一番の弱点でもある。本来なら敵の使い魔溢れる戦闘宙域で、展開するべきものではない。

「直接攻撃魔法で、主砲に群がる敵使い魔を迎撃せよ」

 ゲオルゲも総員に命令を下す。

 展開を始めた主砲の先では、やはり敵の使い魔が雪崩を打つように襲い掛かっていた。


 直接攻撃魔法に遅れて、敵の使い魔が〈シャクシャイン〉に迫りきた。

 比較的足の速い翼を持った使い魔が、先ずはと追い付いてくる。

 その使い魔が狙ったのもやはりメインエンジンだ。

 金属質なツバメが、その身を光らせて高速で迫りくる。

 獅子が炎の魔法を放つと、ツバメは錐揉みしながら身を翻した。そして身の翻し際に、圧縮空気の魔法を放つ。

 リリアの力を借りていなければ、コジロウはその魔法を見切れなかっただろう。それほどツバメの放った魔法は速かった。

 獅子が辛うじて魔法の障壁を張り、メインエンジンの側壁間際で敵の魔法を跳ね返す。

 ツバメはその速度故に急には反転できないのか、〈シャクシャイン〉を遥かに追い越してから旋回し始めた。

 だがコジロウには去って行くツバメに、気を配っている余裕はない。

 青い翼をはためかせ、新たに大きな鷹が迫っていたからだ。

 美しい。

 コジロウは一瞬そう思い、慌てて首を振った。

 美しい使い魔は、大きな魔力の証拠だ。見とれている暇などない。

 鷹は知性すら感じる瞳を獅子に向け、その翼を一際大きく羽ばたかせた。その身から青い羽が幾枚も放たれる。青い羽は鋭く速い。そして狙いは獅子だった。

 コジロウは炎の魔法で対抗する。〈シャクシャイン〉の大型砲も火を噴いた。

 鷹の魔力はやはり強いようだ。青い羽はコジロウの炎では燃え尽きたが、〈シャクシャイン〉の大型砲の魔法は突っ切った。

 コジロウは魔法の障壁をとっさに展開する。だが青い羽は、その障壁を避けて艦の外壁に突き刺さる。それはコジロウの獅子を取り囲むかのような突き刺さり方だった。

 羽は突き刺さるや否や、青い炎を上げて燃え始める。鷹はその炎のすぐ外側に自ら舞い降りてきた。コジロウの獅子と炎を挟んで正面から向かい合う。

 鷹は獅子と向き合うや、その嘴を大きく開いた。

 敵の使い魔はまだ迫りくる。鷹の肩の向こうに、コジロウは人間の皮膚をしたイカを見つける。その使い魔はイカスミの代わりに血のような液体を噴き出しながら、〈シャクシャイン〉に取り付かんと、その十本の腕をうねらせ近付いてきていた。

 背後では一度は退けたツバメが、旋回を始めていた。

 鷹の口から青い炎が吐き出された。

 コジロウは障壁を展開して、その炎を防ぐ。だが元より青い炎で囲まれて、足下の艦橋を守る獅子は幾ばくも動けない。

 鷹は今度は羽を拡げた。若干動作に間があるように見えたのは、相手もコジロウの獅子に見とれていたからだろう。

 身を翻し切ったツバメは、自らを弾丸になぞらえたかのような勢いで迫りくる。

 獅子は背中にそのツバメの気配を感じる。目の前の鷹はツバメと息を合わせて攻撃するつもりなのか、その翼を拡げていつでも羽を飛ばせるように身構えていた。

 コジロウは前後からの攻撃に備え、その四肢に力を込めて全ての魔力を集中した。


 無毛のテナガザルの使い魔が一匹、雨霰と襲いくる迎撃をかいくぐり、戦艦〈ヴラド・サード〉の第一アームに取り付いた。第一アームの最先端――水晶を内に納めた三角錐の爪の先だ。

 アームの先には、特殊な樹脂に周囲を固められた水晶が納められている。その三角錐の一面は艦の外壁と繋がっており、艦と同じ材質で覆われている。

 この面の防御は固く、アームが収容されている時は敵の攻撃の脅威から、殻に閉じこもるようにその中の水晶を守っている。

 だが魔力を展開する為に開かれた内側の二面は、その樹脂が剥き出しになっていた。

 同じくアームに取り付こうとする他の敵使い魔達が、周りでは直接攻撃魔法に曝されていた。その使い魔達は、焼かれ、そして感電させられては落ちて行く。

 テナガザルの使い魔は、その周りの様子に一瞬首をすくめるような仕草をしてみせたが、素早くそのアームの内側に回り込んだ。

 宇宙の暗闇の中で、水晶が光っていた。

 使い魔は己の体長の三倍もありそうな腕を、小馬鹿にしたように踊らせながら頭上に振り上げる。テナガザルが水晶に――その周りの樹脂に――手を叩き付けた。それでいて叩き付ける先は見ようともせず、せわしなく首を左右に振っている。

 樹脂は衝撃に震えるが、割れるようなことはなさそうだった。

 使い魔は立腹したのか、相手を挑発するかのように、歯を剥き出しにして威嚇した。

 その使い魔の身をかすめて、炎や電撃の魔法が飛び交う。水晶に一度取り付いた使い魔を、その水晶を傷付けないように直接攻撃魔法で狙うのは、熟練の魔砲士でも難しい。

 撤収を始めていた味方使い魔の何体がか、その様子に気が付いて身を翻した。

 テナガザルは闇雲に手を振り下ろし始めた。だがやはり樹脂は衝撃を吸収してしまう。

 使い魔は手での攻撃をあきらめたのか、その長い左手を水晶に向けた。使い魔の身から放つ直接攻撃魔法に切り替えるつもりだろう。

 その手から閃光が発した。樹脂が熱にやられて変色する。

 使い魔はそのことに気をよくし、更に歯を剥き出しにして左手に魔力を込め始めた。

 だがその頭が一瞬で吹き飛ぶ。

 〈ヴラド・サード〉の前方を守っていた連撃艦〈シモ・ヘイヘ〉が、大型砲からの圧縮空気の魔法でそのテナガザルをしとめたのだ。使い魔そのものが狙いにくい状況下で、〈シモ・ヘイへ〉の大型砲はものの見事にその頭を撃ち抜いた。

 しかしテナガザルはまだ動く。己の左手を頭部のなくなった首に突っ込むと、そのまま何かを引き上げた。

 引き上げられたのは血まみれの――新しい首だ。

 テナガザルはわざとらしくその新しい首を振ると、その鮮血を辺りにまき散らす。

 そしてもう一度歯を剥き出して笑うと、水晶の入った樹脂にやはり左手を向ける。

 〈シモ・ヘイヘ〉が都合三度、魔法を放った。

 無毛のテナガザルの頭がまたもや吹き飛び、続けてその左右の腕も肩口から吹き飛んだ。

 そのアームに残った体と足を、駆け付けた味方の使い魔が弾き飛ばす。

 蛇のように長い体をくねらせる血走った目のウサギが、その胴体を一際しならせてテナガザルの体を打ち付けた。

 第一アームを危険に陥れた敵使い魔は、悲鳴を上げることもなく虚空に吸い込まれて行く。

 だがこの時第一アーム以上の危機が、他のアームに迫っていることに〈ヴラド・サード〉は気付けていなかった。


 〈シャクシャイン〉の対空砲火が、迫りくるツバメとイカに直接攻撃魔法を浴びせ掛けた。

 ツバメは、その身にとっては遅い攻撃を難なくかわす。

 イカは慌てた様子で身をよじり、大きくコースを外れた。

 獅子は背後のツバメの攻撃のタイミングを、鷹の動きから探ろうとする。

 そう、鷹が自身の味方に合わせて動くつもりなら、それはツバメが攻撃する合図となるはずだ。コジロウがそう判断するや否や、鷹が右の翼をふるった。

 青い羽が〈シャクシャイン〉の装甲の上を、滑るように獅子に襲い掛かる。

 獅子は一歩前に出た。敵の攻撃を、自らの体で迎え撃つかのように、自分から前に出た。

 羽は五枚。流れるように連続して飛んでくる。

 リリアの魔力を借り、コジロウは青い羽の軌道を読む。

 コジロウは魔法の障壁を獅子の正面に展開した。

 敵の魔力は強い。コジロウは密集して力を発揮できるように、五枚の羽のそれぞれ前に、小さなそれでいて最低限必要な大きさの障壁を展開しようとする。

 一枚、二枚、三枚と、障壁は展開される度に、青い羽を相殺して互いに消し飛ぶ。だが四枚目の羽の魔力に負け、その前に展開した障壁が一つ撃ち抜かれた。

 防ぎ切れなかったその羽が、獅子の左前足に突き刺さる。

「――ッ!」

 悲鳴を上げる暇もないコジロウの目の前に、最後の羽が襲いくる。左前脚の痛みに負けて、五枚目の障壁の展開が遅れた。そして背後には弾丸のツバメ――

 獅子の眉間をめがけて飛んでくる羽の前には、他の四枚と違ってその身を守る障壁がない。獅子めがけて、その青い羽は何ものにも邪魔をされずに一直線に向かってくる。

 だが獅子にはその攻撃は随分とゆっくりと見えた。

 コジロウの肩を掴むリリアの手が、食い込んで痛い。その必死さ故に流れ込んでくる魔力が、魔術的視界としてコジロウに力を貸してくれているようだ。

 コジロウはそのゆっくりとした視界の中、己の鼻先に魔法の障壁を展開しようとする。

 ツバメが歓喜の声を心の内に上げた。膝を着いた獅子は隙だらけだ。少なくとも背後に関しては、攻撃も防御もしていない。

 鷹の攻撃と合い挟んで貫かんと、ツバメが獅子の頭に迫った。


 それは小さすぎた上に、魔力をろくに発していないので、発見されるのが致命的に遅れた。

 使い魔ならいかに小さくても、その内から発する魔力によって、他の使い魔の目に付き、また艦からも気付かれていただろう。

 だがその小さいものは、それを見越したかのように全く魔力を感じさせずに漂ってくる。

 小さいものの真上を、巨大な炎の魔法がかすめて消えた。大型砲から放たれた迎撃用の魔法だ。少しでもかすめていれば、この小さいものは瞬く間に消し炭となっていただろう。

 そう、その小さなものは、それ程脆い。それは宇宙服を着た人間そのものだったからだ。

 本来ならこのような戦場に、宇宙服一つで身を投げ出すのは正気の沙汰ではない。

 だが宇宙服のみを纏った兵は、幾人かに別れてひたすら戦場を漂う。

 この位置にくるまでに、半数の味方を失ったようだ。何人生き残っているかは、正確には分からない。無線からその位置を特定されることを恐れ、艦を飛び出した時点で一切の通信を絶ったからだ。

 宇宙的な孤独の中を彼らは漂う。

 数えられる程の人数になった時に、やっと目的のものが見えた。彼らはろくに互いの表情も分からないが、バイザー越しに目配せをし合い、最後の遊泳を始めた。


 唐突な爆発が〈ヴラド・サード〉の第二アームで発生した。

「第二アーム先端付近で爆発!」

「何!」

 ゲオルゲはその突然の報告に、思わず――そしてらしくもなく声を荒らげてしまう。

「何だ…… 使い魔の魔力は感じなかったぞ。メインモニターを、第二アームの先端に切り替えろ!」

 ゲオルゲの命令の下、切り替えられたモニターに更なる爆発の閃光が映し出された。

「何だ! どうなっている!」

 ゲオルゲに代わり、脇に控えた副官が声を張り上げる。

 主砲の水晶の防御は最優先事項だ。実際必要に迫られて展開している今、襲いくる敵使い魔を最優先でたたき落としている。

 それが何の魔力も感じられないまま、敵の攻撃らしきものに曝された。

「あれは!」

 艦橋の全員がモニターに釘付けになった。

 巨大なアームに、使い魔よりも小さなものが取り付いている。

 人だ――

 この戦場でそのような存在は、あまりにちっぽけだと感じさせられる光景だ。

 戦艦〈ヴラド・サード〉の第二アームに次々と人が取り付く。宇宙服を着ているとはいえ、生身の人間だ。そして取り付いたかと思うと、あっけない閃光を発して爆発してしまう。

「狂信者どもめ……」

 ゲオルゲが呟く。

 敵は信念に基づいて我が身を犠牲しているというよりは、どこなく自我のない只の操り人形のように見えた。

 爆発の一瞬前に、力のない目をした敵の顔を見たような錯覚すらゲオルゲは覚える。

 第二アームが一際大きな閃光を発した。

 虚空に肉片をまき散らし、第二アームに取り付いた敵が爆発していた。その敵は断末魔の叫びすら上げなかったように感じる。

 それは戦場に慣れた者でも、むしろ気味の悪い光景だった。

「やられたか……」

 閃光を発した後、淡い光を発しなくなった第二アームを見て、ゲオルゲは呟いた。


「やられたか? ゲオルゲ」

 モニターの向こうで呟くゲオルゲに、アレクセイが声を掛ける。

「ああ、すまん」

「気にするな! 使い魔の収容が先だ! いざとなったら〈グロズーヌイ〉の背後に付け!」

「中将! センサーが異常をキャッチしました! 第四アームです!」

「何? こっちも捨て身か!」

 アレクセイはモニターに目を向ける。〈グロズーヌイ〉の第四アームに、人影が見えた。

「脅かすな! 味方じゃねぇか!」

 アレクセイはその宇宙服が、自軍のものであることに胸を撫で下ろす。

 だが――

「いや、待て! 何の用だ? 俺は命令してないぞ! 呼び戻せ! 第四アームで何を――」

 その瞬間第四アームの先端で、大きな閃光が走った。それは敵の捨て身の攻撃と変わらない、まるで人が爆発したかのような閃光だ。

「破壊工作? 潜り込まれているのか!」

 アレクセイはとっさに第四アームの先端の水晶を確認する。幸い無事なようだ。

 だが更なる人影が続いた。第四アームの先端に向けて、自軍の宇宙服を着た兵が幾人か、爆弾らしきものを背負って漂って行く。

「まだいるのか? どうなってやがる! そう何回ももたないぞ!」

 アレクセイの苛立たしげな怒号が、艦内に響き渡った。


 金色の獅子の前にやっと障壁が展開された。それはしかし、迫りくる羽に対して、今までの魔法と全く違う角度で展開されている。

 今までの障壁が直角に迎え撃つ形なら、それは攻撃に対して斜めに構える形で現れた。

 その障壁が青い羽を弾いた。そう、その障壁は魔力で羽を相殺することもなければ、突き破られることもなかった。魔力で羽をそらしたのだ。

 羽は弾かれたように軌道を変える。

 鷹が獅子の狙いを悟った――そう思った。鷹の羽は軌道をそらされ、獅子の身を外し、あらぬ方に飛んで行くように見えたからだ。

 だが無駄な努力だ。鷹は瞬時にそうも思う。獅子の背後にはツバメが、今まさに弾丸のように突き刺さろうとしていたからだ。

 しかし次の瞬間、鷹は目を見張る。

 もう一つの障壁が、鷹の羽の行く手に現れた。それはやはり角度を付けて現れている。

 そして羽はもう一度軌道を変える。

 ツバメは己の体を貫いた青い閃光に、一瞬何が起こったのか分からなかった。

 獅子の呼び出した魔法の障壁に、二度コースを変えられた羽が、己を貫いたと分かったのは、自身の体が予期せぬ錐揉みを始めた時だった。

 軌道が変わってしまったツバメは、獅子の脇を通り抜ける。それは獅子の翼の上だ。

 獅子がとっさに羽を上げた。己の体をかすめる金属質のツバメを、力の限りその羽で下から打ち付ける。

 全身に走る鈍い痛みとともに、ツバメの軌道が変わる。それは鷹の目の前だ

 鷹は辛うじて飛び立ち、ツバメの弾丸から身をかわした。

 代わりにツバメを食らったのは、やっと追い付いた人の肌のイカだった。

 イカは赤い血とも、イカスミともとれる靄を吹き出して、ツバメが空けた穴を曝しながら後方に吹き飛んで行く。

 鷹はもう一度舞い降りて、獅子に攻撃を仕掛けようと身構えた。

 だが駆ける艦の上での攻防は、この鷹を随分と味方の艦隊から引き離していた。

 深追いは禁物と見たのか鷹は、身を翻す。

 軽連撃艦〈シャクシャイン〉は、満身創痍の観で、敵陣の強攻突破に成功した。


「使い魔を差し向けろ! アームに近付く奴は、誰であろうと容赦するな! 排除しろ!」

 〈グロズーヌイ〉の艦橋で、アレクセイが怒りに任せてまくしたてる。

「中将! 左舷にこちらに迫る艦あり! 僚艦です! 〈シャクシャイン〉です!」

 怒鳴り散らす中将に、下士官から更なる報がもたらされた。

「何? バカ言え! 敵陣の真ん中突っ切ってきたってのか?」

「識別ビーコンは確かに〈シャクシャイン〉ですが、応答がありません!」

「〈シャクシャイン〉で間違いないだろ! 呼び掛け続けろ!」

 左舷方向から現れた艦は、偵察部隊の救援に向かわせた〈シャクシャイン〉としか考えられない。艦影も識別ビーコンも、間違いなく〈シャクシャイン〉のものだ。

 だが敵が陣容を拡げる中を、単機で突き抜けてくる理由がアレクセイには分からない。

「ええい。ゲリラ攻撃だけでも、ややこしいってのに」

 第四アーム付近では、味方の使い魔が破壊工作員と思しき人物を排除しようと、急旋回をしていた。

「くそっ! アームの防御が最優先だ! 左舷方向からの艦は――」

 その艦に乗っているかもしれない、二人の曹長の顔がアレクセイの脳裏に一瞬浮かんだ。

 退屈させない奴らだと、アレクセイは内心毒づきながら、

「撃ってきたら撃ち返せ! ぶつけてきそうなら、俺に回せ! 使い魔で叩き落としてやる!」

 容赦ない命令を下した。


 艦隊の左舷に現れた艦は、〈ヴラド・サード〉でも同様に確認された。

「味方です。軽連撃艦〈シャクシャイン〉です」

「どういうことだ…… 何故あのような危険な真似を……」

 ゲオルゲは〈シャクシャイン〉の姿とその行動に、誰よりも安堵と不安を覚える。

「〈シャクシャイン〉。こちらの呼び掛けに応じません」

「そうか……」

 艦内に緊張が走る。こちらの呼び掛けに応じない艦。機械的な故障でなければ、乗っ取られている可能性すらある。

 〈シャクシャイン〉は敵艦隊と交戦しながらこちらに向かってくる。だが芝居である可能性も捨て切れない。

 現に今、僚艦〈グロズーヌイ〉は、内部に入り込まれた破壊工作員に、手を煩わされている。

「撃ってきたら撃ち返せ! ぶつけてきそうなら、俺に回せ! 使い魔で叩き落としてやる!」

 アレクセイの怒号が、モニター越しに〈ヴラド・サード〉にも伝えられた。

「アレクセイ……」

「ゲオルゲ、左は俺の管轄だ。あの艦が俺より左で敵対行動をとるのなら――命令通りだ。悪く思うなよ」

「ああ……」

「〈シャクシャイン〉小型艇を射出。先行して近付いてきます」

「そうか……」

 誰はばかることなく、ゲオルゲは安堵の息を漏らしてしまった。

 〈シャクシャイン〉は少なくとも敵対行動はとらないようだ。だが罠とも限らない。

 本当ならまだ油断できない状況だ。そして本来の中将なら、それは漏らさないはずの態度だったはずだ。

 ゲオルゲはすぐに内心しまったと思ったが、部下は気にしてはいないようだ。

 冷血中将と呼ばれる程の男の、時折見せるこういう態度に部下がついてきていることは、本人だけが気付いていなかった。

「小型艇から通信入りました!」

「繋げ!」

「はっ!」

 ゲオルゲの命令と同時に、通信担当の士官がメインモニターに小型艇からの映像を映し出す。

「こちら第十七艦隊所属――軽連撃艦〈シャクシャイン〉。全艦早急に注意されたし!」

 通信が繋がるや否や、艇の中の士官が慌ただしくも口を開く。

 ゲオルゲはその画面の端に映る娘の姿には、気を取られまいと意識して通信に耳を傾けた。

「〈シャクシャイン〉は虚の襲撃を受けた! 繰り返す! 〈シャクシャイン〉は虚の襲撃を受けた!」

「何!」

 ゲオルゲ以下、〈ヴラド・サード〉の艦橋にいた者全員に戦慄が走る。〈グロズーヌイ〉でも同様の声が上がったのが、モニター越しに伝わってきた。

 虚――

 いにしえの禁忌魔法。それは我が身で体験するとは、誰もが思いもよらない名前だ。

「我が艦隊に虚が入り込んでいる可能性あり! 全艦に注意を促されたし! 繰り返す――」


「全艦隊に緊急通達! 艦隊内に虚あり! 艦の空気圧を限界まで下げ、これを発見次第排除せよ!」

 ゲオルゲは対虚の、訓練でしか行ったことのない緊急対策を発動する。

 虚は皮でできた袋状のもの。一定の圧力の下では、人間の形を保つことができないことが知られている。

 周りの空気圧を下げることで、高地に持ち込んだ風船のように虚は膨れ上がる。

 これを利用して、虚を見つけ出そうというのだ。

「はっ! 全艦隊に通達! 艦隊に――」

 ゲオルゲの命令は即時に復唱され、全艦隊に通達された。

 だが――

「艦内で爆発多数! 出力系及び砲台多数損傷!」

「僚艦よりも入電多数! 内部での爆発あり、詳細追って連絡す――とのことです!」

 艦内統制及び通信担当の士官が、全艦隊規模で起こった内部での爆発を報告した。

「爆発は虚の仕業か? これだけの数に、入り込まれていたのか? 虚を放ったのは――」

 味方か――

 ゲオルゲは最後の言葉を己の内に呑み込んで、その状況に戦慄した。


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