悲しみから始まった愛
私は雪乃、35歳。旦那は、広大、42歳。結婚7年目で、平凡に、暮らしていた。子ども3人に恵まれて、幸せだった。
旦那の広大は、会社の健康診断を受けた。結果は、1ケ月後にわかるとのこと。もう、忘れかけていた頃に、その通知は、きた。胃がんの疑いがあるので、再検査が、必要と、書かれていた。
病院で、胃カメラの検査を受けた。その結果が、衝撃的なものだった。末期の胃がんとせんこくされたのだ。広大は、ショックを隠しきれなかった。妻の雪乃に、どう、話したらいいのか、わからなかった。子どもたちのことも、すぐ、頭に浮かんだ。
とにかく、どうやって、家にたどり着いたか、わからないくらいだった。
雪乃は、広大に、「胃カメラの結果、どうだったの?」広大は、2人の部屋に雪乃を連れていき、「末期の胃がんだって、医者に言われた。」と、答えた。雪乃は、血の気が、ひいていくのを感じていた。広大は、雪乃に、「気をしっかりもってくれ。」と、頼んだ。雪乃は、嗚咽した。子供達には、伝えないことに、2人で、話し合った。
余命3ヶ月と言われたのが、広大は、信じられなかった。その間、雪乃と子供達との、思い出作りをしようと、思っていた。
顔には出さなくても、パパが、元気がない様子が、子供達に、伝わっていた。雪乃は、精一杯、笑顔を作って、子供達にも、広大にも、接していた。
まだ、子供達は、小さかった。6才、4才、2才だった。
広大は、陰で、男泣きしていた。残りの時間、家族で、幸せな時を刻みたいとおもっていたのだ。
広大は、だんだん食欲がなくなってきて、痩せていった。弱ってきていた。雪乃は、とても、心配していた。なんとか、ならないものかと思っていた。
1ヶ月、2ヶ月のうちは、家族で、ドライブしたり、温泉に行ったり、食事に出かけたり、できていたのだが、3ヶ月目になり、入院することになった。雪乃は、毎日の様に、病院に、通いつめて、看病した。広大を、励まし続けた。
それから、間もなくして、広大は、亡くなった。子供達は、まだ、パパが、いなくなったことに、ピンと、きていなかった。雪乃は、泣き崩れていたが、子どもたちがいるので、気を取り直して、毅然とした。自分が、しっかりしなければいけない、と、思っていた。
そして、1週間後、お葬式が、とりおこなわれた。そこには、会社の上司や同僚、後輩たちが、たくさん来ていた。いろいろと、手伝ってもくれた。雪乃は、心強かった。
広大は、会社の仲間、みんなに、好かれていたのだ。人徳があったのだ。
とりわけ、広大の、後輩にあたる、努は、雪乃のことを、とても、気遣ってくれた。弱気になっている、雪乃を、支えてくれたのだ。子供達の面倒も、よく見てくれていた。雪乃は、ありがたかった。どんなに、お礼を言ってもたりなかった。
努は、とても、人懐っこい性格をしていた。
子供達も、すぐに、なついた。
努は、お葬式が、終わっても、毎日の様に、広大の自宅に、寄って、お線香を、あげてくれたのだ。
努が、毎日きてくれる様になって、雪乃も、子供達3人も、だんだん、明るくなっていった。夕食も、共にする様になっていった。
雪乃は、こんな日がずっと、続いてくれたらいいな、と、思っていた。努も、家庭の温かみを、味わっていた。
でも、雪乃は、こんなことは、長くは続かないだろう、と、思うようになっていた。自分は、3人の子供の母親として、もっと、しっかりしなければいけないと、思っていたのだ。
そんな時、努が、海外出張で、1ヶ月、日本を離れることになったのだ。
雪乃は、それを聞いて、とても寂しかった。
努も、寂しくなっていた。
出発の前日、また、雪乃と子供達と努と5人で食事をとった。これで、しばらく、会えなくなるのだなと、雪乃は、悲しくなっていた。子供達も、泣いていた。そんな4人を、努は、輪になって、抱きしめた。
雪乃に、努は、言った。「1ヶ月したら、戻ってくるから、待っててほしい。」雪乃は、複雑な気持ちを持っていたが、努のその言葉は、素直に、嬉しかった。「ありがとう。」そう、雪乃は、言った。
もし、努の、支えがなかったら、雪乃は、どうなってたか、わからなかった。努の愛の深さに、雪乃は、包まれていた。




