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【第一章完結】異世界からの言葉  作者: クサフグ侍
第1章 異世界のライバル

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9.どこも人手不足

 岳人に、その組織に参加するのかと聞かれた俺は一拍間を置き答える。


「いや、榊原は別に組織に入れとは言わなかった。むしろ、それは君の自由だって言ってた。正式に所属してもいいし、外部協力者として手を貸してくれてもいい。形は問わない、と。どういう形であれ、助力をもらえたらありがたい。それが彼の言葉だった」


「ほう、スカウトが目的じゃなかったのか」


 岳人は顎に手を当てて考え込む。


「それにしては妙だな。正式に入れておいた方が、お前の力を使いやすいだろ。利用するにも、管理するにも。外部のままじゃ不安定で扱いにくいはずだ。普通の組織なら、囲い込みに走るところだろう」


「俺もそう思った」


 健一は頷きながら杯を口に運んだ。


「けど、榊原の話では『縁』が重要なんだそうだ」


「縁?」


 岳人が首を傾げる。


「彼の言葉を借りるなら、『縁』こそが特異事象の鍵だそうだ。俺と葵たちが日記アプリを通じて繋がったように、不可解な現象ってのは、偶然じゃなく何らかの縁が関係してる可能性が高いんだと。だから力の強さより、どんな縁で繋がってる人間なのかが大事らしい」


 岳人は感心したように唸った。


「つまり、組織のルールや肩書きじゃなく、超常現象との縁に意味があるってことか」


「そう。榊原は縁を無理に支配した瞬間、それは暴れるとも言っていた。だから無理に取り込むような真似はしない。必要な時に手を貸してくれる関係で十分なんだと」


「なるほどなあ」


 岳人は杯を持ち上げ、軽く笑った。


「ちょっと信じられないくらい穏当な話だな。秘密組織って聞くと、もっと強引に引きずり込まれそうなもんだが」


「俺もそう思った。けど、榊原の話を聞いてるうちに、あの人なりの筋が通ってる気がしたんだ」


 二人の杯が再び軽く触れ合い、静かな音を立てた。料理の温もりと酒の香りの中で、月の盃という名の店が、その夜だけは不思議なほど居心地の良い場所に感じられた。


「榊原の話を聞いててさ、あの異世界転移ってのが特別な例じゃないらしいんだ」


 健一は湯気の上がる煮物を箸でつつきながら言った。


「実際に起きてる超常的な事件は他にも山ほどあるらしい。異世界、宇宙人、超能力、魔法使い。神々もいれば妖怪も、悪魔や天変地異みたいなものまで。創作や虚言が大半だけど、中には本当に『ある』ものもあるらしい」


 岳人は呆れたように息を吐いて、首を振った。


「とんでもない話だな。この世界は、自分が思ってるほど単純じゃなかったってことか」


「そうだろうな。ただ、榊原が言うには、そういう『縁』を持つ人間はごくわずかなんだ。俺みたいに巻き込まれる例なんて、ほとんど奇跡に近い。大多数の人間は縁が無くて、関係のないまま一生を終えるらしい」


「つまり特調の連中は、その『少数の例外』を救うのが仕事ってわけか」


「そういうことだ」


 健一が頷いた。


「例えば、幽霊に遭遇した人間は、その後も幽霊絡みの現象に遭いやすくなる。妖怪を知った人間は、また別の妖怪に出くわす。意図的じゃなくても、それが縁なんだってさ」


「じゃあ、お前の縁は異世界絡みか」


「だろうな」


 健一が苦笑した。


「榊原は、それで十分だって言ってた。俺は俺の縁を通じて関わればいい。特調には対象が多すぎて全てに手が回らないらしい。だからこそ、経験がある人間の協力が本気で欲しいみたいだった」


 その言葉に岳人が低く笑った。


「どこの世界も人手不足ってことか」


「その通り。有能な人間ほど縁が重なって、結局まともな生活ができなくなるらしい。榊原自身もたぶんそうなんだと思う。複数の縁を抱えて、毎日穴埋めに走り回ってるのが目に浮かぶ」


 岳人はしみじみと頷き、盃を揺らした。


「どんだけ苦労してるんだろうな。その人、絶対胃に穴が開いてる」


 健一も苦笑しながら杯を合わせた。


「たぶんな。だからこそ、俺に『組織に入れ』じゃなく『外から手を貸してくれ』って言ったんだと思う。内部に入れば、複数の縁に触れることになる。下手すれば、もう戻ってこれなくなる」


「なるほど、最前線の現場を知る人間の優しさか」


「そう感じたよ。多分、榊原の上は違う考えを持ってるだろうけどな。上層部は数字や方針で動くけど、現場は違う。あの人は人として接してくれた」


 二人は黙って盃を傾けた。料理の香りと酒の熱がじんわりと広がる中、軽い同情と感謝の入り混じったため息が、静かな夜の店内に溶けていった。


 健一は盃を置き、少し間を置いてから言葉をつないだ。


「なのでっていうかさ。今まで生きてきた世界が、それまで見えていたのとは全然違う顔を持ってるってことだよ。俺にとっては、まるで別の世界になったみたいなもんだ」


「『縁』の影響がどれくらいの規模で、どんな頻度で起きるものかはわからない。人によって差が大きいらしいしな。でも、事実として俺のスマホにはまだ日記アプリがあるし、真法も使える。部屋にはヴァル爺にもらった守り石もある。あれだってきっと『縁』の一部なんだ」


 岳人は少し眉をひそめ、難しい顔を見せた。


「ってことは。日常は、ちょっと遠くなったってことか。潤の件で『日常生活に戻ることを最優先』にしてたのも、その影響を考えての判断だったんだな」


「そういうことだろうな。潤と三浦さんの場合、日記アプリは消えてる。経験と記憶は残っても、俺よりはまだマシだろう。戻せるなら戻す。それが関係者の共通判断だったんだと思う」


 岳人は杯を回しながら視線を上げた。


「じゃあ、これからどうするんだ?会社は?」


「榊原たちとの関係次第だな。結局、仕事として成り立たないと生活できんし」


 健一は笑いを交えながら答えた。


「異世界、とくに日記アプリ絡みは他にも被害者がいるだろうってのは、中華屋で話したときにも出た話だしな」


 岳人が頷く。


「『縁』が導くなら、困ってる人を助けてみたいと思ってる。俺が葵さんに助けられたようにな。たぶん、あの関係性はすごく稀だったんだと思う。葵さんじゃなければ、こんな結果にはならなかった」


 岳人は小さく笑って、横目でこちらを見た。


「まあ、葵嬢ちゃんはな。でも潤たちみたいに日記アプリがあっても、繋がりが途切れるパターンのほうが圧倒的に多いだろうな」


「そうだろうな。だからこそ、少しでもサポートできないかなと思ったんだ」


 岳人は杯を置き、少し間を置いてから言った。



「となると、会社は難しいか。退職か?」


「そうなると思う」


 健一ははっきりと言った。


「迷惑かけて悪いけど、戻っても『縁』が次の事件を呼ぶかもしれない。それなら、自分から望む方向へ進もうと思う」


盃を合わせる音が静かな店内に響いた。二人の間には、酒と料理と、それ以上に重い決意が置かれていた。




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