6.相談相手
部活を終えて帰宅した俺は、いつものように母さんに軽く挨拶して自室に入った。
冷房が効いた部屋で着替えを済ませてベッドに転がるけど、どうにも落ち着かない。
創作なら、それでいい。本当にどっかの誰かが現実逃避で日記を書いてるだけかもしれない。
でも、もし万が一、本当だったら?
異世界だの襲撃だの、まさか現実にそんなことが起きているのか?
現実的じゃないなと自分に言い聞かせていたけど、あの日記からの印象は真実味を感じている。
一人でぐるぐる考えてても答えなんて出ない。将棋の研究だって相手がいて、初めて試行錯誤が深まる。知恵や発想は、反応し合って広がっていくもんだ。
自然と、相談相手が頭に浮かんだ。
高橋真美。 隣の家に住む、俺の幼馴染的な友人。
窓を開けて、手を伸ばせば届くぐらい近い距離だ。たとえどんな突拍子もない話でも、真美なら絶対に「意味わかんない」と切り捨てたりはしない。
だけど、だ。あまりにも危なっかしい話を無責任に持ち込むのもどうかと思う。
もし相手が本当に助けを求めてたとしても、そこまでの覚悟が俺にあるのか?
それに、ネット越しの見知らぬ相手に命をかける義理もないし、真美の身を巻き込むつもりは、なおさらない。
だから、まずは調査だ。前回は詐欺アプリや情報抜きのリスクしか考えなかったが、今度は「もしこれが本物で何者かが本当に通信している」場合も視野に入れて、さらに詳しく調べてみる。
パソコンを立ち上げ、ブラウザで「インストール不要 謎の日記アプリ」「異世界日記アプリ 本物」「日記アプリ 実話 体験談」なんか色々キーワードを入れて検索していく。
アプリのアイコンの特徴、表示内容、挙動。少しでもヒントが無いか、気合いを入れて探していく。
もし、どこかで「危険がある」と警告されていれば、絶対にそれ以上は近づくべきじゃない。逆に、似たような体験談や、解決済みとしてまとまっている記事がないかも重要なポイントだった。
部屋の窓からは、うっすら真美の部屋の明かりが漏れて見える。まるで何かを決意する瞬間みたいに、俺は画面と向き合った。
検索ウィンドウを何度も開いて閉じて、情報を探す手は止まらない。それでも、関係ありそうな話は見つからない。
前に読んだあの掲示板も、どうやら過去ログ落ちしたのか見当たらず、ログを漁るには会員登録が必要らしい。「これは要検討かな」とメモを取る。
ブログのリンクがいくつか出てきたが、ページ自体が削除済みで、情報にはたどり着けなかった。
「うーむ、結局、何もわかんねえ」
椅子にもたれて天井を仰ぐ。このまま独りで悩んでても埒があかない。
やっぱ、真美だ。
俺は窓際に立ち、ガラリと窓を開ける。手を伸ばせば触れるくらいの距離に、向かいの窓、真美の部屋が見える。拳で軽くノックすると、すぐにカーテンが揺れて真美が顔を出した。
「なにー?」
軽い調子で答えるその声に、一瞬だけ迷った。
「ちょっと相談したいことあるんだけど、部屋こない?」
ストレートに伝えた。 真美は軽い調子で返事を返してきた。
「はーい、じゃあ玄関からちゃんと行くね!」
軽い調子で返事して、見慣れたスマホ片手に窓から姿を消す。
しばらくして、リビングを通る足音と「お邪魔します!」という元気な声がドアの外から聞こえた。
俺は深呼吸して、部屋のドアを開けた。真美は普段通りの笑顔で、俺の部屋に入ってきた。
この相談で何が変わるか分からないけど、やっぱり人と話すのが一番だ。そんな確信だけはあった。
どう話し始めるか迷ったが、真美が部屋のベッドに座るのを待ってから、俺は口を開いた。
「ちょっと、変な話するけどさ」
スマホを取り出し、画面のアイコンを見せながら説明する。
「最近、スマホに変なアプリが勝手に入ってたんだ。日記アプリでさ、入れた覚えはまるで無いんだけど」
真美は首をかしげる。
「え、勝手に?」
「うん。試しに開いてみたら、誰かの書いた日記っぽいものが勝手に表示されるんだ。俺のアカウントじゃないし、相手が誰なのかも全然分からない」
「誰かわかんないの?そういう設定?怪談は苦手だよ」
「設定も何も、ただ日記のリストだけ。しかも毎日ってわけじゃ無いけど、内容が増えていく。俺は何も書いてなくて、ただその相手の日記が勝手に届く感じ」
真美は苦笑している。
「それ、めっちゃホラーっぽいじゃん」
確かに、知らない誰かの日記が勝手に更新されてくのは、普通なら怖いかも。
俺は思わず机の上のアプリ画面を見下ろしながら話す。
「それでさ、その日記の内容がちょっと、気になってて。日記の相手、なんか異世界に飛ばされたっぽいんだ。最初はふざけたテンションで『異世界きたー!』って言っててさ。でも今は、襲撃があったり集落で大変な目に遭ったりしてるみたいで」
「うわ、それ小説みたい」
「そう、創作なら別に問題ないんだけど、もし本当に異世界転移みたいな変なことに巻き込まれてる誰かだったらと考えちゃってさ。どうするべきか、悩んでる」
俺の言葉に真美は眉を寄せて、しばらく黙った。
非現実的だと言い切るのも簡単だけど、もし万が一があるなら。その時、どう行動するべきなのか。そんなことを、俺は真美の前だから素直に打ち明けることができた。
真美はベッドの上で身を乗り出して俺に手を伸ばした。
「その日記アプリ、ちょっと見せて」
俺は素直にスマホを差し出し、本のマークがついたアイコンをタップする。画面には、馴染みになった日記アプリのトップが表示された。
「ほら、これ」
真美の顔がスマホの画面を覗き込む。でも、その表情が次第に曇っていく。
やがて真美は俺に向き直る。
「ねえ、何も見えないけど?」
と、小さく首をかしげた。
「え?」
慌てて画面を確認すると、そこにはいつもの「日記アプリ」のアイコンと、日記リストがしっかり表示されている。でも、真美からは見えていないらしい。
「え〜これは、真司が私を部屋に呼ぶための作り話だった〜!みたいなオチ?」
真美が冗談っぽく口にしたけど、俺が本気で驚いている様子を見て、彼女も顔色を変える。
「いや、マジで。ちゃんと表示されてるのに」
真美に見えていない。それが逆に日記アプリの異常さを確信させた。まさか、人によって見える・見えないがあるアプリなんて普通じゃない。これ、本当に危険なやつかもしれない。
空気が重くなって、俺はつい「やっぱり、冗談ってことにしとくか」と誤魔化す事を考えたけど、その逡巡を見た真美が言う。
「本当なのね?その、日記アプリ」
と、真美がまっすぐに尋ねてきた。その真剣さに、俺は言葉を失った。
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