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【第一章完結】異世界からの言葉  作者: クサフグ侍
第1章 異世界のライバル

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3.ありがとう

 円卓に両手を置き、俺は一度深呼吸をしてから口を開いた。


「改めて、ありがとう。俺がこうして今ここに座っていられるのは、みんなのおかげだ。特に葵さんと彩花さん、君達は知らんおっさんに深入りせず、距離を取ることだって出来たはずだ。それでも手を差し伸べてくれた。本当に感謝してる」


 そう言うと、岳人がニヤリと笑って両腕を組んだ。


「何言ってんだよ。同期のよしみだろうが。困った時に助けるのなんて当たり前だ」


 その横で千智も口をそろえる。


「うん、私も同じ。おじさんを放ってなんか置けないよ」


 その流れで、葵と彩花も視線を交わし合い、小さく頷きながら言ってくれた。


「私たちだって、知ってしまったなら助けなきゃって当たり前に思えたんです」


「そうです。困ってる人が目の前にいたなら、そうするしかないって感じです」


 胸の奥が熱くなる。思わず葵の方に目を向け、少し声を落として言った。


「とくに、葵さん。あのとき、いきなり知らない場所に放り込まれて、どうすることも出来なかった。そんな時に、君の親身な一言ひとことがどれだけ支えになったか。本当に感謝してる、ありがとう」


 葵は一瞬きょとんとした後、むず痒そうに視線を逸らして頭を振った。


「え、えっと。そんな大したこと言った覚え、ないんだけど。私、ほとんど何も出来なかったし」


 そこで俺は首を横に振り、言葉を重ねた。


「いや、違うんだ。励ましの言葉って、状況次第じゃ命綱になる。あれがあったから踏ん張れた。だからこそ、ありがとうだ」


 どう返していいか困った顔で葵が口を開きかけたその瞬間、岳人がパンッと手を叩いた。


「よし! 感謝大会はこれくらいで十分だろ。飯にするぞ、飯! 今日は祝いだからな!」


 そう言って自分で店員を呼び、メニューを片っ端から指差していく。


「北京ダックにフカヒレに海老チリ、それから餃子十人前! 紹興酒もいっとくか!」


「ちょ、ちょっと岳人さん!? いくらなんでも頼みすぎじゃ!」


「これ全部来たら食べきれないよ!」


 千智も葵も彩花も慌てて制止しようとするけど、岳人は聞く耳持たずに豪快に注文を続ける。

 その姿に、俺は苦笑いしながら肩をすくめた。やっぱり、こういう場の司会進行は岳人に任せるのが一番らしい。


 円卓の上に次から次へと料理が並べられていく。熱気で曇った皿の縁から湯気が立ち昇り、香辛料の匂いが食欲を刺激してきた。

 岳人と千智の親子が、まるで底なしの胃袋みたいに箸を動かしていくのは、昔からの光景だ。

 しかも今日は葵と彩花の高校生コンビも加わって、若さに任せた勢いでどんどん平らげていく。

 気付けば、一番ゆっくり食べているのは俺かもしれなかった。


「なあ岳人、潤くんのことなんだけどさ」


 口をつけかけた春巻きを皿に戻し、俺は少し真面目な声で切り出した。

 髙橋潤。俺と同じように異世界に飛ばされ、けれど運よく親切な夫婦に拾われて暮らしていた少年。

 葵たちに聞かされてから合流して、一緒に帰還を果たした子供だ。

 俺が半月ほど行方不明だったとはいえ、大の大人だったから届出すら出ず、会社以外への影響はほとんどなかった。その分、後の処理は多少マシに済んだ。


 だが、潤は違う。子供がいなくなったとなれば話は別だ。すぐに捜索願が出るし、親も周囲も大騒ぎだったはず。

 帰ってきてからのあれこれも、俺とは比べ物にならないくらい大変だっただろう。

 問いかけに、岳人は一呼吸置いてからグラスを置いた。


「意外にな、スンナリ済んだんだよ」


「スンナリ?」


「ああ。潤を家族のもとに返すことを、誰もが最優先にしたみたいだ。警察も学校関係も、細かいことは後回し。まずは日常の生活を取り戻すって形で通った。

 だから手続きも驚くほどスムーズに進んだな。まあ、後で話を聞くこともあるだろうと釘は刺されたけどな」


 豪快な岳人が少しばかり拍子抜けしたように言う。その表情に、本当に肩透かしを食らった感じが滲んでいた。

 箸を止めて聞いていた千智が、あっさりとした調子で言葉を挟む。


「でも、簡単に済んだなら良いことじゃない? 潤くんだって、余計なゴタゴタで疲れちゃうより早く普段の生活に戻った方がいいでしょ」


「だな」


 岳人は微笑みを浮かべながら頷いた。そのやりとりを見て、俺もホッとした。


「そうだ、健一さん!」


 葵が箸を止めて、ぐっと身を乗り出してきた。


「真法って、使えるの?こっちでも?」


 その勢いに思わず苦笑するしかなかった。


「一応は使えるみたいだよ。でも役に立つってほどじゃない」


 そう答えながら、みんなの期待に押される形で軽く手を振った。空気が揺れて、全員の頬にかすかな風が触れる。いってしまえば扇風機の一番弱いモードにも届かないくらいのそよ風だった。

 次に指先に意識を集中させて、小さな光球を浮かべてみせる。だが昼間の個室では、豆電球どころかライターの火にも及ばない目立たない灯りにしか見えなかった。


「なんか地味?」


 葵が拍子抜けした顔でつぶやき、彩花も肩を落とした。


「こういう感じさ」


 俺は苦笑しつつも、言葉を続けた。


「役に立たない力でも、誰かの興味を惹いて面倒を招くかもしれない。だからあえて口にしないでいた方がいい」


 岳人が豪快に笑いながらうなずく。


「その通りだな。葵たちはもうちょっと慎重になった方がいい」


「うう、分かりました」


 葵は膨れたまま同意し、隣の彩花も苦笑いで頷いた。トラブルを招く必要は無い。

 無闇口外しない、他者に話さないと皆で決める。


 そのあとは自然な流れで、みんなに促されるまま異世界での出来事を話すことになった。俺が語り出すたびに、驚きや感嘆が飛び交う。

 高原と湖の青さ、とてつもなく巨大な山脈。見渡す限り果てのない大草原。夜、空を見上げた時に月が二つあると気づいた瞬間のぞくぞくする驚き。

 初めて白竜アルビオルを目にしたときは言葉を失ったし、その後に会話が通じたときの衝撃はまた別次元だった。


 異変に巻き込まれて気絶し、目を覚ましたら大草原がすべて消え、どこまでも黒い森になっていたあの光景は思い出しても寒気がする。

 一方でアルビオルに乗って空を旅した時の興奮は、何者にも代えがたいものだった。潤を迎えに行き、森の民の夫婦と語り合った夜も忘れられない。彼らの耳や雰囲気はまさにファンタジーのエルフそのものだった。

 もちろん危ない目にも遭遇した。黒い獣に囲まれたとき、アルビオルとヴァル爺が追い散らしてくれなければどうなっていたかわからない。さらには黒竜が姿を現し、目の前でアルビオルと空を舞いながら繰り広げられた壮絶な戦い。


 岳人が腕を組みながら低く唸る。


「おいおい、聞いてたよりよっぽど大変じゃないか。危険な目にだって何度も遭ってたんだな」


 その反応に、俺は苦笑しながら頷いた。確かに命を落とす一歩手前の場面もあったけど、こうして今ここに戻ってきているのは結局、あの世界で出会った仲間や、この世界で支えてくれた人たちのおかげなのだ。





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