25.健一の選択
健一は、胸の奥に浮かんだ青木拓也 の姿を強く意識して、意思を送ってみた。
「大平原だった場所に、今も一人の少年がいる。こっちの仲間たちは心配して、なんとか助けたいと思ってるんだ」
石から返ってくるヴァル爺の感覚は、即座に反応した。
まず、黒い森と黒い獣の危険性が、はっきりと伝わってくる。
森の民や平原の民、元からその土地に根を張っていた種族や獣には、よほどのことがない限り手を出さない。
だが、それ以外の存在に対しては容赦がない。まるで世界から排除するかのように、徹底的に攻撃を続ける。
伝わるイメージに、記憶の断片がよみがえる。
森の民の夫婦に保護された潤を狙う黒い獣と、潤を守る森の獣達。
そして、健一自身も黒い獣や黒竜に狙われていた、あの瞬間。
「異変を起こした半島の民を主な標的としてるんだろうが、俺たちみたいな『よそ者』も同じ扱いだった。あの獣たちは、明らかに異物を排除しようとしてた」
ヴァル爺の意思には、警告の色が濃く滲んでいる。
「黒い森の中は、今やすでに危険地帯だ。集落があった場所も、そこに飲み込まれているなら、なおさらだ」
胸が締め付けられる思いだった。
青木拓也が今、どこでどうしているのか。
そんな状態の世界で、何を思って日記を綴っているのか。
「なんとか、なにか道を探さないと」
健一は石を握りしめながら、向こうの世界とこちらの世界、その狭間を埋める方法を必死で考え始めた。
健一は、強く願うように胸の奥で念じた。
「助けたい。あの子を、なんとか助ける方法はないか。俺が帰ってきたときと同じ、あの扉をもう一度は?」
頭の中に、揺らめく光の向こうに広がる帰還の扉を鮮明にイメージする。
だが、即座に返ってきたのは、はっきりとした否定の意思だった。
ヴァル爺の感覚が、静かだが断固として伝わってくる。
「今は無理なのか。世界の『揺らぎ』が、あのときよりずっと小さくなっていると。同じ扉は、もう開けられないか」
胸の奥がずしんと重くなる。
せっかく繋がった希望の糸が、また切れてしまうのか。
落胆が広がる中、ヴァル爺の意思が「だが」と付け加わるように続いた。
「双方の世界に『縁』を持つ俺なら、可能性はある?俺自身を要とした扉ならば、世界を渡れるかもしれないって」
思わずフリーズしてしまう。
「それって?」
一瞬、言葉の意味が飲み込めず、絶句した。
自分が、もう一度異世界へ行くって事か?
今度は、自らの意思で、あの高原と森と黒竜の世界へ?
帰還して半月しか経過してない部屋で、石を握りしめた手が震える。
喜びでも恐怖でもない、ただただ予想外の重みがのしかかってきた。
健一の胸の奥で渦巻く驚きと戸惑いは、そのままヴァル爺に届いていただろう。
石から返ってくる気配は、ただ静かに待っていてくれるような穏やかさだった。急かすでも、答えを強いるでもない。ただ、「考えてみろ」と寄り添うような優しさ。
少しずつ呼吸を整えながら、俺は頭を冷やしていく。
自分が、もう一度異世界へ行く。シンプルに考えれば、それだけだ。
向こうに行って青木拓也と合流し、一緒に帰ってくる。それだけのはず。
でも、現実はそう甘くない。
まず、青木と会えるのか。黒い森のど真ん中で、何をしているのかも分からない相手だ。
会えたとしても、本当に帰還を望むのか。日記で「帰れない」と繰り返すあいつの本心を、直接確かめられる保証はない。
それでも、胸の奥で引っかかる思いがあった。
直接会って、意思を確認できるなら。
あいつは何か抱え込んでいる。何かを一人で背負って、「家族に知らせない方がいい」と決め込んでいる。
それを確かめなければ、前に進めない。中途半端に投げ出して、「仕方ない」で終わらせるのは、違う気がした。
かつての自分が、葵の言葉に救われたように。 あいつにも、そんな誰かが必要なんじゃないか。
石を握る手に力がこもり、ゆっくりと意思を送ってみる。
「分かった。考えてみる」
ヴァル爺の気配が、ほんの少し温かみを増した気がした。
光が静かに収まり、守り石は再びただの石に戻った。
そっと棚に置いてから、俺は小さく苦笑した。
「みんなに相談か。反応が怖いな」
葵あたりは「え、私も行く!」って飛びついてきたらどうしよう。岳人は「無茶すんな」と腕組みで睨んでくるかもしれない。千智や彩花は心配顔で止めるだろうし、真司たちは混乱するだろう。
榊原に至っては、即座に「リスク管理の観点から」とか言い出して分析を始めるに違いない。
でも、もう迷いはなかった。
異世界に再訪する。自分で直接、青木拓也に会いに行って、本人の意思を確認する。
不思議なほどに、その覚悟が胸の中で固まっていた。
今回は誰かに強制されるわけでも、突然放り込まれるわけでもない。
自分の意思で、ちゃんと準備をして向かえる。 持ち物、日記アプリの活用法、ヴァル爺たちとの連絡方法。何を用意すべきか、それも含めて早めにみんなと相談しよう。
「よし」
小さくつぶやいて、スマホを手に取る。
LINEグループの画面が開き、新たなメッセージを打ち込む指に、迷いはもうなかった。
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