22.合流
真司の目が、少しだけ輝きを取り戻した。
異世界に飛ばされて、無事に日本に帰還できた人間の存在が、彼にとっては大きな希望になったのだろう。
「青木拓也は帰れないって書いてたけど、目の前に帰ってきた前例がいるんだもんな」
真司がつぶやきながら、スマホを握る手に力がこもる。
そんな真司の様子を横目に、葵がふと不思議そうに首を傾げた。
「ねえ、菱沼くんたちの日記アプリって、時差がないんだね」
「時差?」
真美が即座に聞き返す。
葵は大きく頷いて、身を乗り出した。
「うん。私と健一さんのときは、結構ありました。私の書いた文章が健一さんに届くのに2日かかったり、逆に健一さんの日記が私に届くのは半日前だったり」
「半日前?」
真司が眉を寄せる。
「そう。例えば、ある日に健一さんがあっちで夜に書いた日記は、私の朝にはもう届いてたんです。だから、私から見たら未来から来たメッセージみたいで、最初はめちゃくちゃ混乱しました」
真司と真美は、ぽかんとした顔で互いを見合わせる。
「そんなことが」
葵は調子に乗ったように、さらに続ける。
「もう一組のケースもそうだったよ。私と同い年くらいの女の子と、小学生の男の子。日本にいた女性は日記を書き込まなかったから時間差は不明だけど、異世界側の子供の日記は、日本の女性に1ヶ月以上前に届いてたんです。まさに未来の日記みたいな感じで」
「え、1ヶ月前?」
真美の声が上ずる。
「うん。だから、日記アプリの通信って、ペアごとにルールが違うみたい。私たちのときはタイムラグあり、真司くんたちはリアルタイムっぽいし、もう一組は凄く時差が出た。面白いよね」
そこから、アプリの細かい違いを洗い出していく。
書き込み回数はどのペアも1日1回程度が限界。アプリの見た目も微妙に違うらしい。
「共通してるのは、繋がるってことだけか」
俺がまとめると、真司がうなずいた。
「でも、時差がないってことは、やり取りが速く回る分、向こうの状況をリアルに伝えられるかも」
「そうだね。それを活かして、青木くんの今の気持ちや位置を詳しく聞こう」
葵が明るく締めくくる。
真司は、デザートの皿を片付けてもらったテーブルに視線を落としながら、ぽつぽつと感想を口にした。
「異世界のこと、日記アプリのこと。葵さん、健一さんに聞かせてもらって、本当にいろんなことが分かってきました。特に、超常現象に対応する政府の組織があるって聞いたときは、本当にびっくりしました。映画みたいな話だと思ってたのに」
真美も隣でうなずく。
「私も。まさか、そんな裏側がちゃんとあるなんて」
「そりゃ驚くよな」
俺は苦笑しながら相槌を打つ。
「俺も最初は信じられなかった。でも、現実なんだよ」
真司の視線が、少しだけ鋭くなる。
「あと、日記アプリの正体についての仮説も。スマホが付喪神になって、持ち主を助けるためにアプリを作った、って」
葵が笑って手を振る。
「あれは仮説だよ。でも、なんかロマンあるよね」
真司はまだ納得しきれない様子で、スマホを握りしめていた。
「それにしても、なんで僕と青木 がペアになったのか、とか誰でもいい相手じゃなかったのかな、って疑問がずっとあって」
そこに、俺は前置きを入れて切り込んだ。
「仮説だけどな。俺の考えだと、日記アプリの相手は誰でもいいわけじゃないと思う」
二人が顔を上げる。
「最低でも二つの条件があるんじゃないかと。一つは縁の繋がり。学校の同級生とか、近くにいた人間とか、何かしらの縁がないとペアにならない。もう一つは、所有者のスマホが付喪神化してる、ってこと。この二つが揃わないと、アプリ自体が生まれないんじゃないか」
葵が目を輝かせる。
「へえ、それいい線いってるかも。私と健一さんも、突然繋がったけど、後から考えたら不思議な縁があった気がするし」
「でさ」
俺は今日のやり取りを振り返りながら続ける。
「それぞれの日記アプリの違い。時差があったりなかったり、それは縁の強さとか、付喪神としての個体差が影響してるんじゃないか、って今日話してて思ったんだ」
真司が、ゆっくりとうなずく。
「縁の強さで、変わる。僕たちの場合、時差なしで繋がってるのは、お互いに面識があったから。縁が強いってこと?」
「可能性はあるな。2組目のケースは、近所の住人ってだけだったらしい。俺と葵さん毎日顔を見る通行人。君達は面識ある友人」
真美が感心したように息を吐く。
「スマホが、そんなふうに助けようとしてくれるなんて。不思議だけど、ちょっと嬉しいかも」
「妄想レベルでしかないけどな」
俺は肩をすくめて笑った。
「でも、少なくとも偶然じゃないって思うと、なんか納得できるだろ。何かしらの理由があるんだよ」
真司はスマホの画面を撫でるように見て、小さく微笑んだ。
その表情には、さっきまでの混乱が少しずつ整理されていく様子が浮かんでいた。
その後も話は途切れず続いた。
異世界の断片的な地理情報や、日記アプリについて、付喪神や縁の仮説まで、お互いが持っている知識を一つずつテーブルの上に並べていくような感覚だった。
こちらの仲間の話もした。
岳人や千智、彩花のこと。
それから、もともと俺の帰還のために使っていた連絡用のグループが、今は雑談と情報共有の場になっていること。
「もしよかったら、菱沼くんと真美さんも、そこに入ってくれない?」
葵がそう提案すると、真司と真美は顔を見合わせてから、少し照れくさそうに頷いた。
その場でスマホを取り出し、グループに招待する。
画面上に新しいアイコンが二つ増え、短い挨拶スタンプが飛び交った。
これでいつでも簡単に相談できるし、急な変化があった時にもすぐ連絡が取れる。
食事を挟んだとはいえ、かなり長い時間をここで過ごした。
飲み物のおかわりも飲み干したころ、ようやく区切りをつけることにする。
「じゃあ、今日はこのくらいにしておこうか」
俺が立ち上がると、真司と真美も慌てて席を立った。
「今日は本当にありがとうございました」
「いろいろ教えてもらって。心強かったです」
「こちらこそ。話してくれてありがとう」
葵も笑顔で頭を下げる。
「これからも、何かあったらすぐ連絡して。一人で抱え込まないこと、これ大事」
入口近くまで一緒に歩き、店の前で最後の挨拶を交わす。
「じゃあ、またグループで」
「はい。今後とも、よろしくお願いします」
それぞれが違う方向へ歩き出す。
横浜の昼下がりの街に、四人分の足音がばらばらに溶けていく。
けれどスマホの中では、新しく結ばれた縁が、確かに一つ増えていた。
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