21.返信内容
そして真司の話は、今日の日記に辿り着きます。
「問題は、今日の分です。『菱沼くん 、すまない。家族への連絡は止めようと思う。すでに連絡済みだったら、なんとか誤魔化してほしい。俺は日本に帰れない。ならば知らせない方が良いと考えた。菱沼くん には、引き続き知恵や調べ物で助力してほしいと思っている。迷惑をかけるが頼む』と、こんな内容でした」
真司は、テーブルの上で両手をぎゅっと握りしめる。
「どう返事をしたらいいのか分からなくて。本当に連絡しない方がいいのか、でも家族は心配してる筈です。一人で決めていいことじゃない気がして、悩んでます」
「一人で決めなくていいよ」
葵がすっと口を開いた。
「そんな重いこと、一人に背負わせる話じゃない。相談して決めよ」
俺も頷く。
「そうだな。今ここで、一緒に考えればいい」
少し間を置いて、具体的な話に入る。
「まず青木くんへの返信を考えるか。同じ世界に飛ばされて、日本に帰還できた人間が実際にいる。その本人と菱沼 がいま一緒に話している、って事実は、希望にもなるし、状況を冷静に考える材料にもなる。伝えて、帰れる可能性を示す」
「青木くんの状況はわからないけど、帰れないなんて事は無い。それは伝えたいよね」
真司は、少し長く考え込んでから、静かに頷いた。
「じゃあ、こう返そうと思います。『その世界きら日本に帰ってきた人がいて、その人と今会っていること。日本に戻るのは不可能じゃない。だから、家族への連絡をするかどうかも含めて、一緒に考えたい。一度、今の状況と気持ちを詳しく教えてほしい』って」
「いいと思う」
葵が即答し、俺も頷く。
「その上で、家族への連絡をどうするかを考える。青木くんの本音と状況を合わせてから決めよう。少なくとも、真司くんが一人で抱え込む必要はない。俺たちもいるし、向こうには向こうで頼れそうな人間もいるかもしれない」
真司は、さっきまでより少しだけ表情を緩めて、力なく笑った。
「ありがとうございます。本当に、相談してよかったです」
テーブルの上に置かれたスマホ。
その向こう側で、いまも青木拓也が異世界の空の下で、生きている。
次に送る言葉は、ここにいる全員で選んだものになりつつあった。
「とりあえず、今のところの話は一通り把握できたかな」
少し深く息をついてから、話題を切り替えることにした。
「いい区切りだし、一回お昼にしよう。そのあと、もう少しゆっくり話そうか」
「賛成」
葵がぱっと表情を明るくする。
「私、このお店のごはん楽しみにしてたんだよね。それに、二人とも安心して食べていいからね。今日の食事代は健一さん持ちです」
「あぁ、遠慮なく食べてくれ」
苦笑しつつも否定はしないでいると、真司と真美が慌てて頭を下げた。
「そんな、すみません」
「ありがとうございます。いただきます」
ちょうどそこへ、店員がランチセットを運んできた。
大きな皿が何枚も並ぶコースではなく、一つのプレートに前菜とメインがバランスよく盛り付けられたセットメニューだ。ナイフとフォークを見て一瞬身構えた様子の高校生組も、「これなら何とかなりそうだ」といった顔になる。
一口、ナイフを入れてから口に運んだ瞬間、二人の目が丸くなった。
「え、なにこれ、めちゃくちゃおいしい」
「やば。今まで食べたフレンチって何だったんだろ」
普段食べ慣れないフレンチでも、手間をかけて丁寧に作られた料理は分かりやすく舌に訴えてくるらしい。
葵も満足そうにうなずきながら、フォークを動かしていた。
ゆっくりとランチを平らげ、最後に運ばれてきたのは、彩りのきれいなデザートプレートだった。
小さなグラスに入ったムースと、ソースで絵を描いたようなケーキの一切れ。
「写真撮っていいやつですね、これ」
真美が思わずスマホを構え、真司も頷きながら苦笑する。
デザートを味わい終え、温かい飲み物で一息ついたころには、さっきまで張り詰めていた空気もだいぶやわらいでいた。
ここから先の話は、さっきより少し落ち着いた心持ちで続けられそうだと感じながら、カップをソーサーに戻した。
食器を下げてもらい、それぞれ追加で頼んだ飲み物がテーブルに並ぶ。
コーヒーの香りが漂ったところで、俺は小さく手を打った。
「さて、と。続きにしようか」
姿勢を正し、さっきまでの話をつなぐ。
「さっき少し話した大平原が黒い森に変わった異変だけど、あれで世界そのものに大きな『揺らぎ』が生まれたらしい。俺は、その『揺らぎ』を利用する形でこっちに帰ってきた形になる」
真司が真剣な顔で頷く。真美もカップを両手で包みながら耳を傾けている。
「ただ、その異変のあと、異世界がどうなってるかは俺にもほとんど分からない。黒い森の中では、黒い獣と黒竜に襲われたが、全体の状況を把握する余裕なんてなかったからな」
そこで、真司が意を決したように口を開いた。
「青木拓也 も、日本に帰ってこられると思いますか?」
真正面からの問いかけに、俺は少しだけ考えてから答える。
「絶対に大丈夫とは言えない。『揺らぎ』が今どうなってるかも分からないしな。でも、可能性はあるとははっきり言える」
二人の視線が、少しだけ明るくなる。
「向こうの世界には、守護者って呼ばれる力のある存在がいる。俺が帰ってこられたのは、山の守護者と森の守護者、二人の助けをもらえたからだ。彼らが『揺らぎ』を利用して『扉』を作り、俺を帰還させてくれた」
カップをソーサーに戻しながら、言葉を続ける。
「だから、青木くんが同じ世界にいるなら、守護者を頼るって方向性はかなり有望だと思う。 助けを得られれば、帰還の可能性はずっと高い」
「青木には、そのことを伝えてもいいですか?」
真司が問う。
「ああ。帰還した前例の具体的な話は判断材料になる」
葵も頷いて言う。
「無理って決めつける前に、こういう方法で帰れた人がいるよって教えてあげて」
真司は、少しだけ肩の力を抜いて息を吐いた。
「分かりました。守護者っていう存在の助けで『揺らぎ』を使って帰還したらしい。だから、君にもまだチャンスはあると思うって、ちゃんと伝えてみます」
その横顔は、迷いが減り前を見つめる覚悟ができてる様だった。
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