18.濃すぎる
飲み物が運ばれてきて、一段落ついたところで、本題に入ることにした。
「じゃあ、改めて整理しようか」
テーブルの真ん中に置かれたメニューを横に避けながら、俺は二人に視線を向けた。
まずは葵からだ。
「私が日記アプリに気づいたのは、7月16日です。その日、スマホに見慣れないアイコンが出てて、開いたら知らない人の日記が届いてて。それが健一さんでした」
真司が、手元のグラスを軽く握りしめた。
「僕のところにアプリが出たのは、7月10日です。だから、日記アプリ自体との出会いは、僕のほうがちょっと早いですね」
カレンダーが頭に浮かぶ。
7月10日に真司。
7月16日に葵。
そして同じ日、7月16日。
「俺が気がついたら知らない場所にいたのも、7月16日だ」
そう前置きして、簡潔に自分のことを話す。
「目の前一面、見渡す限りの草原と山脈。最初は状況が飲み込めなかったけど、あれが異世界だって分かるまで、そう時間はかからなかった。そのあと、スマホに見覚えのない日記アプリがあってな。そこから葵との交換日記が始まった。異世界で出会った人たちの助けもあって、どうにか最近になって帰ってこられた、ってわけだ」
「あの、実際に異世界に行った本人、なんですね」
真美が目を丸くして俺を見る。
真司も同じように、信じたいけど信じきれない、そんな顔をしていた。
「まあ、信じろって言うほうが無理がある話だとは思うけど」
苦笑しつつ、テーブルの脇に置いていたノートを手に取る。
「あ、それなら」
葵が身を乗り出してノートを受け取り、二人の前に開いた。
「私、異世界にいる健一さんとやり取りした日記、全部ノートに書き写してるんです。個人情報とかまずそうな部分は多少ぼかしてますけど、流れは分かると思います」
そこには、スマホの画面越しに交わされた文章が、日付付きでぎっしりと並んでいる。
「これ、最初の日から?」
真美がページをぱらぱらとめくりながら、ぽつりと呟く。
真司も身を乗り出し、紙面を追う。
「毎日。本当に、毎日やり取りしてるんだ」
俺も少し照れくさくなりながら答えた。
「いや、そっちがちゃんと返してくれてたからな。こっちはそれが唯一の繋がりだったし、必死だったよ」
「私も、毎日通知が来るたびに今日も無事って確認できて安心してましたから」
葵が笑って付け加える。
ページをめくる手がふと止まり、真司が黙り込んだ。
視線は文字を追っているが、意識は別のところに行っているように見える。
「どうした?」
俺が声をかけると、真司は少しだけ間を置いてから口を開いた。
「僕はアプリが出たとき、深刻に考え無くても。ほとんど放置してたんです」
搾り出すような声だった。
「最初に届いた日記も冗談だとしか。その後も気にしませんでした」
ノートに並ぶ、毎日欠かさず続いた交換日記の文字列。 それと、自分の対応の差を比べているのだろう。
「もし、僕も最初からちゃんと相手とコンタクトを取ってたら。今の状況は違ってたのかなって。助けられたかもしれないのに、って」
俯いた真司の横で、真美が心配そうに彼を見ていた。
俺は少しだけ息を吸い込んでから、ゆっくりと言葉を選ぶ。
このときかける言葉を間違えると、たぶん彼は自分を責め続ける。
そういう真面目さが、さっきからの話だけで伝わってきていた。
「そのあたりの話は、順番に聞かせてもらおう。それに、もう1組の子も創作物だと思って一度も返事を書いていなかった。最初から積極的に書く方が珍しいのかもな」
そう切り出しながら、俺はそっとノートを閉じた。
「ここから先は、過去を追及する為じゃなくて、今どうするかを考える為に話そう。いいかな?」
真司は顔を上げ、小さく頷いた。
その頷きが、この場の本当のスタートラインに思えた。
「えっと、ちょっと整理してもいいですか」
真司が恐る恐る口を開いた。
「もちろん」
俺と葵は同時にうなずく。
「今、一番の驚きは健一さんです。つい最近まで異世界にいたって事ですよね」
「ああ、戻ってきたのは本当にここ最近だよ」
俺は苦笑しながら答えた。
「こっちに帰ってきてから、まだ一週間も経ってないくらいかな」
真司は目を瞬かせる。
「じゃあ、僕が初めて日記アプリに書き込んだときって、健一さんはまだ向こうに?」
「計算上はそうなるな」
俺は指折り数える仕草をしてみせた。
「真司くんがアプリを見つけたのが七月十日。俺が異世界で目を覚ましたのが十六日。葵がアプリに気づいたのも十六日。そのあと俺が帰ってくるまで、向こうでの日々があって。こっちに戻ったのは本当に最近だ」
葵が続ける。
「真司くんが、返信来ないかなって何日か待ってた間、健一さんはまだ異世界にいたんだよね。で、私たちが再会してから今日までが一週間経ってないくらい」
「濃すぎる」
思わず真美がぼそっとつぶやいた。
「だろ」
俺と葵は顔を見合わせ、同時に苦笑する。
「こっちはこっちで、毎日がイベント詰め合わせみたいなもんだったしな」
「しかも」
葵が指を三本立てた。
「私たち、三組ともほぼ同時期に巻き込まれてるってことになるんだよね。
七月十日に真司くん。十六日に健一さんと私。潤くんたちも同じ波の中にいたって考えると、なんか一つの大きな揺れにまとめて飲まれた感じ」
真司と真美は、ノートと俺たちの顔を交互に見ながら、ようやく全体の流れをつかんできたようだった。
紙の上の文字と、目の前の人間の言葉が、少しずつ一本の線に繋がっていく。
「だいたいの経緯は、分かりました」
真司が小さく息をつく。
「健一さんが異世界に飛ばされて、葵さんと交換日記をして。その間にいろいろあって、最近帰ってきた。 その全部が、このノートに大まかにまとまってるってことですよね」
「そういうことだな」
俺はうなずく。
真美もページを撫でるように見つめながら言った。
「本当に、最初の頃から毎日やり取りしてたんだね。 読んでるだけで、こっちまで息が詰まりそうなくらい濃い」
真司はしばらく黙り込み、それから意を決したように顔を上げた。
「じゃあ、次は僕の番ですね」
グラスの水を一口飲んでから、言葉を続ける。
「僕のスマホに日記アプリが出たのは七月十日です。最初のメッセージを見たとき、正直いたずらか、誰かの創作企画だろうって思ったんです」
やはり悔いがあるのだろう。真司の表情は厳しかった。
「だから、ちゃんと相手とやり取りを始めたのは、出現からだいぶ後になってからで」
その先に続くであろう後悔の色が、もう声に滲んでいた。
俺は急かさず、ただ黙って聞く姿勢を取る。
「どんなふうにアプリが出てきて、最初に何て届いたか。そこから教えてくれるか」
そう、なるべく穏やかに促した。
真司はこくりと頷き、自分側の日記アプリとのやり取りを、ひとつずつ説明し始めた。
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