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【第一章完結】異世界からの言葉  作者: クサフグ侍
第1章 異世界のライバル

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16.忙しさ

 異世界から戻って、まだ半月も経っていない。 カレンダーを見ながらコーヒーを口にした健一は、思わず天井を見上げて息を吐いた。

 ほんの数週間前まで、俺はあの高原の空の下で四苦八苦していた。

 あの静寂と孤独の日々から、今こうしてエアコンの効いた部屋でスマホの通知を気にしているなんて、どうにも現実感が薄い。

 誕生日を迎えた翌日に異世界へ飛ばされ、帰還してからのこの怒涛の流れ。冷静に考えたら、激動なんてもんじゃない。


「この荒波、いつ収まるんだか」


 思わず口に出して、苦笑いがこぼれた。

異世界。日記アプリ。葵や岳人たち。

 そこに加えて、今度は新しい『第三のペア』が現れたかもしれない。

 現代日本の人間と、異世界に飛ばされた人間。そして両者を繋ぐ日記アプリ。俺たちを含めれば、これで三組目になる。

 単なる偶然だとは、もはや思えなかった。

 きっと、何か大きな出来事が起きている。

 世界そのものが、どこかで歪みかけているような感じだ。

 俺たちが異世界へ飛ばされたのも、そうした『ゆらぎ』に巻き込まれた結果なのかもしれない。

 けれど、それが何なのかを探ろうとする気には、あまりなれなかった。


 榊原に「最近、何か大きな事象や観測された異常がありませんでしたか?」なんて聞けば、確実に俺までその『縁』に巻き込まれる。

 縁は助けもするが、引きずり込みもする。

 榊原も言っていた。関われば関わるほど、向こう側との繋がりは深まるし、抜けられなくなる、と。


「これ以上、手を広げたら確実にキャパオーバーだな」


 俺は頭をかきながら、やれやれと息をついた。ただでさえ帰還したばかりで、仕事のこと、榊原の話、日記アプリの新しい件もある。 この短い期間で、人生が何度もひっくり返った。

 冷めかけたコーヒーを飲み干す。


「もうちょっとだけ、静かに暮らしたいんだけどな」


 そう呟いた俺のスマホが、まるで返事をするみたいに、また小さく通知音を立てた。


 昨夜から今朝にかけて、葵達は慌ただしく準備を進めていた。

 中心になって動いたのはもちろん葵だ。彩花と千智と相談して協力して立ち上げたブログは、タイトルこそ控えめだが、その中身はぎりぎりまで踏み込んでいた。

 健一と葵が体験した出来事を、実名や細部をぼかしながらも、ありのままに近づけて記したサイトだ。

 それは「異世界転移」や「不思議な日記アプリ」なんて言葉をそのまま出せば胡散臭くなる。けれど、検索で「スマホ」「突然消えた友達」「日記アプリ」などの語句を拾えるよう、3人で慎重に設定した。

 狙いはひとつ。葵たちと同じように困っている人間が、インターネットで調べたときに辿り着ける場所を作ることだ。

 日記アプリは、異世界に飛ばされた者にとって、現代と繋がる唯一の生命線になる。だが、もし現代側の人間が「怖い」「気味が悪い」と拒絶してしまえば、その唯一の繋がりは断たれてしまう。

 葵は自分の経験を思い返し、あの時の自分のような人が、誰にも相談できずにアプリの通知を閉じてしまうことがあるかもしれないと考えていた。


「じゃあ、私たちが受け皿になればいいんだ」


 それが葵の発想だった。

 千智はサイト全体のデザインを軽くまとめ、彩花は文章を校正し、見出しやタグの調整を担当する。

 三人で試行錯誤を繰り返し、夜明けごろ、最初の記事を投稿した。


『もし、あなたのスマホに見知らぬ日記アプリが現れたら』


 そんな見出しから始まるブログは、現実と虚構の境を漂うように、淡々と、けれど読み手の心に刺さる言葉で綴られていた。

 公開直後、アクセス数はわずかに数件。だが、翌日に一つのDMの受信。

 送信者は高校生。

 内容を読んだ葵の顔色が変わる。そこには、あの日記アプリとよく似た描写があった。


『突然、スマホに知らないアプリが出てきた。相手はどこか遠い世界にいるようで、最初は冗談かと思った。でも、その人は僕の知っている人なんです。現実では、行方不明になってるんです』


 出来たばかりのブログに、初めて届いたメッセージ。 期待していた、そして狙い通りの展開。こんな早く来るのだけは想定外だったけど。

 葵はスマホを握りしめ、息を整えた。


「まるで待ってましたってタイミングね」


 朝の光が差し込む部屋で、画面の文字が静かに光っていた。


 葵からのLINEが来たのは昼前だった。


「健一さん、やっぱり本物だと思う」


 短いその一文で、何を指しているのかすぐに分かった。葵がやり取りしていた、あの日記アプリの高校生のことだ。

 続けて送られてきたメッセージには、これまでのやり取りが書かれていた。

数回のメールのやり取りの末、彼女は確信したらしい。相手は間違いなく本物。俺たちと同じような『日記アプリを介して異世界と繋がっている』人間だった。

 すぐにLINEグループが動き出した。


葵:

DMの相手、本物っぽい。たぶん3組目。

現実側の子と、異世界に飛ばされた知人が同学年なんだって。

千智:

マジで?こんな短期間でまた見つかるなんて。

彩花:

でも、直接話せるなら確認はしやすいね。どうする?会う?

岳人:

会うしかないだろう。詳細知らなきゃ榊原さんにも正確に伝えられん。

ただ高校生相手だから、場所はきちんとした方がいい。

俺:

じゃあ、話のしやすい個室のある店を探そう。

食事も取りながら落ち着いて話せる場所がいいな。

葵:

横浜なら相手も来やすいって言ってた。駅近くで探してみよう。


 そのやり取りを見ながら、俺はパソコンを開き、いくつか候補を調べた。

 会話がしやすく、騒がしくない、そして安全に話せる空間。最終的に選んだのは、港に近い少し高めのレストランだった。静かで個室もある。


「まあ、話は長くなりそうだし、食事を楽しむ余裕くらいはあっていいか」


 そうつぶやいて、店に予約の電話を入れた。

そのあと、グループに店を押さえたとメッセージを送り、待ち合わせの詳細を伝えるよう頼んだ。葵からはすぐに「了解!」とスタンプつきの返信が届く。

 俺の方の仕事も残っていた。榊原への連絡だ。 スマホを握り、慎重に文章を打ち込んでいく。


『榊原さん、佐藤です。 こちらに、私たちと同様の日記アプリ事例が見つかった可能性があります。

 現代側に残っているのは神奈川・横須賀在住の高校生。

異世界側の人間は、行方不明扱いになっている埼玉の高校生のようです。

 明日、横浜で直接会って詳細を確認してみます』


 送信ボタンを押し、少しだけ息を吐いた。

 この前、あの高原から帰還したばかりなのに、もう次がやって来た。いや、単に終わって無かっただけなのか。

 画面に「送信済み」と表示されたメールを眺めながら、俺は小さく笑った。


「すげぇな。落ち着く暇、まるで無いな」



最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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