14.返事と約束
青木拓也に日記で問いかけ、ブログ主にDMを送った翌日。
朝の淡い光が窓から差し込み、部屋の中を柔らかく包み込んでいる。カーテンの隙間から見える青空は澄み渡り、秋の涼しい風がわずかにカーテンを揺らしていた。
そんな静かな時間のなかで、俺はスマホを手にそっと日記アプリの画面を開いては、返事が来ていないかと確認していた。
青木拓也のことについて考えを巡らせる。彼は埼玉の高校に通っていることは分かっているが、自宅の情報は掴めていない。
しかし、仮にそこが高校から遠くない場所だと想定すると、俺の家から公共の交通機関を使って二時間ほどかかる距離だということがわかっていた。
「うーん。交通の便は悪くないけど、距離はちょっとあるな」
頭の中で地図や時間を思い浮かべながら呟く。直接家族に会いに行く必要があったとしても、苦にはならないが、どこまで動くべきかの線引きは慎重にしなければならない。
一方で日記アプリにまつわる情報も改めて調べてみるが、検索キーワードを変えながら探しても、新たな発見はほとんどない。
「よくある怪しいアプリの警告とか、噂話は出てくるけどなぁ」
ため息とともにブラウザを閉じる。
これまで何度も情報を探してきたが、公式な情報や確かな証拠は見つからず、なんとなく霧の中を彷徨っているような気分だ。
異世界転移についても検索すると、アニメや小説、ゲームなどの創作物が溢れている。
「これじゃあ実話とか体験談で絞っても、創作と現実の境目は分かりにくいよな」
目の前の画面に映るカラフルなファンタジーや異世界転移を扱った作品のタイトルを見ながら呟く。こうした虚構の世界があふれる中で、俺たちの置かれている状況の真実を見極めるのは、ますます難しく感じられた。
結局、俺ができることは今のところ、昨日見つけた、日記アプリと状況が非常に合致するブログ主からの返事を待つことだけなのだと再認識する。
部屋の静寂に包まれながら、考えはどんどん膨らんでいく。
相手の青木は今どんな状態なのか。戻ってこられるのか。あるいは、さらに危険な状況に陥っているのか。
誰も答えを持たない問いが、頭をぐるぐると巡っていく。
そっと目を閉じ、今日の天気と静かな空気を感じながらも、胸の中のざわめきが消えることはなかった。
待つしかない時間を持て余した真司は、将棋の研究に没頭していた。
部内リーグで久々に一勝を取り返せたこともあって、少しずつ調子を取り戻してきた気がする。
次の対局もこの流れで勝ちたい。そのために棋譜を並べ、戦法の手の流れを丁寧に検討していく。
駒の音が机に軽く響き、静かな時間が流れていった。
午後になり、部活を終えた真美がやって来たころだった。
「ただいまー。今日も暑かったよ」
「お疲れ。ちょうど休憩するところだった」
そんなやり取りの最中、テーブルに置いていたスマホが短く通知音を鳴らした。
画面を見るとメールの新着通知。
「来た!ブログ主からだ!」
二人で顔を見合わせ、スマホを覗き込む。
メールには、いくつかの質問と共に、ブログ主自身の体験が詳しく書かれていた。
内容を読んでいくうちに、二人は言葉を失う。
その体験は、彼らが辿ってきた出来事に驚くほど似ていた。
「これ、完全に同じじゃない?」
真美が目を見開いて呟く。
ブログ主もまた、ある日突然スマホの中に知らない日記アプリのアイコンを見つけ、試しに開いてみたら見知らぬ誰かの日記が表示されたという。
そして、その相手とのやり取りを通して不思議な出来事に巻き込まれた。そうメールに書かれていた。
「俺たちの状況とほとんど変わらないな」
真司は感心というよりも、ゾッとするような感覚を覚えた。
同じアプリ、同じ現象。偶然で済ませるには出来過ぎている。
二人はメールの質問に丁寧に答えるべく、メッセージを返した。
いつアプリを発見したか、どんな経緯でやり取りが始まったか、相手(青木)がどんな状況だったか。
真司はそれらを一つひとつ思い出して整理し、真美と一緒に文章を練る。
送信後、ほんの数分で返事が来た。
それから何度かやり取りを重ねるうちに、話はどんどん具体的になっていった。
『これ、直接会って相談しませんか?どうしても話したいことがあります』
最後のメールにそう書かれていた。
真司と真美は互いに目を合わせる。
「どうする?」
「行くしかないでしょ。ここまで来たら、直接話した方が早い」
胸の奥がざわざわする。
同じ体験をしたという相手に、会って話しを出来る。
それは恐ろしいようでいて、どこか心を惹きつける予感でもあった。
真司と真美は、ここまでの情報を元に相談を続ける。
「俺たちが横須賀で、ブログの人は千葉の市原か。距離的には川崎あたりが中間かもしれないけど、相手が希望したのは横浜だな」
「横浜なら行きやすいし、ちょうどいいかもね」
メールのやり取りの中で、相手は佐藤葵という名前の人だと判明した。
高校二年生で、真司たちより一学年上。しかも、当日は事情を知る人をもう一人連れてくると言っていた。
「どうやら話は急いだ方がいいらしい。明日会おう、って」
「明日は部活が休みだから、私も行ける。よかった」
二人は予定を決めたところで、もう胸の高鳴りを抑えることができなくなっていた。
まるで物語の登場人物になったみたいに、不思議な出来事が現実味を帯びていく。
夜の空気が少し冷たく感じても、その興奮は冷めなかった。
そんな中、ふと真美が「あ、そうだ。日記アプリの確認してなかったね」と言った。
「そういえば!」
慌てて真司がスマホを手に取り、アプリを開く。
そこには、青木拓也からの新しい日記が更新されていた。
画面に表示された内容を読み上げながら、静まり返った部屋に息をのむ。
『菱沼君とは驚いた!次の大会では前回のリベンジをしたかったが、こんな事になっては難しいだろう。残念だ。家族への連絡は両親は信用させるのは難しいかも知れない。だが妹は信じるかも知れない。妹の名前は安古だ。番号はXXXX-XXXX』
真司も、青木に妹がいたとは初耳だった。だがこの情報で、やるべきことははっきりした。
「妹さん、あこちゃんか。なら、そこに繋げばいいんだな」
「連絡は危ない橋かもしれないけど、やるしかないね」
遠くで波の音が小さく響いていた。
不思議な日記が、確実に現実の出来事を動かしている。
明日の横浜行きと、青木の家族への伝達。二人の胸には、今までになく強い決意の灯がともっていた。
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