11.青木拓也
対局を終えた後、俺はまだ勝負が続いている卓のまわりをふらふらと見て回った。
それぞれ戦い方も違えば、表情も違う。対局の熱にあてられながら、対局者の一手一手を見守るのが好きだ。
全部の対局が終わった頃、部内リーグの結果表に目を通す。久しぶりに白星がついていて、心のなかでガッツポーズした。
この流れで巻き返していけたら、そんな期待を胸に部室を後にした。
家に戻ると、冷たい麦茶を飲みながらソファーでひと息つく。
今日の戦法選択がうまく機能して、序盤からずっと主導権を握れたのは本当によかった。
最近不調だった部内リーグ、ここから息を吹き返したい。
ふと夕日に照らされた机に目をやると、夏の大会のことが気にかかる。今日聞いた噂話、埼玉の高校の青木拓也が行方不明だって話しだった。
いろんな想いが巡る中、唐突に窓がコンコンとノックされた。
カーテンをめくって窓を開けると、いつものように真美が顔を出していた。
「今日はどうだった?将棋の対局」
「勝てたよ、初手から思い通りだった」
すると真美が無邪気に喜んでくれて、その率直さに俺は照れくさくなって思わず目線を外してしまう。
どうにも、嬉しい反応には弱い気がする。
会話の流れで、真美が日記アプリについて尋ねてきた。
「そういえば日記アプリは?なんか反応あった?」
答えかけて、俺は朝以降は何も確認してなかったことを思い出す。慌ててスマホを取り出し、アプリを起動する。
そこには、目を疑う新しい日記の更新があった。
「あっ」
思わず声が漏れた瞬間、向かいの真美が焦った様子で真司に言う。
「そっち今すぐ行くから待ってて!」
言いながら窓をさっと閉じ、部屋を飛び出していった。
その残像を見送りながら、俺は少し呆然とスマホの画面を見つめていた。
待ち侘びていた日記。相手は一体何を書いてきたんだろう。 真司達へ反応はあるだろうか?
胸が高鳴りながらも、まだ読み始める勇気が湧かないまま、真美が駆けてくるのを待っていた。
真美は光の速さで俺の部屋に駆け込んできた。 肩で息をしながら真司に勢いよく言う。
「日記の内容、確認して教えて!」
そう言って、大きく息を吸ってベッドの上に座る。すぐ隣に真美座る。彼女には日記アプリが見えないから、仕方なく俺の顔をじっと見つめるしかできない。その距離にちょっと緊張した。
それでも、スマホを手に汗ばんだ震える指先で日記アプリを開いた。画面が切り替わると、新しい日記が表示されている。
心臓が跳ねる感覚がした。
「いいか?読み上げるぞ?」
真司は真美を見て宣言する。
彼女は大きくうなずき、俺は息を整えてゆっくりと内容を読み始めた。
久しぶりの日記の更新。しかも俺たちが書き込んでから初めての更新だ。
画面に表示されている内容を確認する。
『信じられないかもだが本当に異世界にいる。こちらも高校生で、名前は青木拓也だ。埼玉の◯◯高校だ。出来れば家族に今は無事だと伝えて欲しい。君が誰だかわからないが、日記に連絡が来るとは驚いた。うちの親は頭が硬い。宜しく頼む』
俺は最後まで何とか声に出して読み切った。そして読み終わった瞬間な思わず叫んでさまう。
「青木拓也ぁぁ!?」
真美は目をまんまるにして俺を見て、 驚いている。
「え、真司、知ってる人?」
俺は呆然としながら、うなずいて答えた。
「埼玉の高校の将棋部の奴だよ。何回か大会で当たったことある。今日の部活で、行方不明になってるって噂を聞いたばかりだ」
信じられない展開に、二人とも言葉を失い、しばらく部屋を沈黙が支配した。
俺は真美に青木拓也について説明する。
「青木って、関東の高校将棋の話になると、必ず名前が出るんだよ。各校の最強を選ぶ時も、各種大会の優勝候補を並べる時も、関東で誰が一番強いか議論する時も。とにかく『青木拓也』は外せない存在なんだ」
自分はそこまで有名じゃない。けど、青木とは不思議と相性が良くて、戦績は互角だった。大会で何度も対局して、お互いの名前くらいは覚えてる。
むしろ、大会会場で顔を合わせれば軽く雑談できるくらいの仲だ。
「まさか日記の相手が青木だったなんて、ほんとびっくりした。あいつ、めっちゃ真面目で緻密な将棋を指す居飛車党なんだ。だから、最初の日記のテンションはイメージぜんぜん違う。異世界に行ったらはしゃいじゃうタイプなのか、本当はそういう性格だったのかも」
真美も日記の内容を思い起こし、感想を言う。
「家族に無事を伝えて欲しい、かぁ。なんとかしたいね」
「そうだな。何とか青木の親に連絡できないか考えてみよう」
「高校と部活、氏名は判明。高校や部活に連絡先や住所を聞いても教えてくれないよね?」
真美が、むむぅと唸りながら考えこむ。真司も一緒に唸りながら考える。
「高校に問い合わせれば繋がるだろうけど、個人情報を教えてくれないだろうし。なんで聞くのかも答えられないよな」
「行方不明になってる本人に頼まれました。本人は異世界に居ますって、それは無理〜」
「親に連絡がつけたとして、なんて言うのか。頑固だって情報付きだ」
二人で青木の現状や家族への伝え方、そしてこれからどうやって日記のやり取りを進めるべきかを真剣に話し合った。
将棋のライバルであり、面識のある相手がまさか異世界に居るなんて。しかし、謎の日記相手が判明し、ぐっと現実的になった気分だった。
二人でじっくり相談を続けた。
「青木の家とか連絡先、高校名まで分かってるなら、調べようと思えば出来そうだよな」
真美がスマホを持って、学校のHPや卒業アルバム、SNSなど情報収集の手段をいくつか考えはじめる。
「でも、もし家族や学校に連絡取れたとして、どうやって説明する?異世界にいますなんて話、普通は絶対信じてくれないよな」
「だよね。だって日記アプリ自体、真司しか見えてないし、証拠も何もない」
自分たちでも現実味を実感できない出来事を、いきなり赤の他人に伝えても逆効果になりそうだ。
「他に方法ないかな。例えば、青木本人じゃないと知り得ないエピソードを書き込んでもらえたら?」
「それいいかも。実家のペットの名前とか家族しか知らない呼び方とか、合言葉みたいなものを日記で送ってもらえたら」
「それでも証拠になるとは限らないけど、今よりは信じてもらえると思う」
「逆に親が不安を抱えるだけだったら、それも考えものだよね」
「直接高校に電話して、青木くんに伝言があるって聞く程度なら、嘘にならない範囲で様子を見られるかも」
二人でできる限りの現実的な手段や、少しでも納得してもらうための証明方法について、細かく幾つもアイデアを挙げては検討していった。
現実には常識の壁が高すぎて、どこまで踏み込んでいいのか難しい。
それでも、青木を助けたいという想いは二人とも共通していた。
どんな選択肢が最善か、真司と真美の相談は深夜まで続いた。
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