3「夏祭りは豪華に。」
「夏祭り……ですか?」
浴衣姿の璃子は、いつものように艶やかで完璧な笑顔を浮かべながらも、どこか不安げに眉を下げた。
桐谷悠真は、チラシを掲げて言う。
「そう。地元の神社のやつ。俺が小さい頃から毎年行ってるんだ。今年は一緒に行こうぜ」
「……でも」璃子は扇子で口元を隠し、小さな声でつぶやく。
「人混み……ですし、露店の食べ物は……その、油っぽいと聞きますし」
「そういうのが“祭り”なんだよ」悠真は苦笑する。
「たまには豪華じゃなくて、普通の夏を味わおうぜ」
しばしの沈黙のあと、璃子はふっと微笑んだ。
「……悠真さまがそうおっしゃるなら。わたくしも挑戦してみます」
提灯の灯り、焼きそばの香り、金魚すくいの水音。
璃子は目を丸くして、屋台を一軒ずつ眺めていた。
「す、すごい……! まるでテーマパークのよう!」
「いや、ただの祭りだから」
だが次の瞬間、彼女は財布を取り出し
「この屋台、全部買いましょう!」
「やめろおおお!!」
周囲の屋台のおじさん達が色めき立ち、悠真は必死に止める。
「屋台は買い取るもんじゃない!一個ずつ体験するんだよ!」
「そ、そうなのですか……? では……」
璃子は恐る恐る、たこ焼きを買って一口。
「あっつ……でも……美味しい!」
とたんに笑顔が花火のように弾け、悠真は思わず見惚れる。
「璃子、金魚すくいやってみるか?」
「わ、わたくしにできるでしょうか……?」
不安げに挑んだ璃子は、意外な集中力で次々と金魚をすくっていく。
「悠真さま、見てください! こんなに!」
「すげぇ!……って、それはやりすぎ!」
すでにバケツは金魚でぎゅうぎゅうだ。店主のおじさんが冷や汗をかいている。
「お、お嬢さん……それ以上は……!」
「……あっ! すみません! では、残りは全部買い取ります!」
「だから買い取るな!!!」
結局、悠真が頭を下げて数匹だけお持ち帰りすることになった。璃子は頬を膨らませながら「だって楽しかったんですもの」と呟く。
夜空に大輪の花が咲く。璃子は浴衣の袖を揺らしながら、ぽつりと呟いた。
「……こんな普通の時間、初めてです」
「璃子……」
悠真の胸が熱くなる。この一瞬に、言葉を告げればきっと。
だが璃子はにっこり笑って、
「では帰りに、花火大会の運営を買収して、個人専用の花火を打ち上げましょうか!」
「だから豪華に戻すなあああ!!!」
結局、悠真の告白未遂は夜空に消え、祭りの喧騒と花火の音にかき消された。
こうして、庶民くんと暴走お嬢様の、ちぐはぐで眩しい夏の思い出が一つ、刻まれたのだった。
あ、夏終わってんじゃねぇか。