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1「別れ話は豪華に。」

ゆる〜く読んでいただけると嬉しいです!

付き合ったその日から、悠真の世界は音を立てて変わった。

タワーマンション最上階の景色、毎日出てくる星付きレストランのディナー、執事が整える完璧な部屋。洋服は「貴方に似合うと思って」と言われて次々に増え、スマホを開けば高級ブランドの広告が悠真の顔写真で切り貼りされたコラージュのように並んでいる。


規則もある。バイト禁止、友人との飲み会は同伴か事前面会、SNSは週に一度チェック、GPSは常時起動。最初の数か月はその非日常に胸が躍ったが、今は違った。


――このままだと、本当に駄目人間になる。


一周年の一週間前。悠真は冷蔵庫の高級牛乳を無造作に眺め、深呼吸を一つした。


「璃子、話があるんだ」

テーブルの向こうで、璃子はカタログをめくりながら顔を上げる。普段なら穏やかな微笑みで「どうしたの?」と来るはずだ。だが悠真は覚悟を決めて言った。


「……ごめん。別れよう。」


空気が止まった。手からカタログがパラリと落ちる。カタログは海外旅行のページで、見開きには青い海と白いヨットが広がっていた。


「……へ?」璃子の声は一瞬、砂糖が溶けるように薄く震えた。

「え、今、なんと?来週、記念日ですよ、?」


悠真は素直に理由を言った。「このままじゃ、俺が堕ちる。人間としての棘みたいなのが全部抜けていく気がするんだ。自分で自分を保てなくなる」


璃子は黙って、しばらく悠真を見つめた。次の瞬間、彼女の目に小さな光が灯る。


「……っ!いやです! 別れません! 絶対に別れません!」

涙が溢れ、彼女は手を伸ばして悠真の腕をぐっと掴む。


「駄目になるなら、わたくしが全部受け止めます! お金で解決できることは全部解決します! 専用のトレーナー雇えばいいんでしょ? 生活改善セットは執事団に任せて! 記念日のプレゼントは車じゃなくて、クルーザーにします!」


言葉が豪華すぎて、悠真の耳は追いつかない。彼は咄嗟にツッコミを入れる。


「いや、そういうことじゃなくて! 生活の“普通”を自分でやりたいんだよ。屋台のラーメンとか、友達と深夜に飲むことで得る“ダメさ”も含めて、自分を保ちたいんだって!」


璃子は一瞬考えてから、スマホを取り出した。執事に命令する短い声が飛ぶ。すると五分後、ダイニングは和風屋台のセット……のように見えるが、麺はトリュフ入り、出汁は高級昆布の精製エキス。屋台の提灯は本物だが、提灯には家紋が刺繍されている。


「いや違う! 求めてるのは“脂っこい屋台の替え玉”体験なんだ!」悠真はソファに突っ伏して叫ぶ。璃子はしょんぼりした顔で悠真を抱きしめる。


「……置いていかないでください。わたくし、悠真さまがいないと生きていけません」

その言葉は全部の煌めきを剥がした、ただの弱音だった。頬を濡らす涙は、普段の完璧さと裏腹に、ほんの少しの幼さを見せる。


悠真は息をつき、力の抜けた笑みを返すしかなかった。


「……しょうがないな、もう」


「っ! ではお祝いにお寿司を!」璃子はぱっと顔を輝かせる。

「ウニ!トロ!あと、専用の花火大会も用意しましょうか!」


「結局豪華でまとめてくるのやめてくれ!」悠真は心の中で叫びつつ、でも確かに胸のどこかが温かくなるのを感じていた。牢のようでも、毎日がちょっとしたお祭りでもある関係。そこには抜けられない居心地の良さがあった。


こうして、悠真の「別れ話」は、綾小路璃子の愛の力技に飲み込まれていった。二人の同棲生活は、今日も少しだけ騒がしく、そして確かに甘かった。


――おしまい

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