8 ペイン視点
陛下に参上していた父さんが帰ってきた。
理由はアウリクラと同時期に生まれた第1王子殿下の教育についての相談だそうだ。正直なところまだ生まれたばかりで教育も何もあったものではないと思うのだが、早くから教育することの必要性を否定もできない。
ただ、教育係の選定は慎重に行ってほしい。今の王は学園で共に過ごしたこともあり、俺の考え、いや一部貴族家の考えにも理解があるが、産まれたばかりの第1王子は訳が違う。
教育係の選定に失敗し、古臭い戦いだけの実力主義の思想に染まってしまえば、この国は終わりだ。
そういう奴らは強さにしか目を向けないのだから。今の自分たちの生活が、民たちの血と肉と知識によって作られたものだと理解していない。
民のこと、を自分が力を見せつければいうことを聞く道具としか思っていないのだ。
そんな時代は、もう終わっているというのに。
第1王子もそんな思想に染まってみろ。この国の民を道具としか思わず、彼らの知識によって作られる豊かさを奪い取り、彼等を鑑みることなどありはしない。
そうなればこの国は、緩やかに滅びを待つだけの、愚かな国と成り果ててしまうだろう。
「アウリクラ・・・」
先ほど別れたばかりだというのに、もうアウリクラに会いたい。今日は抱きしめることができなかった。
すでに仕事は終わって寝室だが、夜になると良くない考えばかりが先行する。
アウリクラは俺にとって光なのだ。夜を照らす月のように、俺という存在を照らしてくれる。
だというのに、今日は両親が構いすぎたものだから俺もエリシアも遊べていないのだ。
やっとできた孫が可愛いのはわかるが、少しは俺たちのことも考えてほしい。
「というわけだから父さん、少しは落ち着いてくれ。俺たちがアウリクラと遊べない」
「はいはい、わかったわい。全くお前は。隠居して暇になった両親に親孝行もせんとは」
「別に程度を考えてくれれば遊ぶなとかは言わないさ。アウリクラが可愛いのは事実だし」
「お前も相当馬鹿になったのう・・・」
「それはいいだろ。で、父さん」
「なんじゃ」
「王都にいた貴族はどうだった?」
今回父さんが王都に行ったのは第1王子の教育についての相談のためだが、それだけが理由ではない。寧ろもう一つの理由のほうが俺たちにとっては大切な可能性すらある。
それは王都にいる貴族の調査だ。なんの調査かというと、思想の調査である。
「・・・何も変わらん。相も変わらず強さだけがすべての愚かな思想じゃ。実力至上主義とでも言うか。強さだけが絶対で、次期当主の座すら『決闘』などという忌々しい儀式で決めおる。儂が子供のころからの悪習が、今も変わらず受け継がれておる。ペイン、お前が学園を卒業してから4年が経ったか。お前より長く生きている儂だから言えることだがな。人は、文化は。そんな短期間で変わらぬよ。」
「・・・はい・・・」
「結局のところ、わしら隠居した者にできることなどほとんどない。やれるだけのことはするがな。わかるか?」
「わかっています」
「ならばよい。もしこの国を変えるとするなら、それは儂ら爺さん婆さんの前当主世代ではなく、現当主のお前たちの世代だ。もしくは、次期国王となられるであろう第1王子の世代か・・・」
「アウリクラも同じ世代になるか・・・」
「アウリクラのことを、実力至上主義の思想の中で育てたくはなかったか?」
「ええ。侯爵家の人間ならば、王都に出る機会はほかの貴族より多いでしょう。この屋敷の中ならば何があっても守るつもりですが、王都に出てしまえば守り切れない・・・」
あの子は、エリシアの子だから。
「儂は多少話を聞いただけじゃ。故に、学園でエリシアがどれだけ蔑まれていたのか、実際にすべてを理解しているわけではない。エリシアの子だからという理由だけで守らねばならないほど、エリシアは蔑まれていたのか?」
「・・・ひどいなんてものじゃなかった。妹に負けたこと、勉強があまり得意ではなかったこと、実技試験が体調不良で参加できず再開になったこと、それだけでエリシアは、学園の生徒中のストレスの捌け口にされていた」
学園でエリシアと初めて会ったときの姿は今でも思い出せる。ストレスで髪はぼさぼさ、肌も荒れて、服は魔法による攻撃でところどころ裂けていた。
遠からず死んでしまいそうで、見ていられなくなったから話しかけたのだ。
エリシアの最初の言葉は、「もう許してください」だった。
「エリシアの実家、フルヒト公爵家当主がそれを黙認したのもよくなかった。力で劣る者は我がフルヒト家には不要と・・・」
「あそこはほかの貴族家に輪をかけて実力至上主義じゃからな。実力至上主義の筆頭ともとれる。その当主が名を出さぬとはいえ不要とまで言うということは・・・」
「当主のお眼鏡にかなうため、学生たちはよってたかってエリシアを虐め抜いた・・・。エリシアを自分が処分できれば、フルヒト家の覚えもめでたいのではと・・・」
「それ故に、エリシアの子であるアウリクラも危ないと?」
「ええ」
公爵家ともなればその力は絶大だ。その家に覚えられるということは何かあった際の便宜を図ってもらえるという事。実力至上主義の思想と家のためという二つの理由で、エリシアは追い詰められ続けた。
「聞けば聞くだけアウリクラも危険というのはわかるがなぁ・・・あの子は心配ないと思うぞ?」
「っなぜです!」
「落ち着け、大声を出すな。いいかよく聞け。あの子は賢い。異常なほどに」
「・・・悪い、父さん。だが、アウリクラが賢いのは俺だってわかっている」
「いやわかっていない。もう一度言うぞ。あの子は異常だ。孫でなければ気味が悪くて近づけん」
「何かあったのですか?」
「・・・夕食を食べた後、お前たちが部屋からいなくなった後だ。換気のために少し窓を開けた。そうしたらその隙間から蛾が入ってきてな。それに気づいたアウリクラを抱いていたロゼが「窓から虫が入ってきた」と言いたのだ。それは蛾だったのだが、だが一瞬のすきに物陰に入られ見失った。アウリクラはどうしたと思う?」
「それは・・・叩こうとする、とか?あとは物陰を眺めるとか」
「違う。アウリクラはな、上を見たのだ。部屋に何があるかわかるか?」
「魔力灯ですか?」
「そうだ。点いていた魔力灯をみた、蛾は飛ぶし明るいものにつられるからな」
「当然のことでは?」
「それを人が当然と思えるのは学び知っているからだ。だがな、アウリクラは違う。アウリクラはなん歳だ?」
「・・・0歳と、2か月・・・」
「そうだ。まだ生まれて2か月の赤ん坊だ。それがなぜ蛾を知っている?習性も」
「・・・メイドから聞いたのでは?」
「それだって異常なことに変わりはないだろうが。2か月だぞ。2か月の赤ん坊がメイドの言葉を理解し、覚えていたうえで「ここに来るのでは?」と思考し魔力灯を見たと?」
確かに、それは異常だ。赤ん坊がそこまで思考を巡らせるなどできるわけがない。
「それにな、もし仮にメイドから聞いたことを覚えていたとしたうえで、なぜ入ってきた虫が蛾だとわかった?部屋のメイドに聞く限り、これまであの部屋に虫が入ってきたことなど一度もないそうだ」
「・・・」
「・・・儂にとって、アウリクラは待ち望んでいたかわいい孫じゃ。それは多少不気味であっても変わらん。お前はどうだ?今の話を聞いて尚あの子を愛せるか?」
「当然です」
アウリクラが異常でも、俺とエリシアの間に生まれた愛しい我が子に変わりはない。
あの子は俺にとって光なのだから。
「ならばよい。お前たち家族は何があってもあの子の味方であれ」
「はい」
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