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夜が明けて次の日、やってきたのは村から少し外れた場所にある広い平原だ。
ここにやってきたのはオプファー・シュピネを養殖するためのガラスの箱を設置するためである。
流れとしては私が一度魔力を放出した状態で土と火の魔法を使い大きなガラスの壁を一枚生成する。
そして作成したガラスの壁を手本に、他の魔法を使える人たちが同じガラスの壁を複数枚生成し、それらを組み合わせて巨大な養殖場を作るという手はずとなっている。
「はじめますね」
「わかった。騎士たちには一応周囲を警戒させておく。無理はしてはいかんぞ」
「もちろんです」
予告を伝えられたおじい様が周囲の騎士に指示を出しに行くのを視界に入れながら、発動するのは約1か月ぶりの身体強化。
前回と同じように魔核から発生する魔力を強く意識し、それらを体全体に伸ばし放出させていく。
発生する風で車いすが軋み、生い茂る草花たちが命を守るため必死に地面に根を張る様子を横目に見ながら、再び動くようになった腕を、足を使って立ち上がる。
「う゛あ゛ぁ゛……」
同時に私の体を襲う何かが割れるような痛み。再び体が動く喜びと全身を襲う激痛で私の情緒はおかしくなってしまいそうだ。
いや、自分でもここ最近異常なくらい活動している自覚はあるので、もしかしたらすでにどこかしらおかしくなっているのかもしれない。
だが、たとえそれが事実であろうとそれを悔やむことはない。私が幸せになるためには必要なことだ。愛情たっぷりの家族を作るのだ。家族が私に注いでくれた愛を私が途切れさせてはいけないのだ。夫に、子に、これからできる大切な人たちに、聖火のように絶やすことなく紡いでいかなければ。
それにしても、この痛みが体を走るたびに「あ、この痛みがなくなることはないだろうな」となんとなく察してしまうのが嫌になる。
少なくとも『渡河病』が完治するまでは身体強化するたびにこの痛みを経験するだろうし、痛みになれることもないだろう。
これはそういうたぐいの痛みだ。いや、身体強化の応用か医療の発達による外科手術によって痛みを消せる可能性もないわけじゃないが、前世ですら完全にはわかっていなかった脳をいじるのはさすがに恐ろしい。何か大切なものを超えてしまいそうだ。人としての一線とか。
さすがに人としての一線は超えられない。私は人として幸せを得るために『渡河病』と戦っているのに、その過程で人としての一線を越えてしまったら本末転倒にもほどがある。
もし未来で自分が一線を越えてしまいそうになったら今の私がぶん殴りに行こう。そういう心持。
「『 ꯅꯨꯡꯁꯤꯠ ꯁꯤꯠꯄꯥ꯫』」
さて、作業を開始する。まずは身体強化に伴い発生する風が届かない場所にある木でできた複数個の箱を風魔法で開封する。
中にあるのはガラスの材料になるものだ。一つ目は珪砂と呼ばれる砂。箱の中の珪砂は淡い黄色と灰色の砂が混じっていている。首都にいるガラス職人さんに教えてもらい運んでもらった。結構ぎりぎりだった。
二つ目は私もよく知らない灰。ガラスを作るのに必要らしいが、私はこれがなぜ必要なのか全くわからない。本にも書いてなかったし、首都にいるガラス職人も経験的に必要だから入れているだけでなぜ使っているかは知らないらしい。ただこれがあるとないとではガラスの出来が変わるらしいので使うことにした。
三つめは石灰。石灰岩を砕いた粉らしい。これがないとガラスが安定しないそう。
「『 ꯅꯨꯡꯁꯤꯠ ꯁꯤꯠꯄꯥ꯫』『 ꯅꯨꯡꯁꯤꯠ ꯑꯗꯨ ꯊꯤꯡꯖꯤꯜꯂꯨ꯫』」
追加で詠唱し箱から材料を取り出す。それらを別の魔法でよく混ぜながら空中にとどめる。
正直かなりつらい。ただでさえ痛みで思考がまとまっていないのに、その場で留める、動かすといった簡単な魔法とは言え並行して魔法を発動している。しかもまだ終わりじゃない。
「『ꯃꯩꯁꯥ, ꯃꯩꯅꯥ ꯆꯥꯀꯄꯥ꯫』」
さらに追加だ。火属性の魔法で火柱をたて、留めていた材料を一気に溶かす。
ここからが勝負。溶けてできた液体を落とさないようしっかり風を制御しなければならない。火柱を制御したうえで、しかも全部溶けきるまで。まぁ、失敗する気など微塵もない。
私がやりたいとわがままを言ってついてきたのだから、失敗は許されないでしょう。
「『 ꯅꯨꯡꯁꯤꯠ ꯁꯤꯠꯄꯥ꯫』」
材料が完全に溶けきったら、火柱を消して再び風属性で液体を動かす。同時に風を薄く延ばして、中に液体が入るスペースを作る。
できたらここでガラスの形を作る。液体を風の壁にそわせて動かし、普通のガラスより大分厚めになるよう液体を移動させる。中に入るのは魔物なのだから、なるべく丈夫になるよう厚めにした。
「『『 ꯏꯁꯤꯡ, ꯏꯁꯤꯡ ꯇꯨꯡꯁꯤꯅꯕꯥ ꯑꯃꯁꯨꯡ ꯏꯁꯤꯡ ꯇꯨꯡꯁꯤꯅꯕꯥ ꯂꯦꯄꯀꯅꯨ꯫』』」
そうしたら最後に水を粒にして風の中に入れる。液体に接触しないようぎりぎりの距離で。
そしてそれを続けること1時間くらい。結構歪があるが、初めてにしては上出来と言える完成度で、一枚のガラスの壁が完成した。




