64 ペイン視点
「アウリクラ。もう一度言ってくれ。良く聞こえなかった」
仕事が終わり夕食を済ませ、明日の仕事に備え休息に入ろうというところ。アウリクラから声をかけられた。頼みがあると。
ここ最近のアウリクラからの頼み事は、そのすべてが『渡河病』に関することだ。書物が欲しい、魔道具のことを教えてくれる方に心当たりはないか等々。
なので今回も『渡河病』関係のことだと予想はついた。アウリクラは目に入れても痛くないほど可愛い俺たちの娘だ。大人になって領地を継いでほしい。俺にとってのエリシアのように、運命の人を見つけて幸せになってほしい。
だがそのためには『渡河病』を完治させなくてはならない。そのためならできることは何でもしよう。本が必要ならどれだけかかろうと書物を集めるし、必要なものがあるならできる限り集める。
それが領地を守ることにもアウリクラを守る事にもつながるのだから。
「魔道具に使う糸を出す魔物がいますよね?オプファー・シュピネという魔物です」
「ああ」
「ですがこの魔物は糸の高すぎる需要のあまり、個体数を減らしすぎています。これでは遠からず絶滅してしまい、魔道具を作るという行為自体が不可能になってしまいます」
「それも理解した」
「王都でのお披露目までに私が歩けるようになるためには、魔道具が必要になると思います。しかし今のままでは魔道具に使う糸を手に入れられません。私は魔道具について初心者ですから、多くの糸が必要になると思います」
それもわかっている。お披露目でアウリクラ一人だけが車いすで入場となればいろいろな感情の視線を送られるのは間違いない。
そしてそのほとんどは負の視線になるだろう。それは今後のアウリクラの人生のためにならない。
だからそれまでにアウリクラは短時間でも一人で歩けるようにならなければならない。そのために魔道具の力を借りる。
今のままでは完治させるのは不可能だから、せめてお披露目の間だけでも行動できるように。そのために魔道具が必要で、その魔道具を作るためにオプファー・シュピネの糸を手に入れたい。これもまだわかる。
だが最後。なぜアウリクラ自身が魔道具について作る話になっている?職人に作ってもらうのでは駄目なのか?
「一ついいか?なぜアウリクラが作ることになっている?」
「?私の病気ですし私が動くのは当然では?体の状態も私が一番詳しいですし」
「……」
体のことを言われると弱い。確かにアウリクラの体について一番詳しいのはアウリクラだ。最終的に判断を下すのはアウリクラになる。
だがなぁ。
「少し急ぎ過ぎじゃないか?」
「急ぎ過ぎですか?」
聖女殿と話してからアウリクラは変わった。自分にできることは何だって自分で行うようになった。
専属鍛冶師のアンカーとよく話し、カリーナに頼み込んで夜まで本を読み続けている。もとからあった貴族としての勉強もした上でだ。
活動的になったのはよい変化だと思う。『渡河病』が判明した当初、屋敷で消えてしまいそうな儚さを醸し出していた数日に比べれば、今のアウリクラはとても楽しそうだ。
だが思うのだ。今のアウリクラは文字通りに命を燃やして行動していて、このまま燃え尽きてどこかへ行ってしまうのではないかと。手の届かない遠い所へ。
もちろんそんなことないのはわかっている。定期的に行っている検診でも特に異常はないし、本人も問題ないと言っている。
「急がなければならないことはわかる。だが休息だって必要なのはアウリクラもわかっているだろう?」
「それは……はい」
「最近のアウリクラはどうだ?よく休めているか?」
「睡眠はとっています」
「そうではない、心の方だ。母さんと話しているか?刺繍の勉強がなくなってから、話す機会が減って寂しいと呟いていたぞ。それともアウリクラは母さんのことが嫌いか?」
「っ違います!そんなこと!」
「もちろんわかっている。アウリクラが母さんを嫌っていないことは。だが話す時間も作りなさい。それがアウリクラにとっても休息になる」
「そう、ですね。確かに最近、おばあ様と話す機会はほとんどありませんでした。自分でも気が付かないくらい疲れていたのかもしれません」
「ああ」
母さんが寂しそうにしているのもアウリクラが急ぎ過ぎていると感じるのもすべて事実だ。アウリクラが俺たち家族のことを重く愛しているのは普段生活していれば分かる。
これで少しは止まって休んでくれると嬉しいのだが。急ぐことが最良の結果をもたらすと決まっているわけではないのだ。
「あ、でもオプファー・シュピネの養殖とその際現場に行くのは諦めてません」
「……そうか」
そうか……
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