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「『というかよ。大事なことを聞き忘れてたんだが』」
「『大事なこと?』」
腕を組み下を向きながら考えていたアンカーが弾かれたように顔を上げ私と目が合う。
5分ほど考えていただろうか。その間ずっと思考するアンカーを眺めてぼーっとしていたので、不意に目が合ったのがなんだか照れ臭い。
だがアンカーは気にしないらしく、そのままの調子で言葉を続けている。
「『魔力を放出し続けて体を動かせるようにするって言っただろ?それ体は大丈夫なのか?』」
「『大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら全然大丈夫じゃないね。体に常に負荷がかかり続けるから』」
「『じゃあ俺作るのやめたほういいか?俺がお前の死期を早めるみたいで嫌なんだが』」
「『いや、どっちにしろ作っては欲しい』」
「『なんでだ?』」
「『旅路の食料にしたいの』」
きっかけは先日ヒムン伯爵領に向かう中で食べた保存食。あれが非常においしくない。岩かと思う色と硬さをしたパンに、塩の味だけする干し肉。
途中で狩った魔物の肉を食べたのもよくなかった。魔物の肉がただ焼くだけでも美味しいものだから、保存食の酷さが際立ってしまった。
満足バーならその点多少マシになるだろう。使うのがチョコレートだから味は良いだろうし、一つ一つがお手軽サイズで食事を手早く済ませることができる。
難点は食事がただの作業になる事だろうか。皆で鍋を囲むなどということは減るだろう。まだ体が動くころ、夜に焚火と鍋を囲い騎士たちの話を聞くのは楽しかった。
「『それに、まだ魔力を放出し続けるのができるかどうかわかってないんだよね。実は』」
「『そうなのか?』」
「『そうなの。私が自分の意志で放出できるのは少しの間だけだから、まずそこで躓いてる』」
「『そうなのか……』」
「『とはいえ何もないわけじゃないの。お医者様が以前私の検査をするときに運んできた機材の中に魔力を吸い取る機械があったから、それを小型化してどうにかならないかなって考えてる』」
まだ『渡河病』という病名すらわからなかった頃に検査で使われた機械のことだ。かなり大型の機械だったので、何とかこれを小型化して体に取り付けることができれば、自分の意志で魔力を放出しなくても勝手に吸い取ってくれると考えている。
「『そんな機械もあるんだな……小型化できるのか?』」
「『わかんない』」
「『わかんないって……』」
「『実際わかんないんだもん。この発想をしたのが一昨日で、それまでは魔力と病気関係をメインに調べてたから、機材の方は何にも知らないの。魔道具の領分らしいから、次はそっち関係の本を読む予定』」
「『そろそろ研究室が図書館になりそうだな』」
「『多分もっともっと増えると思うよ。たまに病気に関係ない本もあるし』」
「『どんな本だ?』」
「『染粉』」
「『染粉?なんで……って髪か』」
「『そのと~り』」
私の髪色が金色なのはお披露目に来てくださった貴族様たちによって認識されている。
だというのに王子のお披露目で髪の色が金から白に代わっていたら、いらない邪推の余地を与えてしまう。たとえ私自身が何も意味を持っていなかったとしても。
「『そういう事だから、満足バー開発頑張ってね』」
「『そういう事ってなんだよ』」
「『これからもっと本を読むことになるの。でも本って高いでしょ?このままだとお父様に金銭面で迷惑をかけちゃいそうだから、何なら自分で稼ごうと思って。アンカーもお金は欲しいでしょ?』」
「『欲しいが、満足バーを売るのか?』」
「『量産できたらね』」
「『おいおい、開発するのは俺だぞ?ふんぞり返って待ってる貴族のお嬢様に、なんで俺が苦労して時間かけて開発しなきゃダメなんだ??』」
ニヤニヤしながらアンカーが問いかけてくるので、私も貴族らしい上辺だけの笑みを浮かべながら言葉を返す。
「『その場合私もチョコは渡さない。さっきチョコが必要って言ってたよね。侯爵家令嬢の私がチョコを見たことが無いってことは相当な高級品かまだ作られてないかの二択。相当な高級品の場合、アンカーがチョコを手に入れるのはまず無理だよ。もし仮に手に入っても、開発に使うような量を確保するのは不可能に近い。だから開発が不可能になるね。もう一つのまだ作られてない場合、チョコって言うのは人々にとって未知のものになる。そんな未知のものを一平民が栄養がありますなんて言って売っても買う人は誰もいないよ』」
「『畜生、貴族らしくなったなぁ』」
「『ありがと。利益は何割欲しい?お父様に話は通してあるから、あとは利益分配を考えるだけだよ』」
「『ご当主様にもう話してあるのか?』」
「『私一人じゃ絶対売れないからね。ちなみに渋柿を食べたみたいな表情してた』」
「『娘に金の心配されたらな……あ、いまみたいな意地の悪いことあんまりするなよ。友達失うぞ』」
アンカーにしかできないよ~ん。
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