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「・・・謝るのは私の方です。ごめんなさい、エキナセア様。あなたに酷な選択をさせてしまった」
「え・・・?」
「私がいつまでも他力本願だったのがよくなかったのです。沢山の方の力を借りて私はここまでたどり着きましたが、それは私が何もしなくてもいいというわけではないというのに。そんなことにすら私は、あなたの顔を見るまで気が付かなかった」
「なにを・・・悪いのは私ですっ。聖女になったにもかかわらず、力の足りない私が!」
「それは違います」
さぁ、これから先の未来は私自身が作るべきだ。私の罹患した病気なんだ。私が何もしなくてどうするんだ。
まずは彼女の涙を拭え。腕を動かせ。そのための方法ならお医者様に相談したのがあるだろう。最も、無事に帰れたらお医者様の説教が待っているだろうが。
『渡河病』は魔核から魔力が異常発生してかかる病気だ。それが原因で肉体にまで影響を及ぼし、体がどんどん動かなくなっていく。
すなわち、魔力さえなくなれば体はまた動くようになるのだ。それがどれだけ体に負荷をかけるかわからないが、どうせこのまま死ぬのならできることをやって死ね。
死ぬつもりなんてないけどね!
「ふぅっ」
久しく動かしていなかった魔力を動かす。魔力さえ減らせばいいのだ。使うのは身体強化で、さらに生成される魔力は生成されるだけ体の外に押し出してしまえ。
普段イメージしているのは細胞に魔力が浸透して維持する身体強化。このイメージを変える。
魔力は細胞に浸透せず、入れた分はいれただけ外にあふれていく。
あとはそのイメージをもっと鮮明にしろ。ただ外に押し出すだけじゃ魔力は減らないしむしろ増えてしまう。
イメージするのはジェットだ。押し出しただけの魔力が現実に影響を及ぼすレベルで細胞をくぐらせろ。
魔法じゃないただの魔力が現実に影響を及ぼせるのかとかそんな些細な問題は考えるな。あくまでイメージ、いまは体を動かすことに集中しろ。
彼女に見せつけろ。私はあなたの助けがなくても大丈夫だと。年下の少女一人安心させられないでこの病に打ち勝てるわけないだろ!
「お゛・・・あ゛ぐ・・・」
自分の中の何かがひび割れていく音がする。同時に魔力を通した部位に激痛が走る。火に焼かれたような、体が凍るような、巨大な何かに牙をたてられたような。そんないろいろで複雑な痛みが全身を走る。
多分人の体はこんな強大な量の魔力を通せるようにできていない。痛みは信号だ。体が危険な状態だということを示す大切な脳の機能。
今私はそれに真正面から喧嘩を売っている。痛みを感じる暇があるならその分魔力を放出するのに使えと。
「お嬢様・・・?」
「だい、じょう、ぶ」
徐々に体の外に放出され始めた魔力が車いすを軋ませる。どうやら膨大な量の魔力というのはそれだけで現実に影響を与えるらしい。
ならあとはこれを続けろ。ひじ掛けに置いている腕から体の感覚が戻ってきたのがわかる。後は動かすだけなんだ。少しでいい、少しでもいいから動け。指の一つでも動けばあとは簡単なんだ。
「ぎた・・・」
「お嬢様、これは・・・」
「アウリクラ様?いったい何を・・・」
動いた。今間違いなく私の指は動いた。徐々に動かせる範囲が広がる。一瞬動いた人差し指から手首、肘、胸部、腰、そして足。全部動く。
全身の痛みはある。少しでも何かに意識を割けばきっとすぐに気絶してしまうだろう。けどそれでいい。今この場で私は見せつけた。私は大丈夫だと。
「もう、だいじょうぶ、です。エキナセア様には、笑顔の方が、似合っていますよ・・・」
「え・・・アウリクラ様、手が動いて・・・」
彼女の涙を拭い、約1月ぶりに私の力で立ち上がる。大丈夫、意識は朦朧としているけど、まだ動ける。
「カリー、ナ。車いすを、おねがい。それと、ドアも」
「わ、わかりました!」
開けたドアの先からこちらを除いてくるのは司教様とお父様だ。どちらもひどく驚いた顔をしているが、お父様の方には驚愕の他に安堵の感情も混じっているのがわかる。
その期待を裏切ってしまうのは申し訳ない。だから、お父様のことも安心させてあげなくては。
「アウリクラ、治ったのか・・・?いや、しかしそれは・・・」
「お父様、詳しいことは、帰って話します。今は、帰りましょう。司教様、エキナセア様。本日は、お時間を・・・っ、い、いただきありがとうございます」
「・・・詳しい話を聞いてもよろしいですかな?」
「私が、愚かだったというだけの、話です。聖女様は、力を尽くしてくれました」
「そうですか・・・ありがとうございます。あなた様のこれからを心からお祈りいたします」
「ま、待って・・・」
「聖女様」
「お父様、行きましょう」
「あ、あぁ」
聖女様が呼び止めている声が聞こえるけど振り返ることはできない。私自身の未練になってしまう。最期まで彼女に期待してしまう。
それじゃあダメなんだ。私が私自身で未来を切り開かなくてはならない。もうこれ以上、彼女の泣きそうな顔は見たくない。
「アウリクラ、本当に何があった?大丈夫なのか?」
「詳しいことは、戻ってから、と思っていたのですが」
「なんだ、どうした?」
「すいません、気絶します」
「アウリクラ⁉しっかりしろ!」
根性だけで歩いていたがもう限界だ。教会を出るまで持っただけでも上等だろう。
それに意識を取り戻したら司教様にも礼をしなければ。追いかけようとした聖女様を止めてくれた。もし追いつかれていたら、根性と気力だけで歩いていた私はきっと折れていた。また縋ってしまっていただろう。
あぁ、でも。お父様を泣かせてしまったことだけは、少し後悔している。
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