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4 エリシア視点

 お昼も回り少し肌寒くなってくる時間帯。ペインの手伝いが終わった私は、休憩がてら庭でペインの誕生日に渡すハンカチに入れる刺繡のデザインを考えていた。


 手伝いというのは領地経営だ。私が嫁入りしたブルーム家は侯爵家。管理する領地の範囲はかなりのもの。

 昔から領地経営の手伝いをしている執事や会計官はいるが正直手が足りない。なので私も多少なりとも力になれるようにと、婚約が決まった当初から領地経営に関する専門知識を修学していた。


 とはいえ私はそこまで頭が良いわけではない。学園にいたころはどれだけ頑張っても人並み程度の点数しか取れなかった。夫のペインは毎回上位5人の中にいたのに。


 私が特に苦手なのは数字関係だ。何桁もある0を見ていると頭が痛くなってしまう。それでもペインの力になりたくて頑張っているのだが、見かねたペインに「心配だから休んでくれ」と言われて休まされてしまう始末だ。

 なんと情けない。


「はぁ・・・」


 ついため息が漏れ出てしまう。

 アウリクラが生まれて仕事に復帰した1週間前から、ため息をつくことが増えた。体力が衰えているのだ。それに何だか我慢も効かない。

 挙句の果てにはペンにつけるインクを落としただけで涙を流してしまう始末だ。


 このままでは可愛い娘のアウリクラにすら何かをしてしまいかねない。そう思って、最近の私は意図的にアウリクラと会うのを避けている。

 会えるのは朝のアウリクラが起きた直後と寝る前だけ。ペインも私に合わせているのか、会うのは最低限にしている。別に私は構わないのに。


 寧ろ私が構えない分かまってあげてほしいのだが、残念ながらペインは力加減が下手らしく、アウリクラを何度か抱きしめて泣かせているので気後れしていると執事のコッフが言っていた。


「ふぅ・・・」


 紅茶を一口飲む。焦ったところで何もうまくいかないことは学園で散々学んだ。こういう時こそ落ち着くべきだ。

 そしてそんなときに紅茶はとても良い。学園に入ってできた友人が教えてくれた紅茶だ。領地の特産品だと宣伝されたもの。

 この紅茶には何度も助けられた。味もいい。安心する味だ。

 試験の前。ペインと婚約したいことをお父様に報告に行くとき。大切な社交界に行くとき。どんなときにも助けられてきた。


 それに、アウリクラを生む前にも。結果的にはであったが、産気づく直前に飲んでいた。おかげで特に緊張することもなく、神官様の指示通りに動くことができた。


 と、そんなことを考えていると私に近づいてくるメイドがいた。アウリクラのことを考えたからだろうか、あのメイドはアウリクラの世話をしている一人だ。部屋の掃除やお昼の母乳を与えるなどの世話をしている。

 しかし、何かあったのだろうか。わざわざこちらに来るとは。


「お寛ぎ中失礼します、奥様」

「構わないわ。どうかしたのかしら?」

「お嬢様ことでご報告が・・・」

「アウリクラがどうかしたの?」


 会計官などが突然報告に来ることはたまにあるが、アウリクラ就きのメイドが報告に来るのは初めてのことだ。何かあったのだろうか。


「何かあったのかご機嫌を損ねてしまいまして、お小水などの確認はしたのですが、原因がわからず・・・」

「アウリクラが?」


 アウリクラはおとなしい子だ。そして賢い。まだ生まれて一月だがそれはわかる。泣くことなどほとんどないし、声を掛けたら反応してくれる。催したときも布団を叩いて「う~う~」とメイドを呼ぶそうだ。


 そんなアウリクラが泣き出した?何があった?


「あなたたちは何をしていたの?」

「お部屋の掃除をしておりました。お嬢様がご機嫌を損なったのはその直後です」

「目を離していた内に怪我をした可能性は?」

「必ず一人はお嬢様の様子を確認するようにしております。そのような様子はございませんでした」

「そう、わかったわ。それなら私も行きましょう」

「お手数をおかけして申し訳ございません」

「構わないわ。私の娘のことだもの」


 少々はしたないが、残っていた紅茶を一気に飲み立ち上がる。休憩時間が少し過ぎてしまうので、その報告は今来たメイドに任せよう。


「あなた、私が遅れることをペインに伝えてきて頂戴」

「旦那様ですね。わかりました」


 庭から屋敷に戻る。


「っと、また忘れてしまうところだったわ」


 その前に、体に纏っていた火属性の魔力を解除する。秋も深まる季節、火属性の魔力がなければ普段着のまま自然と庭に出ることなどできやしない。

 こういう時に火属性は便利だ。ペインは水属性の魔力持ちなのでよく羨ましがられる。

 もっとも、夏になると状況は逆転するが。


 アウリクラの部屋は屋敷の端っこだ。庭の出入り口は中あたりなので歩いて7分程度でつけるだろう。

 そう考え歩いていたのだが、途中まで歩いたあたりでその思考は変わった。

 泣き声が聞こえてきたからだ。


 まだ部屋からは距離がある。だというのにここまで泣き声が聞こえるのだ。音対策はしっかりしているのに。

 何かあったとしか思えなかった。


「アウリクラ・・・?」


 貴族婦人としては少々はしたないが走らせてもらう。すでに紅茶の一気飲みをしているのだから今更だ。

 急げば3分ほどで部屋につく。


 部屋に近づくにつれてアウリクラの声が大きくなっていく。そして気付いた。これはただの泣き声じゃない。


 慟哭だ。


 アウリクラが何かを嘆いていた。深い悲しみとどうしようもない絶望に、何かを伝えたくて泣いているのだ。


 何を嘆いているのかはわからない。でも嘆いていることだけはわかった。理由などなかった。勘だけだった。

 だけど確信があった。


 はしたないとか考えている場合ではなかった。学園で習って以来使っていなかった魔力による身体強化までして走る。外で庭の手入れをしていた庭師が驚いた顔でこちらを眺めていたが、気にする余裕などなかった。


「アウリクラ!」

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