46
この国は魔物の住む森を開拓して作られた国だ。比較的魔物の少ない森を整地し魔物を殺し街を作り、残った魔物の住む森から人は身を守っている。
すなわち、今残っている森に住む魔物は比較的強いということだ。
無論人類も魔法技術などの武力を発達させて抵抗しているがそれでも被害というものは出るし、何故か奴らは人を見ると襲いかかってくるので比較的勢力が均衡し、全ての魔物を討伐するということは難しいとされている。
何か言いたいのかと言うと、この国は街同士の道が結構入り組んでいるのだ。なぜなら森に住む魔物の強弱に規則性などないから。
そんな事情の中で町から町を最短距離で移動しようとすれば、当然のように魔物の多い森の近くを通ることになる。
なのでヒムン伯爵領までの道のりで、魔物と遭遇するのは望んだことではないがある意味で予定調和のことではある。
実際領地を出てから現在まで1週間経つが、既に5回も魔物と遭遇している。2日に1度の遭遇どころのペースではなくそのたび交戦する騎士たちの疲労もかさみ時間もかかるが、それでも現在までけが人はいても一人の死者も出すことなく進むことができている。
ただ、いま私たちの行く手を阻む魔物はこれまでの魔物と一線を画していた。
──オオォ‼‼──
「1班は土魔法で動きを止めろ!2班は動きが止まったら目を狙え!3班は脚だ!」
「「「了解!」」」
クラフティヒベアー、体長約7mほどもある大きな熊の魔物だ。こいつの厄介なところはすべてが高水準なこと。
足は速く、毛は固いため刃が通りにくい。力も強く人の体を簡単に握りつぶせる。私が身体強化を使っても体を軋ませてしまう。
なぜ知っているか?それは私がこいつと戦ったことがあるからだ。旅をすることが何度かあり、その中で1度だけ戦った。5歳のことである。
その時の個体は今騎士たちが戦っている個体より少し小さかったが、それでも身体強化の魔法だけでは結構苦戦した。とはいえ一人でもなんとか勝つことはできる程度の強さだ。
ましてあれから2年も経った今なら、間違いなく完封できる。
それもすべて、体が動けばの話だけど。
「シス!よけろ!」
──オアァァ‼‼──
「ガアッ!」
また一人、腕の薙ぎ払いに吹き飛ばされた。当たり所的に死んではいないはずだけど、病人の私のために何人もの人が命の危険にさらされていく。
お父様は動かない。何かあった時に何もできない私を守るためであり、それはこの馬車を守っている騎士団長も一緒だ。
騎士団長の場合は私ではなくブルーム侯爵家で最も偉いお父様を守るためという違いはあるが、いずれにせよ私が動ければ考える必要すらない問題だった。
私が何かできれば彼らは傷つかない。私が動ければ初めてクラフティヒベアーと会ったときと同じように、実戦経験の積み重ねを目的に戦闘参加できた。
今は違う。私はただの護衛対象で何もできない。この場におけるお荷物でしかなかった。そしてそのお荷物を守るため、話したことのある騎士たちが傷ついていく。
一つだけ、何とかなるかもしれない方法がある。お医者様にはやるなと言われたから、あまり好ましい方法ではないだろうけど。
「彼らが気になりますか?」
「騎士団長・・・」
不安げに戦いを見ていたであろう私に馬車の外から声をかけてくれたのは、何度か訓練相手になってくれたことのある青髪青目の騎士団長だ。
彼は人の気配に敏感なのか、他者の感情の動きによく気が付く。なので騎士団長として部下からはかなり慕われている。
「お嬢様のことですから、きっと自分が動けさえすればとか思っているんでしょう?違いますからね」
「・・・なぜわかるのですか?」
「一度剣を合わせましたからね。あ、お嬢様の場合は刀でしたか、まぁ違いはありません。お嬢様が今抱いている感情は憐みに近しいものですよ」
「憐れみですか?」
「その通りです。優しいことは良いことですが、同情してはいけません。彼らはお嬢様を守るために戦い傷つきますが、それは騎士として誇れる行為です。その守られる立場のお嬢様が憐れんでしまえば、彼らの騎士の誇りに泥を塗ってしまいます」
「騎士の誇りですか?」
「その通りです。騎士にとって、敬愛する主を守り戦うことは誇れることなのですよ。普段のふざけている様子からは想像できないかもしれませんが
「敬愛なんて・・・」
私は敬愛される立場なんかじゃない。何もできず馬車の中で転がっているだけのお荷物でしかない。
「そこで自分を卑下してはいけませんよ。お嬢様のために戦う騎士は、お嬢様のことを敬愛できると感じたから戦うのです。それをお嬢様自身が否定してはいけません」
「・・・ごめんなさい、まだ私は、私のために誰かが傷つくことを納得できそうにありません」
「いまはそれでもかまいません。覚えていてほしいのは、彼らが戦うのはお嬢様を敬愛し守りたいと思ったからです。それさえ覚えていただけたら、いつかわかる日がやってきますから」
少しでも面白いと持っていただけましたら、下にある☆☆☆☆☆から作品の応援とブックマークの方をお願いします。
正直に感じた評価で構いません。




