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「・・・ここは・・・?」
グリーン伯爵令息に勝利し、血をかぶったまま海上に戻るわけにはいかないと私は控室にドレスを変えに来た、はずだ。
だけど、今私は控室にいない。それどころか屋敷にも、いや世界すらも違う。
目に映るのはもう何年も見ていない、私にとってはすでに懐かしいものとなった地元の高校。子供の笑う声が響く公園。音楽を車内から漏らしながら交差点で待つ車たち。今世になってからだとうるさいと感じる懐かしい光景だった。
「・・・」
とりあえず歩いてみる。なんとなく、留まるよりは歩いていた方がいいと感じた。
すべてが懐かしい光景だ。塀にサッカーボールが当たってできた跡、けんけんぱをするために道に書いたまる、駅の近くで屋台の呼び込みをする若いお兄さん。
そのすべてに懐かしさを覚える。この光景を見られなくなってもう7年も経った。頭の中では「今世で結婚して幸せになる!」なんて新しい目標を立てて楽しく生きていたつもりだったけど、心の奥底ではもしかしたら帰りたがっていたのかもしれない。
だって、こんなにも居心地が良い。
うるさいだけの音楽も、工場から漏れている排気ガスも、ただ熱いだけの日の光も、素敵とはいいがたいこの世界のすべてが、今の私にとってはとても美しく映えて見える。
「あ、ここ私の家・・・」
適当に歩いていたはずなのに、私はいつのまにか前世の私の家にたどり着いていた。太陽の位置から考えるに時間帯は正午。前世の私なら玄関横の植木鉢に隠したカギを使って家に帰っていたが、今の私にそれはできない。
私はもう○○ではない。アウリクラだ。
戻ろう。この先どこに行けばいいのか、そもそもここはどこなのか何もわからないが、ここに心を置いていくわけにはいかない。
そう考え踵を返そうとするが、それよりも先にドアが開く。この時間は、両親とも仕事で居ないはずなのに。
そうして顔を出したのは、私の記憶のまま一つも変わらないお母さんだ。野良猫に引っ掛かれてできた顔の傷まで、まったく一緒だった。
「ここでなにしとんの。はよ入りなさい」
「え、いやでも」
「あんたうちの子でしょうが。お父さんに話したいんでしょ。虫が入ってくるから、早うなさい」
半ば無理やり入れられた家の中は、私にとって懐かしいものであふれていた。毎年背を測って傷をつけていた柱、祭りでとった金魚を飼っていた水槽、少し進めば、リビングでは弟がモンスターを狩るゲームをしている。
「あ、お帰りねーちゃん。ゲームする?」
「・・・しない。お父さんに話があってきたから」
「ふーん」
「・・・勉強しなさいよ」
「めんどい」
クソガキめ。
階段を上って2階に上がる。2階の和室で私はよくお父さんに相談をしていた。弟はクソガキだし、お母さんは仕事の上に家事もあって忙しそうだったから、相談する相手は必然的にお父さんになっていた。
ふすまを開ければ、そこにはお茶を用意して待っているお父さん。
「おかえり、○○。話をしようか」
「うん、お父さん」
お父さんの体面に押し入れから座布団を取り出し正座で座る。生まれ変わってから一度もしていなかった正座が妙に心地よかった。正座をしていない人が正座するのは大変だと聞いたことがあるのに。
「人をね、殺したの。私が用意した舞台で、自分と友達を守るために」
「○○はそれを理解しているんだね?」
「うん」
「けど納得はしていない」
そうだ。私はあの場で殺すことが最善だと考え、選択し行動した。けど納得できていない。
「結局自己満足でしかないのかなぁって。死にたくないって一方的な理由だけで殺したの。みんな死にたくないのは一緒のはずなのに。私が望んだ舞台なのに、私が判断を見誤ったから死んだ。もっと別の選択肢があったはずなのに」
「難しいね。でも後悔はしていないんだろう?」
「うん」
そう、別に後悔しているわけじゃない。あの場で殺さなければ、私も死んでいたし家は没落の危機に陥りローズちゃんは望まない結婚をさせられていた。
ただ、なんと言葉にすればいいかわからない感情が胸の奥で叫んでいて、私はそれをどうすればいいかわからない。自分で考え、理解し納得したはずの殺人だったのに。
「ならそれでいいよ」
「え、でも・・・」
「自分の下した選択が正しいかわからなくなって悩む、そんなの生きていたらいくらでもあるさ。所詮ここは夢幻、幻のひと時でしかない。ここで悩んだところで答えは出ないよ。○○は自分で出した答えに理解を示せているんだろう?」
「うん」
「なら納得できていないのは心が追い付いていないからさ。初めて命をかけた戦いをしたんだ、心が追い付かないのは当然だよ」
「なら、どうすればいいの?」
「区切りをつけるんだ、自分の心に。ほら、外で家族が呼んでいるよ」
「・・・お父さんも家族でしょ」
「それは正しいけど間違い。家族だけど、アウリクラとしての○○の家族は別だ。ほら、速くしないと、パーティーにも間に合わないよ」
「・・・わかった。ありがと、またね」
「また来るつもりかい?そんなに悩まれても困るよ」
「いいじゃん。家族なのは正しいんでしょ?」
「はいはい、またお茶を用意しておくからね」
──☆☆☆☆☆☆☆☆──
「・・・・ら!・・・・あ・・・ラ!アウリクラ!」
「あ・・・お母様」
「ああ、よかったわ。控室に行ったきり帰ってこないから何かあったのかと思って様子を見に来たの」
「私は・・・」
「ソファーに座って寝てたのよ。『決闘』を申し込まれたと聞いたわ。よく頑張ったわね」
「・・・初めて、人を殺しました」
「ええ」
「『決闘』も私が申し込ませたようなものです。負けを認めて降参してくれるだろうと思って。でも降参してくれなくて、私は私の身可愛さで、彼を殺しました」
「アウリクラが生きていてくれて、お母様はうれしいわ」
「でも、もっとやりようはあったはずなんです」
「その時それが思いつかなかったなら、それはその場における最善の選択よ。アウリクラ、あなたは天才よ。今日多くの人に言われたように」
「・・・ありがとうございます?」
「でもね、まだ生まれてから7年しかたっていないの。前世の分を合わせればもっと立っているでしょうけど、この世界の常識に触れてまだ7年。いくら理解できても常識が違えば納得できないのは当然のことよ。納得できていないんでしょう?」
「・・・はい」
「それでいいの。時間をかけて納得していきましょう。アウリクラ、最初に言ったけど、お母様はアウリクラが生きていてよかったと、心の底から思っていますからね。もちろんお父様も」
「っ・・・ありがとう、ございます。お母様、少し、甘えてもいいですか・・・?」
「もちろんよ。少しなんて言わないで、たくさん甘えなさい。家族なのよ。悩んでいるなら、お母様はいつでも力になるわ」
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