15 ペイン視点
グラン・ピリヘル・アンコートという男は、すぐ調子に乗るし美人な子を街で見かけたら速攻で声をかけるふざけた男ではあるが、人を見る目は俺の知る限り他者の追随を許さないほど優れているし、一度した約束を破ったことは一度も見たことが無い。
他人と距離を縮めるのも上手く、学園にいたころのグランの周りにはいつもたくさんの友人がいた。学園時代友達など全くと言っていいほど作っていなかった俺ともいつのまにか仲良くなっているくらいだ。
総じてみれば優れた男と言えるだろう。
そんなグランが約束を破ったところを見るのは始めてだ。
もともと、レルソン・シュラインという女教師を推薦してきたのはグランだった。アンコート伯爵領に非常に教えるのが上手い魔法使いがいるから、教師として雇ってやってくれないかと。
何度も言うが、グランの人を見る目は確かだ。グランが仲良くなったやつで悪いやつは一度も見たことが無い。学園時代の不愛想だった自分ともよく付き合ってくれたし、5年になってエリシアを婚約者としたいから父さんの説得を手伝ってほしいと頼んだ時も、驚きはしてもエリシアになにか悪感情を出すこともなく、むしろ応援してくれた。
友人の一人があまりにも距離が近く、情けない嫉妬をぶつけてしまったこともあったが、今では笑い話になっている。
そんなグランが紹介してくる教師だ。俺に拒否する理由はなかった。グランがわざわざ紹介するのだ、きっと問題はないと。
ただ、その後にグラン自身もアウリクラを見たいからレルソンと一緒にこちらに来ると手紙が来たときはさすがに驚いた。
しかし、なんとなくの納得もあった。思えば俺は、定期的に連絡を取る中でグランが「もういい」と書くほどの娘自慢をしていた。
アウリクラは天才だ、これほど愛しい子供を俺は見たことが無い、今日は初めてハイハイができた、今日は初めてアウリクラが立った、等々。
おそらくグランは、それほど自慢にする子なら一度拝んでやろう、という気持ちで来たのだろう。
それに多少の息抜きもあるかもしれない。グランの結婚相手は俺をしてなかなか怖い。「男の嫉妬は見苦しい、黙って信じてやれ」と腹を拳で打ち抜かれたことは両手でも足りない。
だから俺もグランがこちらに来ることを受け入れた。多少の息抜きくらいしないとグランも息が詰まるだろうと、それにアウリクラの愛おしさを自慢してやろうと。
ただ、実際にアウリクラと対面させてしまうのは不安だった。アウリクラはこの屋敷の中しか知らず、人も限られている。
その状況で見たこともない男がいれば委縮してしまうのではないか、と。
レルソン殿はまだ構わない。なぜなら彼女は女性だ。基本そばにいるメイドも女性なので、アウリクラは女性と関わる経験が多い。
だが男となると、庭師の男が一人と父である俺くらいだ。
なのでグランが屋敷についた際、一つ約束をしてもらった。アウリクラの前には出ないで、そっと後ろから見守るくらいにしてくれと。
グランも納得したようで了承してくれた。
だというのに、レルソン殿の紹介が終わり講義室に入るとあとからグランも入ってくるではないか。
さすがにこれには驚き問い詰めた。
だがグランは、「後で叱ってくれて構わないから、僕をあの子に紹介してくれ」というばかり。その鬼気迫る雰囲気に押し切られ、そのままアウリクラに紹介してしまった。
幸いにもアウリクラは初めて見る人間にも委縮せず、むしろ愛おしさを全開にして挨拶までしていた。
だが俺が安堵しているのもつかの間、グランが今にも死にそうな表情になっていくではないか。
どうやら体調不良だということだが、今の今までそのような様子はなかった。もしや移動の疲れでも出たのだろうか?
これから講義も始まるし、俺もグランも邪魔ものだ。ちょうどいいのでグランに肩を貸し出ていくことにした。
別室に移動する最中、グランに問いかける。
「グラン、体調がよくないなら休め。幸い部屋はいくらでもあるからな」
そう声をかけるが、一向に返事が返ってこない。どうしたものか考えていると、問いかけとは全く関係ないことが返ってきた。
「ペイン、君は・・・あの子から何も感じないのか?」
「グランどうした?あの子とはアウリクラのことか?」
「ああ、僕はあの子が恐ろしくて仕方ない。あの子、一度死んだりしていないよね?」
「いくらお前でもふざけたことを言うのは許さん。ないに決まっているだろうが。本当にどうしたんだグラン、先ほどからおかしいぞ」
ふざけたことを。アウリクラは生まれてからずっと健康だ。怪我をしたことすら一度もない。
「ああ、そうだ、そうだね・・・ねぇペイン、必ずあの子を僕の領地に連れてきてくれ。娘と遊ばせたいんだ。そうすれば、もしかしたら、わかる、かも、しれな・・・」
「グラン?おい、しっかりしろ!グラン!おい!」
「はじめて、みた、あれほど、のうこうなしを。あくまなんて、しんじたこと、ないけど、ものがたりの、ひとならざるものは、いつだって、うつくしいから」
目の焦点が合っていない。すでに意識はほぼないとみていい。何か言っているようだが、声が小さすぎて何も聞こえない。
「だれかいないか!医者を呼んでくれ!」
「旦那様!?いったい何が!」
「ハイン!いいところに来た、医者を呼んできてくれ。グランが倒れた」
「承知しました」




