閑話 出会い
残酷な描写が含まれます。本筋にはあまり関係ない過去話ですので読まれなくてもかまいません。ただ学園の描写は出てきます。後々主人公視点で見られることではありますが。
学園は王立だ。
王によって王都に建てられ、それ以外の土地では建設することを許されていない。魔力量と金さえあれば平民でも入学可能と言われてはいるが、貴族の横暴をよく知っている平民がどうしてここに来たいと思うのか。
この学園には500人近い貴族の学生がいるというのに。学の無い平民でも、ここに来たところでろくでもない目にあわされるのは想像がつく。
何が言いたいかというと、人数が多いせいで学食が混み、昼飯を食い損ねたということだ。
普段ならば余裕をもって入れていたのだが、昼前の講義で面倒な奴に絡まれて入り損ねた。おまけに「俺と戦え」と鳥のようにピーピー喚くものだから、そちらの流儀に則って叩き潰してやった。
全く、いつまで強さだけが絶対だと勘違いしているのか。
そんなわけで、いまの俺はとてつもなく腹が減っている。が、食べるものが何もない。学内に店はないし、料理もできないので弁当もない。食事するには、学園を出て王都の町にまで行かないといけない。
そしてそんなことをしていたら、次の講義には到底間に合わない。
「庭にでも行くか・・・」
動くのも億劫なので、庭で講義が始まるまで一休みすることにした。今の時間なら皆食事中で誰もいないと思ってのことだった。
「なに?」
だからこそ驚いた。そこに誰かがいたことに。
そしてその誰かは、ひどくボロボロだった。髪は一部に燃えた跡があり、制服は乱暴にあったかのように一部がはだけていた。
極めつけには、彼女の足元には血が滴っていた。どこかに怪我をしているのだ。
「おい君、何があった。怪我をしているのか?保健室に行こう、俺もつい「・・・もう、許してください」何?」
「私が、悪かったですから、もう、乱暴しないでください・・・」
「おい、ちょっと待て。何の話だ、俺は何も・・・」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
彼女は涙を流しながら、首を垂れて許しを請いていた。
だが俺には心当たりなど何もない。そもそも学園で俺から女性に声をかけたのは今が初めてだ。制服のネクタイの色から1つ下の学年なのはわかるが。
いや待て、本当に知らないか?学園では初めてだが、家の茶会等であったことがあるのか?
冷静に考えれば、彼女が首を垂れていて俺の顔を確認などしていないこと、今まさに怪我をしていることからその犯人と自分を間違えていると想像ついたが、その時の俺は初めてのことで軽く混乱していた。
閑話休題、せめて家紋を見られればと思った。家を象徴する家紋は制服の左胸にある。だがこの状況では確認することができない。
頭を上げてくれと言っても、彼女はうわごとのように謝罪を繰り返すのみで話が通じていない。
どうしたものか。そう悩んでいたところで背後から声をかけられた。
先の講義で倒した不愉快なやつとは違うまた不愉快な声だった。こいつも入学当初から俺に絡んできていたのでよく知っていた。
「こんにちわ~ペインくん。君も彼女で発散しに来たの?」
「・・・発散とは何のことだ」
「とぼけなくてもいいよぉ~。女の子に興味ないって顔して、君って結構むっつりなんだねぇ。一緒にする?」
「だから、何を・・・」
脳が理解を拒む。こいつの発散という発言、彼女の乱れた制服、滴る血。状況はすべてその行為を暗示していた。だがなぜ。それが許される理由がない。
彼女の爵位は知らないが、いくら爵位に差があってもそれは許されることではない。
「いつまでとぼけるのさぁ。あ、やっぱり捨てられているとはいえ公爵家は怖い?大丈夫だよぉ。次期当主のハルテ様が認めているんだからぁ」
ハルテ様。その言葉に反応して彼女が顔を上げる。震える体にひどく濁った眼をしていた。すべてをあきらめて絶望しているような目だった。
そして、俺はやっと家紋を確認できた。
龍の咢が龍を喰らう紋章。強さこそを絶対の指標とする、フルヒト公爵家の家紋だった。
「・・・ッ!」
やっとわかった。彼女のことは知っていた。数日前から噂が聞こえていた。
曰く、妹に負けた愚か者。曰く、学のないろくでなし。曰く、曰く、曰く。
曰く、彼女のことを、既にフルヒト公爵家は認知していない。
「お前は、自分の行動が正しいと、本気で思っているのか?」
不思議だ。いくら負けたからとはいえ、強さを求める国であるとはいえ、ただ負けただけで女性としての尊厳を奪うことが許されると、本気で思っているのか?
「彼女を見ろ。全身ボロボロで恐怖におびえている。目は光を移さずあるのは絶望だけだ。なぁ、一度負けただけで、尊厳を奪うほどに凌辱することが許されるのか?」
「?負けたからそうなっているんじゃないかぁ。彼女は弱くて愚かだからねぇ。そうなりたくないなら負けなければよかったんだよぉ。許すとかそういう問題じゃないんだぁ」
「・・・そうか」
理解した。
「この屑がっ!」
「んごっ!?」
とりあえず一発殴っておく。脳を揺らしてやったから気絶していることだろう。こいつはプライドはそこそこ高いから、不意打ちで殴られて気絶したなどと口が裂けても言えまい。
「おいエリシア嬢」
「・・・なん、でしょうか」
「これからしばらく俺と行動しろ。守ってやる」
「いえ、そのようなわけには・・・」
「待て。代わりに俺からも条件がある。しばらく婚約者候補みたいな感じでふるまってくれ」
「は・・・?」
「最近寄ってくる女が煩くてかなわん。講義が終わると蛾のように寄ってくる始末だ。だが近くに候補がいれば少しは収まるだろう」
「・・・しかし、私のような愚かな女が近くにいれば、あなた様の評判に傷がついてしまいます」
「・・・」
これだけ絶望し、目に光をなくしても尚、誰かを気遣うことができるのか。何が弱くて愚かな女だ、ばかばかしい。彼女ほど強い人はきっといないぞ。
「それを気にする必要はない。俺がお願いする立場だ。どうか引き受けてくれないか?」
「・・・一度、汚れてしまった体です。気持ち悪いとは、思わないのですか?」
「エリシア嬢を汚れているというなら、俺は塵にもなれやしないさ。大丈夫、君はきれいだ」
「・・・っ」
ああ、泣かないでくれ。こんな時どうすればいいか、俺にはわからないんだ。
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